百十話
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします!
「イーリス!リンドウの回復を!」
叫び、握る愛刀に全力で魔力を込め、目の前の敵、魔王へとそれを振るう。
漆黒のローブを纏いその顔も闇に覆われた魔王は、おどろおどろしい、と言うに相応しいドクロの装飾が施された魔剣で俺の剣戟を防ぐと共に静かに呪詛を吐いた。
それと同時に、ふわりとその周りに十数もの暗黒球が浮かんだ。
あれは、先ほども見た攻撃魔法。
追尾性能を持ち、それぞれが様々な状態異常効果をも持ち、また着弾と共に小さく爆発する、リンドウに重傷を負わせたもの。
俺と激しく切り結びながらも、それだけの魔術を行使できることに感嘆する。
だが、俺には"分かっている"。
見た目は同じだが、俺とこうしてやりあっている中では先ほどと同等の魔力など練れなかったのだろう。
真に破壊力のある"本物"は二つだけ。
左右から迫る多数の暗黒球に対して二度だけ得物を振るうと、二つの暗黒球は俺の愛刀の力、魔法を斬り裂けるその能力により消失する。
「ヌゥッ……!」
その他の全てを無視してすぐさま刃を向けられるとは思わなかったのだろう、魔王はくぐもった声をあげながらすんでのところで俺の攻撃を防いだ。
刃を交えながら残った暗黒球が俺の体に触れる。
触れた瞬間小さな爆発が幾度となく起こり、俺の肉を抉る。
だが、"それだけ"だ。
まだ問題無く動ける程度のダメージ。
そしてその程度のダメージならば……
『森精霊の導き!』
後衛からのロベリアの魔法で十分に回復が間に合う。
瞬間的にというわけではないがじくじくと損傷した肉体が再生されていくのが分かる。
「何故効かんっ……!」
破壊力はあの程度だったが、魔王の口ぶりからすると状態異常効果は付与されていたということか。
だが残念だったな、俺には"状態異常無効"のスキルがある。
魔王はどす黒い霧を噴出しながら一度後ろに大きく退いた。
刀を振り抜き霧を一閃し散らせば、今度は魔王の姿が複数。
ずしゃりと音を立てて構えるそれらの姿は、幻術の類では無くどれも質量を持っているように見える。
だが、それも"分かっている"。
魔王戦を前に設定し直した"常在戦場"のスキル。
強い敵と強い危機にしか反応しないように設定したそれは、瞬間的に俺に最善の行動を示してくれる。
「クッ……!」
姿形など関係ない、その中の"本物"に迷うことなく突っ込むと、再びその愛刀を振るった。
「回復、終わりましたっ!」
「アザミさんっ!」
それとほぼ同時、背後からイーリスの声が聞こえてきたかと思えば、俺に連携するようにリンドウがその聖剣を魔王へと振るった。
+++++
「……ん。」
夢、か。
腕時計に目をやれば、時間は夜の一時を回ったところだった。
すぐ側のソファに横になっているカエデに目をやれば、すやすやと静かな寝息を立てていた。
夢は記憶の整理と言うが、ここ数日カエデに異世界での話を聞かせていたからか、最近これに似たような夢をよく見る。
夢の中に懐かしい顔ぶれが現れるたびに、寝起きの気分は良くもあり、そして悪くもあった。
デパートが襲撃されてから数日が経った。
結局カエデがゾンビ化することはなかった。
腕の傷が綺麗に消えることはなかったが、取り敢えずゾンビ化は防げたと言ってもいいのではないだろうか。
とは言うものの、本人にしてみれば不安が残るのは仕方の無いことだろう。
しかし何故だか彼女は、俺の知っている頃の彼女よりも明るく振舞っているように見えた。
無理をしているようには見えなかったが、それでもカエデにそう聞いてみれば、
「不安は不安ですけど、でも、アザミさんとまたこうしていられることの方が嬉しいからなんですかね。なんて言えばいいんでしょう。変な感じなんですけど、凄く気分はスッキリしているんですよ。」
と彼女はことも無げに答えた。
今ではユキと共に、俺がいなかった時と同様、デパート内での作業を手伝っているようだった。
念のため、就寝時はまだ俺と同部屋ということにはなっているのだが。
織田さん達との話し合いでは、拠点移動も国に協力をするのも取り敢えずは保留、ということになっている。
それは恥ずかしながら、単に俺の意識の問題だった。
織田さんとしては勿論、と言えばいいのか、国に協力をするのがいいのではないか、という話だった。
その方が多くの人を助けられるのは確かで、彼がそう言うであろうことは話す前から想像はついていた。
しかし織田さんはそれを俺に強く求めたりはしなかった。
あくまでそれは俺の力があってこそ出来るものであって、進言はするが最後に決めるのは俺だと言ってくれたのだ。
俺は未だ異世界でのくそったれな国の対応が頭から離れず、それを決めかねていた。
もっとも、何にせよこのデパートをいずれ出るということはほぼほぼ決まっているので、その準備自体は少しずつしてはいるのだが。
ちなみにだが、織田さん達は駐屯地から消えた自衛隊の行き先について心当たりがあるとのことだった。
それは彼らが以前から知っていた話ではなく、先日死んでしまったシュウの父親から聞いていたものらしかった。
シュウの父親は元自衛隊だったらしく、あの警察署に自衛隊が救助に再度来なかったことを話した際に、色々と情報を貰っていたらしい。
そもそも駐屯地までの道のりですらとても踏破できるものでは無いにも拘らず、それでも念の為と情報を集めていた織田さんに、相変わらず抜け目がないというかなんというか、そんな尊敬の念を抱く。
……もう少しだけカエデの様子を見たら、俺も腹を決めねばなるまい。
「む……?」
穏やかな表情で眠るカエデを見ながらそんなことを考えていると、気配感知の反応があった。
カエデを起こさないように、静かにドアを開けてスタッフルームを出る。
懐中電灯の光が俺を照らす。
少し離れた場所にいるその主は俺の姿に驚いたのか、一瞬びくりと体を震わせた。
「……もう、びっくりさせないでくださいよ……」
「こんな夜中に訪ねてくるのが悪い。カエデを起こしたら悪いしな。どうした、ユキ?」
静かにドアを閉めてから近付いて、お互い小声でそう言葉を交わす。
「……本当に、分かっちゃうんですね。」
ドアをノックするよりもずっと前に、近づくユキの存在に気づいたことを言っているのだろう。
ユキは複雑そうな表情でその唇を尖らせた。
「"気配感知"、というやつだ。それで、どうしたんだ?」
「先輩が戻ってきてから、その、あんまり二人で話す機会がなかったから、というか……」
「あぁ……それはすまなかったな。」
確かに俺は戻ってからカエデにかかりきりで、またユキはユキで、まだまだ心に傷の残っているであろうシュウにかかりきりというのもあって、こうして二人で話すようなことはなかった。
だが食事の時など、俺が同席している時は、そこにシュウを交えて以前のように皆で過ごす時もある。
そこでは話せなかったことなのだろうか。
なにやら難しそうな顔をして、ユキは唇を結ぶ。
喉から言葉が出掛かって、そしてそれをしまい込んでいるのか、何度か口を開いてはまた閉じていた。
「浮かない顔をしてるな。何か言いづらいことでもあるのか?遠慮しないで言ってくれていいぞ。」
そんなユキの様子を見てそう言えば、少しの間、沈黙が流れる。
目を伏せて少し考え込んだ後に、彼女は意を決したかのようにその口を開いた。
「……あの。先輩は……本当に、先輩ですよね?」
ユキのその言葉に、心臓が大きく脈を打った。




