21 はじめての二人のだけの夜でした。
ミュリーナが目を覚ます少し前、エドガスたち三人は意見を出し合っていた。変異体から逃げ出した後、変異体の最接近に気をつけながらユーマとミュリーナを探したが見つけることが出来なかった。ヒルダによる爆発音を立てる魔術の合図にも反応がない。
別れ際に魔術が使えないとミュリーナが言っていたので魔術の返答が無いのは予測の範囲内だが、そうなると連絡を取る手段がなかった。歩いても村まで帰りつける距離なのだ。無理に探すよりは村に戻っていることを期待したほうが良いかもしれない。しかし……
「ミュリーナたちだと、迷ってるんじゃないか?」
パーティで持っている方位磁石は予備も含めて両方こちら側にある。加えて天気が悪く磁石なしではまともに方位が測れない。大雑把に方位を東西南北で四分割しても、当てずっぽうに進めば高確率で村にから離れる方向へ進んでしまう。
今は二人を信じて、無闇に動かずに隠れている事を期待するしかない。残念ながらこれ以上二人を捜索している時間がない。もうすぐ日が暮れてしまう。気の重い帰路につき、森を抜けた頃、ケアリオが声を上げる。
「おい! あれ、ミュリーナたちか?」
ケアリオの声で振り返った一行は、森の中から一条の煙が上がっているのが見えた。燃えている、というより燃え広がっている様子がないのだから焚いているのだろう。魔術が使えないミュリーナに代わって、狼煙が残してきた二人のうち少なくともどちらかが無事であることを伝えていた。
「ユーマちゃんじゃない?ミュリーナ、火熾し苦手だし」
何度かマイス家に食事に招待された時に、炊事を手伝っていたり、森の探索の間の休憩中など、手際よく火を熾すユーマの姿は三人もよく見ていた。昼食などの時にほぼ毎日のように火熾しをしていたユーマならば、休憩などで足を止めたのなら焚き火をしているかもしれない。
不幸中の幸いとでも言えばいいだろうか、狼煙が上がったのは悪くない知らせである。ミュリーナはともかく、マーリドにユーマが無事だと予想できると伝えられるのは、ただ行方不明と伝えるよりは気が楽だ。
――――
「ミュリーナは、寝ていても大丈夫です」
「え、待ってまって、ユーマちゃんも休んで! 私起きてるから!」
膝枕したままユーマに言われて、慌ててミュリーナは起き上がる。
「大丈夫ですか? もう気持ち悪いないですか?」
「う、うん。もう大丈夫だから!」
ミュリーナが大丈夫だと言ったのは、少し休憩するだけのつもりで居眠りをしてしまった失態を取り戻したい一心でのことだったが、起き上がってもふらつきもなく、意識もはっきりしていた。
「うん。本当に大丈夫」
言い直すミュリーナに、ユーマはしばらく上目遣いで疑いの視線を送るが、慌てているが無理はしていなさそうだと見ると、顔をほころばせる。
「心配します、から、気をつけてください」
「う、うん。油断してたね」
ユーマの言葉に、ミュリーナは変異体と戦ったときのことを思い出す。結果として無事だったと言うだけでかなり危ないところだった。危なくなったら撤退するということで、かなり油断していたのだと思い知らされる。相手の力量を量るというだけでも、変異体は油断ならない相手だということは骨身にしみたと言えた。
もし次があるとすればミュリーナは、そしてもちろん仲間たちももう油断などしないだろう。だが、次に遭遇することがあるにしても、まずは仲間たちと合流しなければ流石にミュリーナ一人では話にならない。
「そういえば、ミュリーナが寝ている間。合図がありました」
「ん? 合図ってあの音の?」
「はい」
ユーマは、ミュリーナが寝てしまった後に、三発の連続した爆発音を聞いたことをミュリーナに伝える。三発ということは、向こうは三人が合流できたということだろうと予想できる。それに爆発音を起こす魔術については事前に決めていない限りは、安全が確保できている状態で合流や撤退などの、後退を合図する時に使う符号だ。三人は一旦村に戻ることを決めたのだろうとミュリーナは読み取る。
「そっか、エドたちの方は心配しなくて良さそうだね」
ミュリーナがパーティの中で使っている符号の説明を交えた答えに、ユーマは安堵の表情を浮かべる。
「あと、エドガスたちが気が付いたか、わからないです。けど、焚き火で、煙を沢山だしました」
狼煙を上げてみたと言うユーマに、ミュリーナは頷く。手間が少なくて済むという事で爆発音を上げることで連絡手段としているミュリーナたちだったが、もし気が付いてもらえていれば狼煙は爆発音以上に有用な場合があるだろう。音と違って気付かれ辛いが、こちらの位置を音よりも正確に伝えることが出来る。
「そういえば、ミュリーナは、エドガスのことをエドと呼びますか?ケアリオやヒルダは違います」
「んぁー、そうだねぇ。エドとは長いからね」
「あの、もしかして、エドガスは……恋人でしたか?その、昔とか」
それはユーマにとって少し気になっていたことだった。ユーマに対しても、パーティの誰に対してもミュリーナはくだけた感じに付き合っているが、エドガスとは特に親しくしている感じがしていたのだ。
「へ? ……ん?ユーマちゃんそれって、もしかしてヤキモチだったりする?」
「い、いえ。気になっただけです。少しだけです」
ユーマはさっきまで綻ばせていた顔を今度は強張らせて、顔を背ける。ミュリーナにはその横顔がすこし赤らんで見えるのは焚き火だけの所為ではなさそうに見えた。ミュリーナはそっぽを向くユーマが愛おしく、思わず抱きしめる。大抵のことについてそうだが、ミュリーナはユーマのこととなると大概にして考えるより先に行動に移してしまう。
「安心してよー、ユーマちゃん。エドガスはただの幼馴染だからさ」
「幼馴染、ですか?」
ミュリーナとエドガスは、ミュリーナが魔術師の弟子となるよりも前からの知り合いだった。生家も近く、都市の生まれだったのでユーマの村のように隣家まで何百メートルと離れていたりもしない。エドガスの方が歳は上だが比較的近いので幼い頃は一緒になって遊んだこともあるのだとユーマに話す。
ヒルダとは魔術師の弟子となった時に姉弟子として知り合ったので、エドガスの方がずっと古い付き合いなのだ。今でこそ、ミュリーナは仲間からトラブルメーカーと認識されているし、ミュリーナ自身もそれは認めざるを得ないところだったが、子供の頃の当時は木剣を持って走り回るエドガスのほうがよほどトラブルを起こしていたと話す。
ミュリーナが魔術を学び始めたのが今のユーマの姿の歳の頃とのことなのでそれより前となるとユーマの感覚で言うならだいたい小学生の頃と言った感じだろうか。あまり深い考えなしにエドガスとの関係を聞いてしまったが幼馴染との説明にユーマは肩の力を抜く。
「子供の頃のミュリーナ、見てみたかったです。子供のミュリーナは、どんな人でしたか?」
「え、うーん。えっとねー、大人しくて結構泣き虫だったかなぁ。でも好奇心が強くて……」
「あとでエドガスに聞いてみますね」
「ごめんなさい。うそでした。エドと一緒に走り回ってました」
ミュリーナの答えがどこかよそよそしく目が泳いでいたのでユーマが実際のところを知るエドガスの名前をだすと、ミュリーナはあっさりと嘘を認めて許しを請う。ユーマを抱き締めた腕を離そうとせずに頭を下げるのだから、額をユーマの胸に押し付けるようにしてくる。
額を押し付けられるのが少し痛かったので、ユーマはミュリーナの頭を撫でて許してやる。
「でも好奇心が強かったのはホントだよ?」
「それは、今のミュリーナからも見えます」
「えぇー、じゃあ、ユーマちゃんは、小さい頃どんな子だった?」
ミュリーナに話を振られ、どきりとする。ミュリーナのことだと思って話していて、自分に話が振られるとは思っていなかった。
「私の……子供の時間はつまらないですよ?」
「うん?」
露骨に声の調子が落ちたユーマがミュリーナは気になり、押し付けていた頭を傾け、下から除きあげる。
「あの、村に来る前のことは……つまらないです。わっ」
ミュリーナがぶら下がるように下からユーマの肩に腕をかけてユーマを引き倒し、ユーマは声を上げる。
「うん、いいよ。やっぱりユーマちゃんも少し休んで。ね?」
「……はい。そうします。 ありがとうございます。ミュリーナ」
話したくないことだと察して話題を打ち切ってくれたのだろう。ユーマはミュリーナの提案に乗って休むことにする。小雨が降り始めて少し冷えてきたが、木陰に陣取っていたおかげで直接濡れずに済んでいるし、自分で熾した焚き火と、ミュリーナの体温に挟まれて温かかった。
――――
昨晩、森から戻った冒険者たちはまずマーリドの元へ報告を行い、ついでマーリドを伴って村長宅での報告をした。変異体との遭遇と戦闘の結果、ユーマたちとはぐれたことまでを話す。村長は変異体のあまりの巨大さに色めき立つ。変異体の討伐のため、翌日にでも直ぐに兵士の派遣を要請するため都市へ連絡を送ることになるだろう。
しかし連絡を行ってから、十分な兵力が送り込まれるまで早くとも七日から十日はかかるだろう。ユーマ達の捜索に兵士の到着を待つのでは遅すぎる。十日程度なら食わずとも死にはしないが、持っていった水が足りない。そのユーマの捜索に関してはマーリドにより冒険者たちに一任されることになる。
村人たちには変異体の危険から森への立入を禁止したばかりだったし、ユーマたちがいる辺りはまさに変異体の活動圏内なのだ。大勢で押しかけるよりも少人数の冒険者たちにより変異体に気付かれないように連れ戻すことを提案された。その提案にエドガスも頷く。あの変異体相手では村人たちが大勢で森に入っても餌を大量に運び込むことにしかなりそうにない。
日が昇ってすぐ、エドガスたちはいつもよりも早い時間に納屋の前に出る。出発する時間を早め、少しでも早くユーマたちを見つけて連れ戻したい。そう思い、暗いうちに朝食を終わらせ、空が明るくなるのと共に出発する。相変わらず天気は悪く、小雨すら振っているが、ユーマたちを見つけなければならない手前、出発を延期する訳にはいかない。
出発前にマーリドが手には一振りの剣を持ち冒険者たちの元を訪問していた。若い頃に手に入れた品だという。剣を使うエドガスには少し小さく、ユーマが使うには少しばかり重そうな微妙な大きさの剣だったが、ヒルダにより何らかの魔術が付与されていると見抜かれる。
ユーマには重すぎるため渡していなかったらしいが、変異体の外殻の硬さを聞き、刃が通るかもしれないとマーリドが引っ張り出してきたらしい。マーリドが差し出した年季の入った短い両刃剣は、古びているがグリップには真新しいストラップが巻き直されていた。
「迷惑をかける。どうかユーマをお願いします。それと、迷惑ついでに申し訳ない。これをユーマに渡してやってください」
マーリドに頭を下げられるが、冒険者たちとしては居心地が悪い。預かったユーマを置き去りにして戻ってきてしまったのは他ならぬ冒険者たちなのだ。
「ユーマは頭がいい子です。今も無事のようですし、必ず連れて帰ってきます」
冒険者たちとマーリドが納屋の前から森の方を見れば、昨日の夕方と同じ様に森の中から狼煙が上がっているのが見えた。




