百話
二階のエスカレーター前へと辿り着き、後は上を目指すだけだ。
そこから略奪者であろう者達を斬り捨てながら、真っ直ぐに上階へと突き進む。
ぎりぎりまで追い詰められているのならばその限りではないだろうが、おそらく織田さん達は屋上へと続く階段のある最上階の6階レストランコーナー前で最終防衛ラインを築いているはずだ。
先程までの自分は多少冷静さを欠いていた、と言わざるを得ないだろう。
真っ二つにしたあの男には悪いが、いや悪いなどとは実際は露ほども思ってはいないのだが、後のことを考えたらあのような殺し方は如何なものかと思い直し今は"頭をはねる"に留めている。
さすがにあのように身体中の臓物を飛び散らせては、後始末が大層面倒だろうと考えてのことだった。
その程度のことを想像出来ないほど、俺はこいつらに対し内心怒りを抱いていたというわけだ。
だが男達の化け物を見るかのような視線を受けて、さっきまで危惧していたことに対する迷いとは裏腹に、俺の頭は何故だか冷え切っていた。
それはある種諦めのようなものをそこに抱いたせいなのかもしれない。
この力はやはりこの世界においては規格外で、畏れられても仕方のないものなのだと。
各階のエスカレーターから少し離れた場所にも知らぬ気配が散在しているが、しかしそれは無視して上を目指す。
まずは6階の安全確保が最優先だ。
「なんだ、てめえっ!」
「くそが!」
5階に降り立てば、周辺で上へと銃口を向けていた男達が俺へと銃口を向けて来て、すぐさま発砲してくる。
レストランコーナーへと続くエスカレーターの到達口を見上げれば、防衛のために準備していたのだろう遮蔽物が設置してあって、ライオットシールド越しに機動隊のヘルメットを被った顔が一瞬見える。
すでに"常在戦場"に登録されている気配だ。
「……それなら、お前らは略奪者で間違いはないな。」
左手に持った鞘に入れたままの刀の柄を右手で握る。
その瞬間何やら喚いていた男供の口から言葉が消えた。
この場にいる誰もがそれを見ることはかなわなかっただろう、神速の抜刀。
チン、という納刀の音とともに、ずるりと略奪者供の頭蓋が耳から上で分かたれた。
魔力を込めた刀の前では生身の人間の頭蓋の抵抗など無いに等しく、斬られた奴らは自分が死んだことにすら気づかぬままあの世へと旅立っていることだろう。
階下での喧騒が静まり何事かと再び顔を覗かせる上階の警察官達。
彼らが見たものは脳漿を飛び散らせて倒れる数多の亡骸と、そこに立つ一人の男。
敵意のこもった視線を向けるのは当然のことだろう。
すぐに危機感知も反応する。
銃口を向けられ、それがいつ撃たれてもおかしくない本物の殺意であるとわかると俺は思わず苦笑した。
なんだ、やれば出来るんじゃないか。
さすがに尻に火のついたようなこの状況では、彼らも呑気なことは言っていられなかったか。
手助けなどともすればいらなかったかもしれないかと一瞬頭をよぎるが、しかしこの多勢に無勢では時間の問題だっただろう。
かつての仲間にそれを向けられていることに思うところがないわけではないが、しかしそれも仕方のないことだろうとその気持ちは胸にしまう。
さて、エスカレーター周辺の敵を散らした、次は第二の侵入経路と思われる方へと向かうか。
このままあそこを通って行ってもいいが、それで内部に入った俺を追ってここの守りがおろそかになっては困る。
彼らの敵意を無視して踵を返し、俺は非常階段へと走った。
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「おらあっ!諦めて投降しやがれ!」
非常階段の側まで来ると、野太い男の声が聞こえた。
警察官達は踊り場に防衛ラインを敷いているようで、そこでは激しい銃撃戦が繰り広げられていた。
エスカレーターとは違い階段は広く、また5階からと階段下からと二方向を警戒しなければならないため、守るには相当不自由を強いられていることだろう。
しかし一つ下がればもう屋上は目と鼻の先で、あの場を最終防衛ラインにしなければならないのは仕方のないことと思われた。
もっと人数がいれば何かやりようはあるのかもしれないが、織田さんのことだ、戦うのは警察官達だけでやっているのだろう。
鞘から刀を僅かに引き抜き、その苛烈な戦場の中に飛び込む。
そして警察官達の眼下の踊り場に降り立つと、遅れてどさりと背後で頭の無い死体がいくつも倒れる音がした。
突然の出来事に時が止まったかのような静寂がその場を一瞬支配するが、しかしそれは長くは続かない。
敵意感知が前後から反応して、同時に危機感知も反応。
すぐさま略奪者の側から銃弾が飛んで来るが、そんなものは御構い無しに、俺は床を蹴り壁を蹴り、縦横無尽に身を翻しながら階段下にいたものも含めて周囲のやつらを斬り捨てる。
その場から略奪者共の声が聞こえなくなるまでそう時間はかからなかった。
一度刀を振るい血を落とし、鞘に刀を納める。
その音が随分と響いたように思えるのは気のせいではないだろう。
それだけその場に音の存在はなかった。
しんと静まりかえる空間の中、血で塗れた踊り場に立ち見上げると、蹂躙を目にした織田さん含む警察官達の恐怖に引きつる顔が見え、苦笑する。
「と、止まれっ……!」
そう上から震えた声を掛けられるが、しかし俺はびしゃりびしゃりと血で濡れる靴底を鳴らしながら、悠然と階段を上った。
一歩、また一歩と踏み出すたびに、彼らから感じる敵意がより強いものとなっていく。
階段の中ほどに来て、構えられたその銃口からいよいよ弾が発射されようかという時、俺は静かに声を出した。
「……酷い顔してるぜ、織田さん。」
ごくり、と誰かが息をのむ音が聞こえた。




