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密談


 エドマンドは書類の束を持って約束の時間にアンブローズ・ラヴィオラの別邸へとやってきた。馬車を降りればすぐに客間へと案内される。客間に入れば、アンブローズがゆったりと椅子に座って待っていた。挨拶をしようとしたが、すぐに手で遮られた。


「早かったね」

「……時間通りだと思いますが」


 呼び出した上司のいい加減な一言に、エドマンドは苦笑した。手に持っていた書類の束を上司の前に出す。アンブローズはわかりやすく顔をしかめた。


「あとで見るよ。折角の休みなんだ、ここまで持ってこなくてもよかったのに」

「そうはいきません。急ぎのものだけを持ってきているのでちゃんと見てください」


 エドマンドは動じる様子もなく告げた。アンブローズは肩をすくめると、座るように勧める。


「それで呼び出した理由を教えてもらいたいのですが」

「今、クラークを呼んでいる。彼が来たら説明するよ」


 クラークと聞いて、エドマンドは不審そうな色を浮かべた。呼び出されたからには何かあるのだろうとは思っていたが、嫌な予感しかしない。


「クラークというのは、ハガート公爵ですか?」

「そうだ。ちょっとね、色々あって」

「……そういえば、レジーナも招待しているんでしたか。後で挨拶をしてもいいですか?」


 思い出したかのように言えば、アンブローズがほんのわずかだけ視線を逸らした。見とがめるエドマンドにばつの悪そうな顔をする。


「大公殿下?」

「ちょっと怒らせて、領地に行ってしまったんだ」

「怒らせた?」

「そうなんだ。そのことについても一緒に説明……」


 話の途中で、ノックもなく扉が開いた。入ってきたのはクラークだ。クラークはエドマンドにちらりと視線を向ける。エドマンドはすっと立ち上がった。


「クラーク、私の部下のべインズ伯爵だ」

「初めまして。エドマンド・べインズといいます」


 エドマンドは丁寧に頭を下げれば、クラークは鷹揚に頷いた。柔らかな雰囲気ではあるが、気を許せない何かを感じた。エドマンドは気を引き締める。


「クラーク・ハガードだ」


 そんなどこにでもある挨拶で3人の話し合いは始まった。



******



 エドマンドは自分が何故呼ばれているのか、理由を知らなかった。知らないままでもよかったのだが、こうして話を聞いてしまった以上、エドマンドが動くしかない。


 もっと事前に情報が欲しかったなと上司を恨みながら、確認をしていく。王族の二人が関わっているのだ。勘違いや間違いでは取り返しがつかなくなる。


「レジーナとランドルフ・アクロイドをどうしても結婚させたいということですか」

「簡単に言うとそうだな。二人の結婚が今抱えている様々な拗れる要因を排除する」

「フィオナはレジーナに対して後ろめたい思いを持っている。彼女が幸せになることで、フィオナは馬鹿な真似をしないと思う」


 家出を馬鹿な真似だと言うが、フィオナにしてみたら自分の子供の命がかかわっているのだ。決断せざるを得なかっただろう。フィオナがこの国から出た経緯を考えれば、国に帰る選択をしたのはよほどのことだ。


 クラークの意見は違うようだが、本人不在で争うつもりはないのかそれ以上は何も言わなかった。

 エドマンドはもう一つ気になることがあった。これを機に聞いてしまおうと、アンブローズに目を向ける。彼はエドマンドの視線を受け、人の悪い笑みを浮かべた。


「どうして大公殿下がオルコット伯爵家のことに口を挟むのですか?」

「気になっていたのか」

「ええ。先日、レジーナを貴族院に呼び出したこともありますから」


 レジーナへの警告ならば文書で十分であるし、もし足を運んでもらうのであってもエドマンドの説明だけでも問題はないはずだ。それがわざわざアンブローズ本人が面会している。


「言ってもいいが、後悔しないか?」

「後悔は聞いてから考えます」


 正しい情報が欲しくて、即答した。アンブローズも特に驚いた様子もなく話し出す。


「オルコット前伯爵夫妻の殺害の間接的な原因は王家なんだよ」

「……意味が分かりません」

「オルコット前伯爵、ジェッドは愛人など持っていなかったんだ」


 ジェッドの兄、現シャセット伯爵にはジェニーという子爵令嬢の婚約者がいた。あと数か月で結婚というときに、前国王の愛人の連れ子が夜会で出会ったシャセット伯爵に恋をした。ジェニーが邪魔だったので、愛人が前国王の力を使って、ジェニーを攫い男どもに穢させた。


 ジェニーを見つけた時にはすでに錯乱状態だったそうだ。もちろん婚約は白紙に戻り、ジェニーは療養のために子爵家の領地に送られた。その後釜に座ったのが愛人の連れ子だ。


 王族からの申し出に断ることもできず、シャセット伯爵は結婚した。結婚当初はジェニーに乱暴した犯人は捕まっておらず、愛人の陰謀も知らなかった。幼いころからの婚約者であったジェニーを愛していたシャセット伯爵はずっと援助を続けていた。それが妻に露見、ジェニーの援助が表立ってできなくなったのでジェッドが代わりに行うようになった。

 ジェニーは療養していたが治る兆しは見えず、日を追うごとに思い込みも激しくなっていった。

 ジェニーはジェッドを兄と勘違いし、レイチェルと一緒にいるところを見て自分を苦しめた犯人だと思い込んでの犯行らしい。


 ジェッドとレイチェルが殺されたことで、もう一度、調査が行われ愛人の罪が暴かれた。

 だいぶ時間も経過していること、前国王の愛人が絡んでいたこともあってもみ消されることになった。曖昧な情報だけが流れ、今の形に収まったというわけだ。


「このことは前シャセット伯爵と現シャセット伯爵、それとオルコット伯爵だけが知っている。王家が関わっているから、口止めしている状態だ」

「しかし、大公殿下がそれだけでは口を挟む理由には弱いと思いますが」

「そうかな? レジーナ嬢とアクロイドが結婚しないと、フィオナ夫人が離縁すると騒ぐ。そうなると、隣国の王位継承権を持つ子供を巡って面倒なことになる。ただでさえ、こちらの国にも暗殺者をよこすような国だ。何を言われることか」


 アンブローズは面倒だとぼやく。エドマンドは深く息を吐いた。一度に教えられた情報が重すぎて、整理がつかない。眉間を揉みこむようにしながら、確認する。


「警備はどうなっているのですか?」

「フィオナが出奔してから優秀な者を常に付けている。もちろん、オルコット伯爵にも了承済みだ」


 クラークは何でもないことのように言う。フィオナと結婚した時にこの話は聞いているのか、彼には全く動揺したところがなかった。ここにいるのも確認程度で、口を挟む気もないようだ。


「隣国との関係性からレジーナとアクロイドとの結婚が必要不可欠で、二人の障害を取り除くのが私の仕事になるのですか」

「理解が早くて結構。でも、別にアクロイドでなくても君でもいいんだよ?」


 にやにやとアンブローズが含みを持った笑みを浮かべた。エドマンドは上司を睨みつけた。


「悪い冗談はよしてください」

「冗談ではないさ。レジーナ嬢がアクロイドとの結婚に踏み切れていないようなら、王命として君との結婚を命じようと思っている」

「……それは」

「別に愛し愛される夫婦になれとは言っていない。規定通り、3年、白い結婚を通すか子供を作らないかの状態を作り、離縁後に養子を迎える。これこそ彼女の求めてる状態だ。君ならうまくやれるだろう?」


 エドマンドもそれは知っていた。だが、そんな結婚をしてしまえば、レジーナは一生、愛し愛される自分の家族を持つことが難しくなる。できる限り、それは避けたかった。エドマンドもレジーナに親愛を持っていても、男女の愛とは程遠い。どこまでも彼女は妹のような存在だった。


「……レジーナはアクロイドのことをどう思っているのかご存知ですか?」

「フィオナが言うには、躊躇いはあるものの好きなようだぞ」


 クラークが教えてくれる。フィオナとは色々と話し合ったようだ。


「好きならば、何もしなくとも収まるところに収まるのでは?」

「障害があるじゃないか」

「障害?」


 アンブローズに障害と言われて、エドマンドは苦い表情になる。


「そうだよ、ダリア・サイムズだ。あの女は邪魔だ。しかも過去を彷彿とさせる。同じような事件を起こすわけにはいかないんだ」

「アクロイド侯爵家はサイムズ子爵家に抗議していないのですか?」


 エドマンドは夜会会場でレジーナに食って掛かっていた令嬢を思い出し、頭が痛くなってくる。こめかみを揉みこむように押した。無作法であったが、どうしても止められない。本音を言えば今すぐここで席を立ちたいぐらいだ。


「抗議はしているだろうね。夜会での噂で決まっていた結婚の話がなくなるだろうから、最終的には修道院へ行くことになるだろう」

「それだけでは駄目だと言うことですね」

「そうだ。オルコット伯爵夫妻の時も、ジェニーは抜け出して事件を起こしている。だから確実にできないようにしてほしい」


 修道院といえども、距離が離れているわけではない。もっと物理的に不可能な状態にしたいという事なのだろう。


「方法は……」

「方法は君に任せるよ」


 エドマンドは憂鬱そうにため息を漏らした。方法など、いくつもあるわけではない。どの方法も面倒くさく、根回しが必要だ。エドマンドの苦労を思ってか、珍しくアンブローズが申し訳なさそうに表情を曇らせた。


「すまないね。色々苦労をかける」

「……一つだけお願いしてもいいですか?」

「なんだい?」


 アンブローズは軽い口調で応じた。


「アクロイドが本当にレジーナにふさわしいか判断したいと考えています」

「ふさわしくなかったら、君が結婚することになるよ?」

「わかっています」


 レジーナがランドルフと一緒になって幸せになれないのなら、結婚させるつもりはない。自分の保護下に置いて、別の男性を見つけた方がいい。断ることのできない折角の機会を利用しようとエドマンドは決めた。


「わかっているなら問題ないよ。確認したい気持ちは理解できる」

「ありがとうございます」


 エドマンドが頭を下げれば、アンブローズは興味深そうに聞いてきた。方法は任せると言っているので、好奇心だろう。


「それで、どうやって判断する?」

「アクロイドを私の下に引っ張ってきます。仕事ぶりを見てみようかと」

「……潰さないようにね」

「加減はします」


 二人の会話を黙って見ていたクラークが口を挟んだ。


「私も彼に一度会ってみたいな」

「レジーナが結婚すれば義兄として会えますよ」


 余計なことをされたくないエドマンドは笑顔で答えた。





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