第27話 尋ね人
こきんと首を鳴らして、俺は人通りの多い街を歩いてゆく。首の傷はもうすっかり癒えていた。
陽はまだ高く、露天商らは大きなダミ声で目玉の品を口にする。たぶん看板代わりのつもりだろう。
呼び止めようとする声は魔法のアイテムが中心で、もう少し歩くと食材に変わり、もうちょっと進むと男たちの笑い声に変わる。
ここまで場末にくると人は減り、食事や休息をするための店がちらほらとある。
「新聞でも買って、とりあえず美味いものでも食うか。回復祝いとして財布の紐をゆるめてもいいし」
きゃほー、という喜びの感情をエリンとカロンは伝えてくる。
文字通り一心同体である彼女たちが、にこにこ顔でハイタッチしているところを俺は想像する。
「ハンバーグ、いやオムライスも捨てがたい」
献立の書かれている木札を睨んでいるときに、ふと気づく。
そのすぐ横にある貼り紙には「尋ね人」という文字、そして「タロ」という名、最後に「アーヴ金貨5枚」という金額が……。
「はあああっ!?」
いや、驚いたねぇ。だって懸賞金がかけられていて、俺の下手くそな顔まで書かれているんだしさ。うわぁ、びっくりするほど似てねぇー。
生きているとこんな不思議なことがあるんだな。そう感心しつつ貼り紙を読んでみる。
「えーと、なになに。行方をくらましてて3日経っており……って、なにこれ。普通に人探しじゃん。あと懸賞金が微妙だろ。猫じゃねーんだからさ」
ひと月分以上の稼ぎだし安くはないけどさ。むしろがんばっている感じがして涙ぐましい。
まったく、懸賞金なんてこの俺に通じるわけないじゃん。だれが捕まえられるっていうんだよ。
「んで、肝心の依頼者は……?」
依頼人の欄に目を向けようとしたとき、ふと人の視線を感じ取る。
第六感はどんなときでも有効で、通りの向こうにいる紙束を抱えた女性と視線が重なる。
その色白な肌をした女性は、ぱっと表情を明るくさせた。
「タロちん……っ!」
ダッと逃げ出す俺。
逃げる必要はなかったかもしれんが、首を折られたときの恐怖がまざまざと蘇ったらもうだめだ。全身を鳥肌だらけにさせて、理想的なまでのフォームで駆けだした俺を止められるやつなどこの世界線に存在しない。
「待ってってばあ!!」
脱兎のごとく駆けている俺に、そんな悲痛な声が響く。
いつもならともかく泣きそうな声をしていたものだから……仕方なく急ブレーキをかけることにした。
まだ遠いところにいるアーイカは内股になっており、おどおどしながら口を開く。
「だ、大丈夫、もう首なんか絞めないから!」
木の陰に隠れながら「ほんとぉ?」という疑いのまなざしを浮かべる。するとアーイカは、まるで逃げた犬を相手にするように、懐から林檎を取り出して「チッチッ」と舌を鳴らす。
あのね、ふざけてんの? 最高級品だし美味しいし食べたいけどさぁ。
「……もう怒ってない?」
我ながらいじけた声だなと思うけど、あのときは本気で死を意識したし、俺じゃなかったら普通に死んでるから。アーイカにはそのことをちゃんと分かって欲しい。人として。
「怒ってないよ。ほら、大丈夫だから帰っておいで」
じわりと涙を浮かべながら言われると……んもう、確かに俺が悪いところもあったんだし、アーイカを怒らせたのも俺のせいだ。
そろそろと姿を現すと、形の良い鼻から水滴がこぼれようとしている。
一歩ずつ近づいてゆくのをアーイカは待ちきれず、ひしっと思いきり抱きついてきた。
「ごめんねごめんねタロちん、もう大丈夫? ケガは治ったの?」
「うん、こう見えて俺は頑丈なんだ。しぶといし、死んだりなんてしないんだぜ」
つい強がりを言うのは男に生まれた以上仕方なく、べちょべちょに濡れた頬をこすりつけてくるアーイカに苦笑する。
「ごめんね、アーイカ」
「ううん、痛いことしてごめんねタロちん」
首にしっかと抱きつくアーイカは体温が高く、肩の辺りにたくさんの液体が染み込んでゆく。
クウンと犬のように鳴くものだから、こちらもつい華奢な背中を抱き返してこう言う。
「ずっと友達だって約束したしな」
「うン……」
上ずった声で返事をして、アーイカは思い切り鼻をかんだ。
きゅっと指をにぎりあい、街路樹の生えた小道を歩いてゆく。
この地域は人がまだ少なくて、生活基盤をきちんと整えてから住民を増やす計画なのだとか。
「え、三日も経ってたのに気づかなかったの?」
「みたいだな。どうも俺の体内時計が狂いまくってるし、今日のうちに調整をしておかないと」
どうやら大脱出をしたときから何日も経っていたらしい。
怪我は致命傷といっていいレベルで、もちろん三日程度で癒えるものではない。だけどいまはピンピンしていて、腹が減っている以外は普段通りだと思う。
ふむ、あの不思議な空間のおかげかな。
思い返してみると、ちょうど癒えたときにエリンとカロンが出迎えてくれたように思う。
以前からそうなんだけど、体内に巣くうカロンとはひんぱんに意志のやりとりをしている。どこまで領域を広げるかとかを相談するんだけど、そういうときは意志だけで口調については昨夜になって初めて聞いた。
案外と楽しそうなやつらだったな。
そう思いつつクンクンと俺は匂いを嗅ぐ。
「今日は屋台で買って帰るかな。アーイカは?」
「んー、タロちんのおすすめでいいよ。あ、辛いのはパス」
まあな、目元が赤かったりして肌が弱そうだから、辛いのはダメそうな感じがする。
持っているぶんで足りるかなと頭のなかで勘定をしていたときに、ふと思い出すことがあった。
「そういえば懸賞金で金貨5枚って安すぎない?」
「しょうがないじゃん。アタシが魔剣士だって知られたくないし、大金かけたら疑われちゃうんだしさ」
ん、そういえば依頼者は「アイ」という偽名だった。
戦場ではいつも全身鎧を着ていたらしいし、そうなると身分を隠すことも可能なのか。
「確かにな。知られないほうが静かに過ごせるし俺でもそうする」
「ん、内緒だからね。でもタロちんは特別」
しぃ、と人差し指を唇に当てる様子はいつも通りのアーイカだ。木漏れ日を浴びてにんまりと笑う様子にホッとする。
金色の髪を耳にかけており、横は頬の辺りを覆うように伸ばしている。唇をむにゅむにゅさせるのは、長い八重歯のせいかもしれない。
濃いまつげをしているんだなと思っていたら、青い瞳はなぜか横に逸れてゆく。
「ン、えーと、べ、別にいいケド……」
「いいってなにが?」
「人けがないし、そういうの、えと、初めてだけど」
かあっ、かあっとアーイカは段階的に頬を染めてゆく。
なんで急に赤くなっているんだと思いつつ、俺の第六感が「今度はふざけるんじゃねえぞ」と割とガチめに忠告してきた。え、なんで?
そわそわしているアーイカは、だれも人がいないのに辺りを警戒している。耳まで真っ赤にしている様子に、俺はようやくハッとした。こんな単純なことに気づけないなんてどうかしている!
華奢な首筋に手を当てて「アーイカ」と囁く。
するとドキンという心臓の音が聞こえてきそうなほど両肩を跳ねさせて、彼女は「ヤバい!」という表情をする。
右を見て、左を見て、胸の前で手をぎゅっとにぎったまま上目づかいで見上げてくる。
なにかを言いかけたのだろうか。唇をむにゃっとさせたあと、開きかけた唇はすぐにまた閉じる。
木陰にすっぽりと包まれて、頭を木の幹で支えたアーイカは「ふう」と熱っぽい息を吐いてから……どこか大人びた表情に変わった。
「頼む、片手間でいいから俺を鍛えてくれ。こういう場所ならたしかに稽古できるし、魔剣士に頼める機会なんて早々ないもんな」
これが正解。
第六感が伝えてきた答えは間違いなくこれであろう。回避特化型の俺にとって最も必要なのは、実戦的な訓練なのだ。ふふん、俺の勘を舐めんなよ。
瞬間、俺の第六感が「チッ!」と盛大な舌打ちをする。
また同時にアーイカの前蹴りが腹に思いきり食い込み、木柵をバキャッと破壊して俺は空中に飛んでいた。
――は? もう暴力は振るわないんじゃなかったの?
「タロちんのぶぁあーーーかっ!!」
大声で悪口を言われて、べえっと舌を出されたときに俺は盛大な水しぶきを上げていた。




