何もかも願った先には謝罪の言葉も見つかりません
"手伝っている時だけは
赦される気がする
生きていても良いのだと
錯覚する
償える筈も無い罪が
消えることなど
有りはしないのに"
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噴水広場の銅像に、何処かの誰かが落書きをした。
――そんな他愛のないものじゃない。
(一体誰が、こんな事を――?)
「しくしく……もう辞めたい……」
学園に着くと、待ち構えていた学園長に泣き付かれた。
「鉄扇の次は落書きなの! 皆ワタシが嫌いなの――?!」
壮年の男性がさめざめと泣く。
ーー慰めないと、駄目だろうか。
どう言う類いか気にはなったので。興味本意で見に行くとそこで目にしたものは、またも彼への誹謗中傷。
――同一犯――
脳裏に、その言葉が浮かんだ。
「あんな良い子を陥れようなんて!」
き――っ、と背後で学園長が手巾を噛んでいる。
(あれだけ騒げば保護されたも同じ、か)
貸した手巾は返っては来ないだろうが、フェネトールの身の安全には代えられない――
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――早朝――
――ひゅん。
「――ふ、」
「……」
――ひゅん。
「――は、」
「……」
(今、何回目、なのか)
動じない秘訣をカインに聞いたら、無言で木剣を差し出されて。
朝靄残る王城の庭、カインと二人素振りをする。
(嫁入り、前の、女性に、……何て事を――!!)
色々と雑念が多すぎて、一睡も出来ずに夜が明けた。
時が経つにつれ実感するのは、事の重大さ。
今日もリリアルを迎えに行くと言うのに、顔を見れる自信が無い。
(少し、は、落ち着いて、きた、かな)
千回を越えてからは、他の事など考えられなくなって来た。
――主に疲労感からだけど。
(平常心、を、取り戻せた、かも?)
そう思った時、不意討ちの声が掛けられる。
「公爵令嬢を迎えに行かなくて良いのか?」
(リリアルを、――っっ!!)
"――すぽーん、
ひゅるるる……"
呆気なく心乱されて。
手から抜け落ちた木剣が、自分に向かって飛んでくる。
(間に合わない、か)
――カカカカカッ!
心身共に疲労困憊。
手刀の用意が間に合わなくて"瘤くらいは"と諦めたら――
乾いた音の後。輪切りにされたそれが、私の頭上で"ばらり"分裂する。
――こつん、当たったのはひと欠片の破片のみ。
隣では、汗一つかかず呼吸も乱さず、カインが木剣を脇に収めていた。私と同じ木剣なのに。
……手合わせをしたら、きっと命の保証は無い。
自分の護衛に逆に身の危険を感じていたら、
「……今月幾本目だ?」
先程の声がカインに向かう。
「いい加減侯爵――騎士団長殿に言い付けるぞ」
声の主はアークだ、早朝から容赦が無い。
「カイン、今のは私のせいだから」
"私の責任だと言っておく"と続けようとして振り向くと、座り込むカイン。
普通では無い……態勢で。
膝を揃えて両手をついて伏せって、それは――
「馬鹿の真似をするな、移る」
本当に容赦無いんだけど……。
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――昼休み――
(やっぱり駄目だ)
抑えようとすればする程逆効果で、過去の事まで思い返して。
気が付けば"食事中のリリアルを凝視してしまっていた"なんて……居た堪れなさ過ぎる。
(何か手は無いのか)
精神統一の方法を模索しようと、書物を探しに図書館へ向かう。
また木剣を壊したら、アークに告げ口をされてしまうし。
(それにフェネトールの事も)
投書の件、鉄扇の持ち主は全くの無関係だった。
その人の書字を何故かアークが知っていて、違うと解った。
詮索はしない。"鉄扇の君"から手紙くらい貰うだろう。
(確かにあの時は外套で姿を隠していたから。傍目から彼だと特定するのは不可能だ)
自分の浅慮に落胆してしまう。
中傷の内容を手書きで書くなど"見つけてくれと"言っているのか? とにかく、これで振り出しに戻ってしまった――
(本人に心当たりを聞けたら良いんだけど)
「貸し出しの手続きは此方へ――」
本を選んで受付へ向かうとフェネトールが。今日は此処なのか。
「何かに心当りは無いだろうか?」
それとなく聞こうとして……失敗する。
「――っ」
――ばささっ
直接的過ぎた質問への動揺からか、渡しかけた本を取り落としてしまった。
「! 王子殿下、私がしますので……っ」
拾おうと屈んで手を伸ばすと、慌てて引き取ろうとする。
ちらり、と視界に入ったその指に"赤い線"が?
――どうやら、本で切れたらしい。
「少し動かないでいて欲しい」
じろりと見てくる周囲の目が、興味を失うのを確認して、素早く治す。
声に出さずとも。触れた手を離すと、傷痕は消えるから。
「これは――?」
驚く彼の様子に"園内では魔法禁止"と思い出して。
"内密に"と合図の人指し指を立てる。
(王子殿下の魔法は、優しいのですね……)
すると小声で話す彼の表情が、暗く翳ってしまう。
優しいのは彼なのに。
「優しいのは君の方だと、私は思うが」
日がな一日、しかも毎日。人助けなど到底出来ない。
「私は優しくなど――」
「どうかなさったのですか?」
フェネトールの話を聞き終わる前に、心乱す想い人の声がする。
「大きな音がしていた様ですが?」
リリアルが戻って来て、首を傾げている。
昼食を切り上げて席を立つ私を、心配して付いて来てくれて。
嬉しいけど……まだ上手く顔を見られない。
(申し訳なさ過ぎて)
「って、その本は――?!」
リリアルが大事そうに抱える本の、衝撃的な題名に目を奪われる。
「殿下、図書館ではお声を小さくして下さいませ」
「いや、小さ過ぎる……」
――零歳からの闇魔法――
「リリアル、それは禁書だ」
零歳児に教えてはいけない、確実に。
学園図書館がこんなに物騒で、大丈夫なんだろうか……。
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下校時間を疾うに過ぎ、
人気の無くなった噴水広場に動く、影。
銅像前にぴたり、と止まって。
――じゃきん、何かを切る音が、響く。
「何をしている?」
冷ややかに声を放つ。アークが問いかけて、
「フェネトール、何を――!?」
私がその影の名を明かす。
銅像の塗料が直ぐには落ちなくて。
応急的に布を巻き付けていて。その布を、彼が切断していた。
「生徒会への投書に、銅像への落書き。一体――」
何がしたいんだ? と、アークが追及する。
本を借りる際の手続きで、彼の書字を見てしまった。
投書の文字と銅像の文字、その両方に酷似する端麗な文字を。
でも解らない。どうしてなのか? 何の為に? 一体、何の利があると言うのか?
「欺く様な真似をして、申し訳ありません……」
此方を向いて謝ってくる。でもそれは、後悔に属するものではなくて。
「私が真犯人になります」
いつもの自信無さげな様子とは、うって変わって揺らぎのない口調で。その行動の意味を告げる。
彼が銅像にした落書きはーー
"王子を脅かしたのはフェネトール・グレイン"
自分を"犯人"と示すものだった。
(嘘を真に――? そんな事はあり得ない)
「それはあくまで役の上の事だろう?」
到底理解が及ばない考えに、何とか説得をしようとする私の元へ、諭すような声が届く。
「いつまでも犯人が捕まらないままでは、ご側近の方々の技量が疑われてしまいます。鉄扇の持ち主の方も、自身への疑いに不安を感じておられましたから……」
――これが一番良い方法なのです、と。
(まさか)
「それに私は……罰を受けねばならないのです」
(だから、こんな事をしたと言うのか?)
いつから考えていたのか、まさか始めからそのつもりで――?
「フェネトール。君に犯人役を頼んだのは、責を負わせる為では無い」
そんな事はさせられない。
「本当は――」
フェネトールが、胸の前に拳を作り押し当てて声を絞り出す。
「本当は私が代わりたかった……王子殿下の御髪では無く、私自身が、斬られてしまいたかった――」
悲痛な、けれども静かな叫びが、辺りに響く。
「謀事を公表しよう、フェネトール。そうまでして隠しだてする事ではない」
"便宜上の自作自演"だ、正直にそう言えばいい。
「そんな……私の事など、お切り棄て下さい!」
フェネトールが駆け寄って来る。
"何故です?"と、"私の過去はお分かりの筈です!"と、すがるように。
「宰相閣下の御子息様は、秀でた御方。既に調べはお済みでしょう……」
(生徒会への投書はこの為だったのか)
そう書けば、彼の身辺を調べると見越して。
「……八年前に、兄を亡くしているそうだな。海の、事故で――」
何処と無く言いにくそうな、アークの様子に。
"お気遣いは無用です"とフェネトールがゆっくり首を振る。
「……事故ではありません」
私が兄を船ごと沈めました――
「私は……………人殺しなのです……」
呻く声は掠れていて。
「――」
言葉を失う周囲と共に、徐々に迫る夜の闇に……呑み込まれて行く気がして。
――必死に否定の記憶を探る。
(それは違う)
解っていたのに……いや、解っていなかったのか?
"彼"と言う人物を。
彼の罪の意識を、向かう方向を、何処までも低きに流れ堕ちるーー
水の様な、性質を。
誤字報告を頂きまして有り難う御座います。
嬉しくてつい後書きに書いてしまい、申し訳ありません。
注視して頂けるような文面ではありませんが、今後もお待ちしております。
どうぞ、宜しくお願い致します。
SSKK





