王都へ帰宅
ランドルフがオルコット領から帰って行って、一週間後にはレジーナも王都へと戻る決心をした。フィオナが心配であったのもあるが、ランドルフのことばかり考えていて落ち着かなかったこともある。
屋敷に勤めてくれている使用人や領民たちもランドルフの人当たりの良さにやられてしまったのか、あれこれと後押しすることからも逃げたかった。
ランドルフが帰った後、女性たちは色々な贈り物を渡してきた。
それは綺麗なお花から始まった。徐々にお菓子やリボン、女性が好みそうなものが増えていく。領内の女性は手先が器用なのですべて手作りだ。売ることも可能なほど細やかな刺繍の施されたハンカチやレースの手袋など。
「お嬢さま。これ、受け取ってください」
屋敷の廊下を歩いていれば、数人の女性に引き留められた。
「何かしら?」
「わたしたちの気持ちです」
勢いに押されながら、彼女達から大きめの箱が渡された。少し恥ずかしそうで、どこか期待をしているようなキラキラした目をしていたので、思わず受け取ってしまった。
自分のことを思って作ってくれたことに暖かな気持ちになりながら、嬉しさに笑みがこぼれた。
「ありがとう」
「ぜひ、自室で見てくださいね」
「え、ええ」
自室で、ということに不思議に思いながらも、言われたとおりに自室で開ければ赤面した。
贈られたものは白のレースで編まれた夜着だった。くるぶしまでの長さのワンピースであるが、レースでできているので肌が透ける。お揃いの肌着も一緒に添えられていた。
丸見えにはならなそうだが、色気のある夜着にレジーナは固まった。
「……これは誘惑をするための夜着ですね」
ステラが冷静にそう呟いた。レジーナは真っ赤になったまま、その夜着を箱に仕舞う。
「こんなの着られないわ」
細い声で呟けば、ステラが不思議そうにレジーナを見る。
「そうですか? 初夜を迎える女性は大抵こんな感じの夜着を着ますが……黒や赤でないので清楚な感じがあってよい選択だと思います」
「え?!」
驚きの発言にレジーナは引きつった。よく考えてみればレジーナはフィオナが遠くに嫁に出てしまったので、男女のことを詳しく知らない。社交界での付き合いも領地経営にかかわることばかりを仕入れていたので、夜の秘め事は全くと言っていいほど知らなかった。
「もっともどんなものを着ていても、すぐに脱がされてしまうので好きなものを身につけたらいいと思います」
サラッと凄いことを言われて、レジーナは俯いた。
「初夜は心配でしょうが、アクロイド様であれば優しくしてくださいますよ」
「……もうランドルフ様と結婚することになっているわ」
小さな声で抗議してみれば、ステラは目を何度か瞬いた。
「そうでしたね。でもお受けになるおつもりでしょう?」
ステラには誤魔化せないようで、レジーナはしばらく悩んでから小さく頷いた。ステラは優しく目を細める。
「今すぐじゃないの。ランドルフ様は待ってくれると言ったから」
「それはよかったですね」
「でも婚約の形は整えると思うの」
レジーナの気持ちを考えて待ってくれるという彼に何かしらの約束を形にしたいと考えていた。彼以上にレジーナに寄り添ってくれる人はいないと実感していた。
王都に戻ってブルースに報告して、それからアクロイド侯爵家と話をして。
やることは沢山ある。
戸惑いも沢山ある。
それでも一歩でもいいから前に進んでみようという気持ちになっていた。
******
領地での仕事をすべて終え、王都の屋敷についたのはランドルフが帰ってから二週間後のことだった。領地から王都の屋敷までは普通の速度の馬車で3日。
ごとごとと揺られながらレジーナはぼんやりと自分の思いにふけっていた。
あれほど結婚が恐ろしかったはずが、いつの間にか結婚してもいい気持ちになっていることが不思議だった。ランドルフが根気よくレジーナの気持ちに寄り添ってくれたおかげでもあるし、フィオナと両親について話したことも大きいのだと感じていた。
フィオナが結婚前は二人とも余裕がなかったし、両親の話は自然と避けていた。理由もわからず、突然変わってしまった世界を受け入れるだけで精いっぱいだった。
貴族院が知っている情報というのも気になるが、今は無理に聞かなくてもいい気持ちもあった。フィオナが言うように自分たちが生きていきやすい様に信じたいものを信じればいいと割り切れそうだ。
ゆっくりと馬車の中で考え、途中で宿泊に寄った宿でもゆったりとした気持ちを持てた。逃げるように領地に帰った時とは違っていた。
「お嬢さま。あと少しでお屋敷に到着します」
御者がそう外から告げてくる。予定通りにお昼前には到着しそうだ。
「ありがとう」
屋敷に戻ったらまずランドルフに連絡しよう。
そして次はいつ会えるのかと約束しようと決めていた。今まではランドルフがすべて行動してきたのだから、心を決めた今はレジーナも同じように歩み寄るつもりだった。きっと怖くなることもあるだろうが、そんな時は彼と過ごして不安を一つ一つ解消すればいい。
馬車が屋敷について、扉が開く。
手が差し出されたので、何も考えずにその手を取った。
「おかえり」
「ランドルフ様?」
レジーナは馬車から降りる前に驚いて固まった。動かなくなったレジーナの腰を持ち、体を浮かせて馬車から降ろす。
「どうしてここに?」
「オルコット伯爵から今日帰ってくると連絡があってね」
「お祖父さまったら」
レジーナは心の中で盛大に文句を言った。ようやく心の整理ができたところなのに、こうして突然ランドルフと会ってしまうとどんな態度を取ったらいいのか、わからなくなる。
「時間を与えて逃げられたくない」
「そんなことしないわ」
心を見透かされたような言葉に、レジーナはふいっと視線を逸らした。ランドルフは特に気にした様子もなく、レジーナに歩くように促す。手を引かれたが、レジーナは動かずにいた。ランドルフが不思議に思い振り返る。レジーナは硬い表情でランドルフを見据えていた。彼女の表情を見てランドルフは笑みを消した。
「領地での話なのだけど」
「うん?」
「ランドルフ様と婚約しようと思うの」
「……」
ランドルフが何か言おうとしたがうまく言葉が出てこない。言葉に詰まった彼を見ながらさらに続けた。
「すぐに結婚というわけにはいかないと思うけど……努力したいわ」
「本当に?」
「ええ」
「夢のようだ」
そんな呟きを聞いたかと思えば、レジーナは強く抱きしめられていた。突然の抱擁にレジーナは焦った。
「ランドルフ様!」
「何?」
「恥ずかしい」
小さな声で言えば、ランドルフが少しだけ抱きしめる腕を緩めた。
「オルコット伯爵に許可をもらいに行こう」
「ちょっと……! そんなに焦らなくても!」
レジーナは落ち着いてから言えばよかったかと、ほんの少しだけ思った。




