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第43話 俺、将来の事を決めたよ

 休日になると気分が楽になる。

 鈴木斗真(すずき/とうま)は土曜日の今日、予定通りに涼葉と水族館までやって来ていたのだ。


 二人は水族館の通路を歩いている。

 周りにあるガラスの先には魚が泳いでいて、手で触ることはできないが、比較的間近で見れて、涼葉とは楽しい時間を過ごす事が出来ていた。


「あの魚も、あっちの魚も綺麗だね」


 神谷涼葉(かみや/すずは)は元々水族館が好きなようで、魚を見て、この瞬間を楽しんでいたのだ。


「久しぶりに水族館に来たんだけど。やっぱりいいね。こういう場所に来ると、心が落ちつくってのもあるんだけど。そう言えば、斗真はどんな魚が好きなの?」

「水族館にある魚を見るのが好きで、一番好きな魚はないかもな。なんていうかさ、水族館の雰囲気が好きかな」

「水族館の雰囲気ね。それもいいよね。館内全体が青色で色鮮やかだし」

「そうなんだよね。今日来れて良かったね」

「うん」

「今日は空いているみたいだし。ちょっとした貸し切りみたいな感じになってるね」


 土曜日だが、家族ずれのお客は少ないように感じた。

 今日はイルカのショーはなく、別のイベントをやっているようだ。


 やはり、イルカショーなど、目に見えて楽しめるイベントじゃないと、来場者数が少なくなる傾向らしい。


「涼葉さんは、どの場所に行く?」

「そうね。じゃあ、ペンギンのところに行きたいかな」

「ペンギンね」


 斗真は入場時に貰っていたパンフレットを元に、館内の地図を確認した。

 今いる場所から少し離れたところにペンギンエリアがある。


 現在地は入り口近くのトンネル水槽と呼ばれる場所だ。

 この道を歩き、通り抜けた先にペンギンがいるらしい。




「やっとペンギンがいる場所に到着したね。あっちにペンギンが沢山いるよ!」


 涼葉が遠くの方を指さし、駆け足で向かって行く。

 彼女は水族館を全力で楽しんでいる。


「凄い、色々なペンギンがいるね。アレがケープペンギンね。それとあっちがイワトビペンギンだよ。他には、コウテイペンギンもいるね」

「全然、ハッキリと見分けが……」


 斗真は涼葉と一緒にペンギンエリアの前に立つ。


「ケープペンギンは白黒の外見で、イワトビペンギンはね、頭のところから黄色の毛がはいているの。コウテイペンギンは、首元が黄色っぽくなっているんだよね。ほら、ちゃんと見ればわかるでしょ」

「まあ、じっくりと見ていれば、わかるかも」


 ペンギンエリアには、ケープ、イワトビ、コウテイなどのペンギンが岩の上を歩いて移動している。

 水の中に飛び込んで水浴びをしているペンギンもいた。


「ここには三種類しかいないみたいだけど。ペンギンって一八種類もあるの」

「そんなに?」

「もっと沢山いたら、見分けるのも大変かも」

「確かに。三種類しかいないのに、俺、初見だと全然わからなかったからね」


 斗真はペンギンエリア近くにある掲示板のところへ向かう。

 そこにはちゃんと写真付きで、生息地域なども丁寧に記されてあったのだ。


「お客様、エサやり体験ができますが、やって行きますか?」


 水族館スタッフの女性から問われ、涼葉は目を輝かせながらやりますと言い、すぐに参加表明していたのだ。


「こちらからできます」

「はい。私、ペンギンが好きで、昔こういう体験をやったことがあるんです」

「そうなんですね。では、手慣れてる感じかな?」

「そうですね。やっぱり、ペンギンっていいですよね」

「私も好きなの」


 涼葉は水族館の女性スタッフとすぐに打ち解けていた。


 涼葉はスタッフから貸してもらったトングを使い、それで掴んだ魚をペンギンの前まで持っていく。


 涼葉が呼びかけると、ペンギン達が柵のところまで歩み寄ってくる。


 涼葉はトングを器用に使ってペンギンに餌をやるが、沢山のペンギンが集まってきて繁盛状態だ。


「エサは沢山あるからね。そんなに焦らなくてもいいよ」


 涼葉はスタッフ並に慣れた立ち回りでペンギンへと魚を与えていた。


「久しぶりにエサやりをやりましたけど、やっぱり楽しいですね」

「お客様は、どのペンギンがお好きなんですか?」

「私はどれも好きで選べないんですけど。やっぱり、コウテイペンギンですね。普通の回答かもしれませんけど、色々なペンギンを見てコウテイペンギンが一番かなって。小学生の時に初めて描いたペンギンのイラストが、コウテイだったってのもあるんですけどね」

「そうなの? 私もコウテイかな。そうだ、水族館の売り場にコウテイペンギングッズがあるの。私が提案して仕入れたんだけどね。どれもクオリティが高くてかわいいの。後で行ってみてね」

「はい」


 エサやり体験を終えると、涼葉は笑顔でスタッフの女性に手を振って、ペンギンエリアを後にする。

 斗真もスタッフの女性に軽く会釈し、涼葉と共に通路を歩き出すのだった。




「楽しかったね。斗真は、エサやりをしなくても良かったの?」

「俺はただ見ているだけで良かったよ。それだけでも十分に楽しめたからね」

「なら良かったね。それにしてもペンギンを見て気分をリフレッシュできたって感じ。じゃあ、次の場所に行こ」

「そう言えば、お昼時になるけど、昼食にする?」

「でも、ピザって、水族館から離れた場所にあるんでしょ。一回でも敷地内の外に出てしまったら、またチケットを購入しないといけないんじゃなかったかな?」

「そうなるね」

「だったら、いいよ。ピザは帰る時にしない? おやつの時間って事で」

「わかった。帰りね」


 二人が館内を歩いていると、数人の声が聞こえてくる部屋があった。

 その部屋では絵を描くイベントが行われているらしく、誰でも参加可能らしい。


「斗真、どうする? 寄って行く?」

「なんか興味あるし、寄るか」


 イルカショーがない代わりに、魚の絵を描くイベントが開催されているようだ。


 二人は、その部屋に入る。


 斗真は涼葉と隣同士で座り、スタッフの意見に従い、渡された用紙に鉛筆でイラストを描き出していく。

 イラストは魚を元にしたイラストであればなんでも良いらしい。


 斗真はペンギンを擬人化したイラストを早速描き始める。

 涼葉が好きなコウテイペンギンを元にしたデザイン。


 若干、涼葉が二次元ライバーとして活動していた時のアバターに似ていた。


 これだとパクリだよな。


 ダメだと思い、一旦消しゴムで消して書き直す。

 自分が思う擬人化したペンギンのデザインをひたすら考え込んで、色合いを意識しながらも鉛筆でラフ画を書き出していく。


「凄い。やっぱり、上手だね」

「まあ、椿の為に色々な絵を描いてあげていたからね。それでさらに上達したのかも」


 斗真は絵を描くのが好きだ。

 イベントを通じて、改めてそう感じていた。


「……俺さ、進路についてなんだけど、イラスト関係にしようと思うんだ」

「うん、私もそう思うよ。斗真なら出来ると思うし、挑戦してみた方がいいよ。私、応援するから」


 斗真は、涼葉の反応を見て心が楽になる。

 ようやく将来の事についての考えがまとまったと、斗真は自信を持ち、今描いているイラストを完成させるように鉛筆を進ませるのだった。




「今日は楽しかったね。ペンギンのグッズも購入できたし、私は満足かも。斗真は?」

「俺も十分楽しめたよ」


 三時過ぎ。

 二人は水族館を後にしていた。


 斗真はコウテイペンギンが擬人化したイラストを完成させ、それが、イベント主催のスタッフの目に止まり、半年間館内に飾られる事となったのである。


 小さな一歩かもしれないけれど、斗真的には大きな達成感と、久しぶりの水族館を涼葉と一緒に過ごせた幸せで満ち溢れていた。


 これからも色々な経験をするかもしれないが、一緒に将来の事を考えてくれる涼葉の事をこれからも大切にしようと思う。


「俺が、その荷物を持つ?」


 斗真は立ち止まり、彼女に問いかけた。

 涼葉は今、両手に荷物を所有しているのだ。


「じゃあ、お願いしようかな。でも、片方だけでいいよ」


 斗真は、涼葉が水族館で購入した、お菓子セットが入った袋を持つ。

 涼葉はペンギングッズが入った袋を右手に持ったままだった。


「丁度片手が空いたし、斗真、一緒に手を繋ご」


 涼葉は自然な笑みを浮かべ、左手を差し出してきた。

 斗真は彼女の好意を受け入れ、何も持っていない右手で涼葉の手を優しく掴んであげたのである。


 これからは後悔の無い日々を過ごそうと、斗真は明確な目的を持ち、涼葉と楽しく会話しながら再び歩き出すのだった。


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