第35話 桃源郷ラプソディ
ぽいんとお尻が揺れて、そこは桃色のショーツに包まれている。
上質な布らしく光沢があり、また見るからになめらかだ。かすかなシワは女の子としての起伏を強調して、肩紐だけで吊ったキャミソールは裸体以上に女性を美しく飾る。
「タロちん、何点?」
「控えめに言って満点では?」
わずかに驚いた表情を浮かべて、うっとお腹を押さえてからアーイカは盛大に吹き出した。
よほどおかしいのか地面に倒れて、それでも笑いは収まらない。真っ白い素足をぱたぱたさせて、口を大きくあけて笑い転げる。
「あっははは! ちょろすぎーーっ!」
「もうお嬢様、殿方を笑ってはいけませんよ」
そう言うリサはというと強いくびれに手を置いて、純白のガーターベルトつきの下着を見せてくる、だと?
ぎょっとしたのは見あげたときだ。大迫力の胸があり、もしもボルタリング競技選手であったなら絶望しか感じられないほどの圧迫感……!
しかし挑みたいと願うのは、スポーツ精神によるものなのか邪な思いによるものかは分からない。
「んふ、じゃあ私は何点かなぁ?」
ふっと笑みを浮かべてそう囁かれる。
その息には甘い香りが含まれているのか、頭をジンとしびれさせる効果があったと思う。
「一億点ですね」
真顔でそう言うとリサはまばたきを何度か繰り返す。それから少女のようにほがらかな笑みを見せてくれた。
「あとでお嬢様にお願いして買ってもらうわね。楽しみにしていて」
そうリサはこそりとささやいて、わきの下をつまんでくる。
あああーっ、なんだか知らないけど胸がはりさけそう!
明日あたり死ぬのかなと思うけど、もうそれでいいや。楽しみ過ぎていま自分がどんな顔をしているのかも分からない。
「見て、タロちん!」
あっ、待って待って、魔剣士ギガフレア様がうさぎ耳をつけちゃった!
うっそ、うさぎちゃんの尻尾までついてるの!?
いまのアーヴ国ではストッキングまで作られているなんてことを俺は知らなかった。はっきり言って感動ものだ。そしてなによりも素晴らしいのは、太ももの上に腰かけてきたアーイカが、そのまま頭をころんと預けてきたことだ。
たぶん彼女の息には魅了の効果が込められている。でなければクスリと笑われるだけで俺が骨抜きにされるはずがない。
「あ、すごい目をしてる。いけないんだ」
耳たぶに吐息を当てながら彼女はそう囁いてくる。
ドキドキする胸は一向に鳴りやまず、もしかしたら聞こえているんじゃなかろうかと俺は変な心配をする始末だった。
「それにしても、まさか店を貸し切りにするとは思わなかった」
「んふっ、いいでしょ。アタシも初めてだけど、これくらい気軽に選べるならときどき遊びに来てもいいかな。リサ、飲み物ちょうだい」
はい、お嬢様とリサは言い、にっこり笑顔を残してテーブルに向かう。
足をぶらぶらさせてアーイカはご満悦そうだ。しかし小さなお尻をのせられている俺はというと気が気じゃない。うっかりするとかすかに覗くお尻の割れ目が見えてしまうのだ。
グラスを手にしてリサは戻ってくる。そういえば汗っかきだと言っていたが、こういう服装だと落ち着けるのか彼女も笑顔が尽きない。
「お嬢様とはお風呂でも一緒なのに、君は落ち着かなそうね」
「いや、まあ、もちろんですよ。前に言われた通り、俺ってぜんぜん免疫がないですから」
「ほらお嬢様、やっぱりイチコロでしたね」
んふふーっと嬉しそうにアーイカは笑い、足をぱたぱたと振る。
えっと、やっぱりってどういう意味っすか。そんなにチョロく見えるんすか。
まあ、実際チョロいよね。
いつもと同じアーイカとリサなのに、服が変わっただけでドギマギしっぱなしだ。ただね、君たちも男に生まれたらこの苦労を味わっていたと思うよ。
ちゅーっと果実水を飲んだアーイカは、これから本題に移るという意味なのか俺の太ももから起き上がる。目の前でお尻をパンパンと手で払ってから振り返ってきた。
「あの人喰いボッゾを倒すなんて、ちょっとタロちんのこと見くびってたかも。そいつだと分かったらすぐにアタシは飛び込んでいただろうし」
「まあ、言うほど楽じゃなかったよ。最後は力技に頼ったしさ。やっぱり訓練を積まないといけないなと思った。それと、あいつはたぶん周りから言われているほど悪いやつじゃない」
戦いを通じてそう思ったのであり、特に根拠があるわけじゃない。ただ、出会い方さえ違っていればいまごろ隣に座っていた気もするんだ。
それは元同僚であったリサも同感だったらしく、ひとつうなずいてからクッションに腰を降ろしていた。
彼女はそのままじっとなにかを考えて、やがて重い口を開いてゆく。
「あいつは言っていたわ。ナザルについて行っても離れても自滅するって。どこかで終わりを感じ続けていたのでしょうね。最後は笑っていたわ。あんな顔、初めて見た」
終わり、そして自滅とはどういう意味だろう。
彼女の表情もそうだが、どうも不穏な響きをしている。俺とアーイカの視線を受けてリサはゆっくりとうなずいた。
「お嬢様の読み通り、ナザルは周辺国家を取り込もうとしています。シャロット姫は母が諸外国の生まれで、いまも密接だから近づいたのでしょう。その他の人物はダミーをうまく混ぜていますが、アーヴ国の外の者が多くおります」
周辺諸国を取り込む?
この大陸では言うまでもなくアーヴ国の一強独裁に近い。
理由はふたつある。魔剣士を有していること、そして迷宮を管理していることがあげられる。
迷宮は人間を強くする。
兵士たちのうち何割かは人間を超えた力を持っており、地下一階を自由に歩き回れるようになるころには猛者と同格になっている。
最深部に行くような者たちはすでに別格であり、また彼らをはるかに超えるのが魔剣士という存在だ。
「まさか、束になっても勝てるわけがない」
「そこに魔剣士が加わったら?」
俺の否定を即座にアーイカは引っくり返す。
まさに盤上を引っくり返すような発言だ。これまであったパワーバランスを大きく崩す一手であるのだが、しかし俺の目からはナザルだけだと力不足に感じられる。
しかし、リサとアーイカの目には気迫がある。
ならば俺のまだ会ったことのない魔剣士が計画に加担する可能性まで浮上する。すなわち魔剣士ウッドゲイト、またこちらとしては可能性として低いと思うが魔剣士ヨルも材料に加わる。
他にいる16人の魔剣士はどうだろう。ナザル、ウッドゲイト、ギガフレア、ヨルという四大魔剣士に比べて大きく劣るが、幾名かは加担する可能性がある。
もうひとつ思い出すのは……。
「ナザルのかかえている資産か」
「ええ、かなりの軍資金になるわ。私が知っている限り、少なくとも4名の魔剣士と密かな交流をしている。この情報が洩れるのを恐れて私に追っ手を差し向けたのよ」
なるほど、だから情報が漏れないようにこの店を貸し切ったのか。単なる遊びかと思いきや、食えないお嬢様だ。
そう口にするとしばらくアーイカは押し黙り「ようやく気づいたようね」と口にする。なるほど、食えないこともないお嬢様だ。
「いまひとつスッキリしないな。いや、これは俺の単なるグチだから気にしなくてもいいんだけど……いま聞いていたのはぜんぶ手段だけだった」
「目的が分からないということね」
そうそうと俺はリサにうなずく。
目的があり、それを成功するために手段を考えるというのが普通の流れだ。アーヴ国を滅ぼして、スッキリしたぜーなどというアホな目的ではないはずだ。
それを聞いてアーイカは下着姿のまま足を崩す。きわどいところまで見えても、本人は考えに集中しているらしくまったく気にしていない。
「魔剣士の本質というのはみんな知っている?」
「ああ、こう見えて試験を受けたしな。アーヴ国への反旗、それと迷宮から魔物が出ないように守っているんだろう」
「その目的は?」
はたと俺は言葉を失う。
俺の目指していた魔剣士にとっても同じことだった。武力で守るという手段しか俺は知らない。表情を見るに、それはリサも同じようだった。
「二人には教えておくね。脅威に脅かされないためという名目で、アタシたちは制約を結んだ。城の地下にある秘密の迷宮で」
ふむ、俺のまったく知らない情報だ。
なぜ城の地下にまで迷宮がある。いまある迷宮とは別なのか。それともなにかの目的のために作られたのか。
「アタシたちが知っている迷宮と違い、そこは精密に管理されていた。空いている魔剣はそこに安置されて、次の主人を待っている」
ふむふむとうなずきつつ俺は続きをうながす。
では先ほどの問いかけ、魔剣士の目的とはなんだという問いかけの答えをはやく聞きたい。
「ここからはアタシの勘。話半分で聞いて」
いいから早く言ってくれ!
うずうずしながら俺とリサは顔を近づけてゆくと、魔剣士ギガフレアは顎先に指を当てると色づいた唇をゆっくり開いた。
「元々は迷宮のものだった魔剣を、人間たちは奪った。そして迷宮を守るという当初の目的は引っくり返り、魔物たち、そして大陸中の人々を殺し始めている。なぜなら、これだけの益を人々にもたらすから」
おっ、と俺は呻く。
真実にかなり近づいている感覚があったし、もしもその話が本当なのだとしたら、史上最大級の大虐殺をいまこの国でしていることになる。
国の目的はそれだ。
無尽蔵に益をむさぼること。
では魔剣士ナザルの思惑は、この構造を破壊することだろうか。
恐らくは違う。それはあの男の人間性を見ての考えだが、もしかしたら現在以上の大虐殺をしでかす気なのでは? アーヴ国を滅ぼしたその先は?
思考が勝手に加速してゆき、俺はしばらく動けない。
気になるのは魔剣フラウデリカがいまどうしているのかという、ごく純粋な心配だけだった。
次のお話しは見直し中のためアップを遅らせます。
ご了承くださいませ。




