百五話
「本当に、あれを全部柳木さんがやったって言うのかよ……」
「にわかには信じられないぜ……だが現実に侵入者の奴らはみんな死んじまってる。」
6階レストランコーナーの店舗内。
織田さんの部下二人、スキンヘッドと髭面が眉間にしわを寄せながら、俺に視線を向けて来る。
そのすぐ側には織田さんがいて、俺の両隣にはカエデとユキがいた。
カエデにエリクシールを飲ませた後すぐ、彼等二人はあの小部屋へと来た。
まだ略奪者どもが生き残っているかもしれないから隠れていろと言ったのだが、じっとしていられなかったらしい。
そのまま六人でこの6階へと移動してきたわけだが、道中デパート内に溢れる死体の山を見て、カエデ達三人はふらふらとした様子で歩いていた。
ユキに至っては実際に多少吐いてしまったわけだが。
カエデはというと飲んだ薬を戻してしまってはという気持ちからか、口を押さえながら我慢していたようだった。
その死体の山を作ったのが俺だと打ち明けると、同行する皆から戸惑いの視線が向けられた。
それの意味するところは、果たして俺が危惧していたようなことからなのだろうか。
その後は織田さんの部下と一度立体駐車場へ見張りに立っていたはずの者の安否を確認しに行った。
見張りに立っていた男性の警察官も、ユキが抱いていた子供-シュウ-の父親も、残念ながら遺体で発見された。
シュウはその事実を聞いてショックを隠しきれない様子だったが、しかし思いのほか泣きわめくようなことはしなかった。
あの小部屋にいたときにはすでにそれを覚悟していたのかもしれない。
ユキはこの場に来る前シュウと共にいるか迷っていたようだったが、女性警察官が彼を預かると申し出たのでここについてきていた。
「……本当だよ。僕は、非常階段前で柳木さんがやつらを一瞬で殺し尽くしたところを実際に見ている。エスカレーター前で防衛していた部下達も同じことを言っていた。」
織田さんがテーブルの上に肘をつき手を組んで、そこに頭を押しつけるようにして口を開く。
その言葉にごくりと皆が喉を鳴らした。
「柳木さん、まずは、礼を言わせてくれ。僕達だけでは、きっと、みんなを守りきれなかった。」
「……まあ、そうかもな。」
そんな彼のまっすぐな視線と、そして心に残るしこり、危惧していたことが重なって、どうにもぶっきらぼうでそっけない返事をしてしまう。
そのせいか、一瞬しんとした空気が流れた。
皆の遠慮がちなちらりとこちらを伺う視線を感じて、居心地の悪さを抱く。
そこには俺に対する恐怖の感情も含まれているのだろうかと、それに目を合わせることが出来なかった。
「……先輩も織田さんも……その前に、説明してくださいよ……」
そんな沈黙を破ったのは、ユキの言葉だった。
「先輩が死んだっていうのは、嘘だったんですか?なんで、そんなこと……」
ユキやカエデにしてみれば、それは当然の疑問だろう。
あの場ではまずカエデのことがあったからそれを口にしなかっただけで、ずっと聞きたかったはずだ。
その問いに対しまたも僅かな沈黙が流れる。
織田さんは俺のことを思って口を開かないのだろう。
ならば、俺から言うしかあるまい。
「俺が、織田さんに頼んだんだ。」
「っ……どうして、わざわざそんな……」
「色々と事情があってな。どう話せばいいか……」
そのことを打ち明けるのは、今の俺にとってみれば簡単な話だった。
警察署で人を殺めたことも、織田さんに人をたくさん殺してきたと告白したことも、もうこのデパート内で略奪者どもを皆殺しにしたと伝えた今となってはカエデやユキにそれを言うことに抵抗はなかった。
平気な顔で人を殺すという俺の一面は、すでに周知の事実なのだから。
もっとも、簡単だと言うのは、それが俺だけの問題であるならば、だ。
俺は織田さんに追放をされてここを去ることになった。
ならばその織田さんの行為はともすれば彼女らに不信感を抱かせることにならないだろうか。
ぬるま湯で過ごしてきた彼女らが織田さんの考えを尊重するならばそれでいいが、そうならなかった場合のことを考えるとどうにも頭を悩ませる。
そんな風に思考を巡らせていると、織田さんがゆっくりと口を開いた。
「……雪ノ下さん。僕の、せいなんだ。僕が、柳木さんを、追放したんだ。」
「っ……なんでっ……!」
「柳木さん。全てを話しても、いいかい?」
ユキの言葉に伏せていた顔を上げ、俺を見る織田さんの瞳は、揺れていた。
その瞳を見つめ返し、俺はゆっくりと頷く。
それに応じて織田さんは俺がここを去ることになった経緯をユキ達に語った。
俺が警察署でカエデを襲ったあの男を殺したこと。
俺が今迄数多くの人を殺めてきたと告白したこと。
俺が今後同じことがあった場合同様に殺すと言ったこと。
それを受けて、織田さんが俺を追放したこと。
それを聞いたユキは、口を開いては閉じ、言葉を選んでいるのか声を出せないでいるようだった。
それは俺を追放したことに対する怒りと、しかし織田さんの気持ちも理解できるという相反する気持ちがそうさせていたのかもしれない。
「僕はそんな、間違った選択を、してしまったんだ。謝っても謝りきれない。そして何より、礼を、言いたい。」
「……別に、織田さんの判断は順当なものだったと俺は思ってる。それに、礼ならさっき聞いた。」
それを語り終えた織田さんが、続けて放った言葉に彼を見る。
彼は揺れる瞳で俺をじいと見て首を振ると、片手で頭を抱えた。
「違う、違うんだ。ずっと、おかしいと思っていた……柳木さんがいなくなった後、ホームセンターに行った時とても一人では運びきれない量の物資が一階におろされていた。そしてあの日から……外にはたくさんの頭を斬られた感染者が道端に転がっていたんだ。」
……ああ、そうか。
「今日柳木さんが目の前でやつらを一瞬で殺した時に、その死に様を見て僕は理解してしまった。それを確信したんだ。外の感染者も全て、柳木さんがやったものだったんだって。」
織田さんが今日非常階段で俺に見せたあの顔は、それを思ってのことだったのか。
「きっとこの、デパートだって、そうだったんだろう?この、たくさんの物資も、全部……僕達は、こんなにも、柳木さんに助けられていたのに、それなのにっ……」
織田さんはいつの間にかその瞳から涙を流していた。
涙でくしゃくしゃになった顔を手で覆い乱暴にそれを拭うと、濡れた瞳で唇を噛み締めながら彼は俺をじっと見つめる。
他の誰も、口を開かなかった。
俺と織田さんを交互に見て、どちらかが口を開くのを待っているかのようだった。
「……そんなのは、俺が好きでやったことだ。礼なんていい。」
「それでも、柳木さん、ありがとう。そして、謝っても済むような話じゃないのは分かってる。僕は……どうすればいい?」
織田さんにとって、きっとそれは償いきれないような罪なのかもしれない。
確かに本来ならば、このゾンビ溢れる世界で命を懸けて尽力してもとても成し遂げられないような助けを働いたものを追放してしまうことなど、間違いでしたなどと言って済まされるはずがない。
「……別に、どうもしなくてもいいさ。敢えて言うなら、織田さんがこれからはもう少し、"この世界らしく"なってくれれば、俺はそれでいい。」
だがそれはあくまで、普通の人間にとってみればの話だ。
追放された時に考えたように、俺にとってはそんなもの、大した手間なんかじゃなかった。
だから俺はそれで必要以上に織田さんを責めるつもりもない。
「柳木さん……」
俺に罪を告白したあの日のように、織田さんは今にもそこから涙が溢れそうな瞳で俺を見ていた。




