【コミック1巻発売記念SS】アイヴィン様ファンクラブ
それは、素朴な質問だった。
「ねぇ、シシリー。ファンクラブって、何をする集団なの?」
(それって、ネリアのことを聞いてる?)
シシリーからの疑問に、私は「もちろん」と即答した。
だって、八〇〇年前にファンクラブなんてものは存在しなかったんだもの。
『ファン』という言葉のだいだいの意味は、理解しているつもりだけどね。
崇めたい相手がいる子たちのことでしょ?
ネリアの場合は、アイヴィンを崇めているんだよね。アイヴィンの顔がいいから。あと魔導研究所の若きエリートだからというのもあるのかな。
でも、ファンが集まって何をするのだろう?
当たり前だけど、『アイヴィン=ダール』という男は、この世に一人しか存在しない。この国で重婚は認められていないはずだし、愛人や妾という風習もヨシとはされていないはず。アイヴィンと結婚できるのは、この世に一人しかいないのだ。
みんなで集まったところで、不穏しかないのでは?
(今、ノーラの頭の中だと、どんな展開になっているの?)
「大乱闘で校舎が崩壊したところ」
(なんでノーラっていつも物騒なの!?)
心の中のシシリーが、なかなか元気そうだ。
彼女の回復の兆しに、私はニッコリである。
わからないことがあれば、探究すべし。
それは賢者にならなくても、研究者ならば、皆、当たり前の自論である。
「ということで、お姉ちゃん。ファンクラブに見学させて?」
「ああああ、あんたもやっぱり、アイヴィン様を狙って――」
「いや、まったく興味ない」
……あ、まったくはウソだな。他にシシリーの有力婚約者候補が現れなければ、アイヴィンで妥協しなければいけないんだった。
ともあれ、私の返答にシシリーの双子の姉・ネリアお姉ちゃんが目をキラキラさせ始めちゃったんだから、いまさら撤回できるはずもない。
「そういうことだったら、あんたもファンクラブに入れてあげてもよくってよ!」
お姉ちゃんの明るい声音に、クラスの女生徒からのギロッとした視線が刺さる。
なんだ、これ?
「入部制限があったりするの?」
「……気にしないでいいわ。ほら、着いてきなさい!」
こうして、私は無理やりお姉ちゃんに連れられていく。
授業開始の合図を聞きながら。
「……で、これの何が楽しいのかな?」
「アイヴィン様の雄姿を目に納めているのよ! 楽しいに決まってるでしょ!」
ただいま、体力育成の授業中である。
そう、アイヴィンが授業中なのだから、同じクラスの私たちはもちろん、同学年のお姉ちゃんも授業中なわけで。
……うん、これはれっきとしたサボりだね!
「なるほど、これが青春!」
「そうよ、こうしてひっそりと愛を伝えるの。そしていつか、この想いがアイヴィン様に……」
そうか、草木に隠れて、こっそりと私は青春をしているのか!
そう思えば、アイヴィンの意外と様にならない走り方を眺めるのも楽しくなってきたぞ!
よし、アイヴィンの意外とカッコ悪い走り方を記録してあげよう。なんか手足の長さを持て余している感じなんだよね。もっと人体構造的には……と、枝を使って、地面に計算を始めたときだった。お姉ちゃんの慌てた声に、私は視線をあげる。
「アアアア、アイヴィン様!?」
「堂々と授業をサボって、この双子は何をしているのかな?」
おや、走り終わったアイヴィンがこちらにやってきたらしい。
「アイヴィン! 走るときはこう……もっと腕を振ったほうが理論的にも早く走れると思うよ! 解説いる?」
「いらないし、きみに言われたくもないけどさ……いいの? 向こうでアニータちゃんが怖い目しているよ?」
指摘されたほうを向いてみれば、たしかにアニータが目くじら立てて私を睨んでいる。
おー、これはあとでお説教されるやつかな。悪いことをして、友達に叱ってもらうのもまた青春だね! 私は幸せ者だな~。
でも、だからこそ気が付く。
これはお姉ちゃんのクラスメイトとは違う視線だね。
「ねーねーアイヴィン。さっきお姉ちゃんのクラスメイトから睨まれたんだけど、なんでだと思う?」
「ちょっと、シシリー!?」
お姉ちゃんが慌てて私の口を塞ごうとする。
それでも質問は終えたので私の口に用はないと放っておけば、アイヴィンがあっさりと教えてくれた。
「きみのお姉さん、クラスでハブられているからね。ファンクラブとやらも、お姉さん以外の全員が退部しただけでなく、新しいファンクラブも立ち上がったらしいよ?」
「ほーん……二つもファンクラブがあるとか、よかったね?」
「俺は面倒が増えただけなんだけどね」
ともあれ、お姉ちゃんが睨まれていたのも、そして私がファンクラブに興味をもって嬉しそうだったのも、納得である。遊び相手が増えて、嬉しかったのか。
そんなお姉ちゃんは、今にも泣きそうな顔をしていた。
「同情するなら、今度のテスト代わってくれてもいいわよ」
「いや、そんな真似は二度としないけど」
「ぐすん」
洟をすすったお姉ちゃんが、トボトボと去っていく。
その寂しげな背中を私は慌てて追いかけようとするけれど、
「シシリ~、次はあなたの番ですわよ~っ!」
おやおや、おかんむりなアニータが爆発寸前である。
残念だが、お姉ちゃんは後回しにするしかなさそうだ。
だから翌日、こっそり廊下の柱に隠れているお姉ちゃんの隣にひっそり並ぶ。
「ちょっと、なんでまたあんたが……」
「休み時間だけね。授業サボると、アニータが心配しちゃうからさ」
でも、アイヴィンがトイレから出てくるところなんか見て、何が楽しいのだろう。歩きながらハンカチで手を拭いているのがいいのかな? ハンカチの柄のパターンを観測しても……うん、だからなんだという話だし。
とりあえず、私はアイヴィンのまばたきの回数でも数えようかとしたときだった。
「これ、あげるわ!」
そう押し付けてくるのは、ハチマキかな。
黄色の細布の真ん中には『アイヴィン様♡ラブ』と丸い文字で描かれている。
わたしの脊髄反射で顔をゆがめていた。
「え、いらない」
「ちょっと、シシリー!?」
私の心の中で、シシリーがクスクスと笑っている。
たまには、お姉ちゃんと遊ぶ予定もいれておいたほうがよさそうだ。
さらにやることが増えた一年だけの青春に、私は思わず頬を緩めたのだった。
【アイヴィン様ファンクラブ おしまい】






