百七話
織田さん達との話し合いが終わり、まずしたのは避難民達への報告だった。
この襲撃で死者が三人出たこと、怪我人も出たこと、しかし略奪者共は返り討ちにしたこと。
そして、俺が本当は生きていたということ。
それを聞いた避難民達からはどよめきの声が生まれたが、俺が顔を見せて織田さんとともに謝罪をすると、皆明るく俺を迎え入れてくれた。
しかし俺を追放した理由、そして略奪者を返り討ちにしたのがほとんど全て俺のおかげだと聞いた時には、どういうことかとその顔の色を一変させる。
その反応に俺は頭を抱えて顔を伏せた。
やはりこうなるか、と。
が、唐突に避難民の男性が、「とにかく柳木さんは俺らを助けてくれたんだろ?それでいいじゃないか」、と声を出したことにより、少しだけ空気が変わったようだった。
彼は俺に歩み寄って、それにつられるように複数人が俺へと近付いて肩を叩いてくる。
まだ困惑した表情の避難民も同じくらいいたが、しかしそれでも俺は胸に温かいものを感じて、小さく笑ってそれに応じることができた。
報告が終わった後は、デパート内の安全の確保をした。
略奪者の残党がまだ店内に残っていない保証はなく、また銃声を聞きつけて外からゾンビが入り込んできている可能性もあったからだ。
俺は各フロアの階段や出入り口を塞ぎながら気配感知で隅々まで見回って安全を確保したのちに、最後にデパート一階の正面玄関を厳重に塞いだ。
今度は、多少目立つかもしれないが車なども使ってやり過ぎなくらいに念入りに。
もうこの力のことを彼らに明かした以上、以前ではやらなかった人力では到底不可能なバリケードを作った。
これらの作業は、全て俺一人で行った。
その間、避難民の皆は6階から上で待機して貰っていて、安全フロアを広げていくたびに織田さん達警察官には少しずつ下に降りてきて貰っていた。
それぞれの階に倒れ伏す死体の山を見て、彼らはその酷い有様に顔をしかめていた。
果たしてそれはただその惨状を見たことによるものなのか、それともそれを起こした俺に対するなんらかの感情によるものなのだろうか。
それらの作業が終わり、有志の避難民も含めた警察官達が、デパートに残った死体を一旦立体駐車場へと運び出す。
最初はそれも俺がやろうかと言ったのだが、織田さんはそれくらいやらせてくれと逆に頼んできたのだった。
アイテムボックスには生きているものは入らない。
そして、何故だか解体していない生物の死体も入らないという性質がある。
だから半グレグループを殲滅した時には少々面倒だった訳だが、それを彼らがやってくれるというのはありがたかった。
織田さんがその作業を避難民にもやらせたのは、今のこの世界で生きる上での覚悟を彼らにもつけさせたいと考えてのことだったらしい。
それは確かに必要なことだと俺も思う。
強制こそしなかったようだったが、それでも多くの避難民達が手を上げてくれたのには、少しだけここの人達のことを侮っていたと俺は思わざるを得なかった。
その後は血で塗れた床の掃除などここへ初めてきた時と同じような作業が待っている。
これは今日だけでは終わらず、多少長い時間を要するだろう。
「……すまん、だいぶ時間がかかってしまった。」
6階のスタッフルームのドアを開けて、開口一番に中にいる三人にそう声を掛ける。
部屋の中にはユキとシュウ、そしてそこから距離を離して、カエデが椅子に座っていた。
作業中はカエデをここへと隔離していて、その様子をユキに見てもらっていたのだ。
何か変化があれば、すぐに無線で知らせる手はずとなっていた。
作業中何度か様子を見には来ていたが、カエデにゾンビ化の兆候は見られなかった。
「あっ、先輩……おかえりなさい。」
「何も変わりはないか?」
すでに時刻は正午に近く、カエデが噛まれてから六時間ほど経過していることになる。
「アザミさん、おかえりなさい。取り敢えずは、大丈夫、みたいです。」
「そうか、なら良かった。」
そう言ってからちらりとユキに後ろから抱かれるシュウを見れば、静かに寝息を立てていた。
「……さっきまで、ずっと泣いていたんです。」
「そうか……」
シュウは数時間前、彼の希望でその父親の亡骸と対面した。
本当に自分の父親が死んでしまったのだとそこで実感して、それからずっと泣いて、泣き疲れて眠ってしまったというところか。
そしてカエデとユキの顔を見れば、これまた二人とも酷く疲れた顔をしていた。
夜明け前に眠っていたところを襲撃されたのだからここの住人は皆疲れているとは思うが、しかしカエデ達は他の避難民達とは違い、あの騒動の中孤立した状態で長らく息を潜め、さらにゾンビに襲われたのだ、それも当然の話だろう。
さらに騒動の後も、自分がゾンビになるかもしれないカエデ、それを見守っていたユキ、その緊張からも二人の疲労にはさらに拍車がかかっていたはずだ。
「すまんな、ユキ。後は俺が見ておくから一旦休んでこい。」
「大丈夫ですよ。それに、私が言い出したことですし……」
「取り敢えず俺が急ぎでやることもなくなった。また何かあったらユキに頼むかもしれないから、今は休んでくれ。」
「……分かりました。」
俺の言葉にユキは不承不承ながら頷くと、カエデの方に視線を向ける。
「それじゃあ、またね、カエデちゃん。」
「はい、ユキさん……また、後で。」
普段ならユキが一方的に抱きつきそうなところだったが、お互い近づかずにそう挨拶を交わして、ユキはシュウを抱っこして部屋を出て行く。
カエデの少し自信なさげな再会を願う言葉が耳に残った。
日曜までにもう一話更新いたしますorz




