第39話 いつも通りの生活には戻れない
ネット上を見ると、かなり炎上している。
昨日のイベントを終えてから一日たった今でも、SNSでのコメントの大荒れが収まる事は無かった。
むしろ、悪化している。
鈴木斗真はスマホを片手に、SNSに投稿されている内容を閲覧していた。
あの炎上がどこまで続くかはわからないが、会社としての経営は難しいだろう。
サイバータスクに所属している二次元ライバーらも会社を辞めるという選択肢を取っている人もいた。
所属しているだけでも、ライバーとしての経歴に傷がつく可能性があり、今後のキャリアを踏まえ決断を下したのだと思われる。
斗真は昨日の一件を、その現場で見て、そうなるだろうなと思いながらスマホを裏側にしてテーブルの上に置いた。
「ね、お兄ちゃん。そのフライドポテトをちょっとだけ食べてもいい?」
「いいよ」
「ありがと!」
恵美は箸を使い、テーブルの中央にあるフライドポテトを少しだけ自身の皿に移動させていた。
それからケチャップをつけて一本ずつ食べ始めたのである。
今日は特に予定もなく、以前から妹と約束していた街中のデパ地下で食事をしている最中だ。
お昼過ぎの今、店内も落ちついて来て、お客の数も少なくなっていた。
「そうだ、フライドポテトの代わりに、パフェを食べてくれないかな?」
「いいの?」
「うん、特大サイズのを注文したんだけど、やっぱり食べれなくなって」
「そっか。わかったよ。あとは俺が食べるよ」
斗真は、恵美の近くにあったパフェのグラスを貰う。
銀色のスプーンを使い、斗真は食べてみる。
普通に美味しかった。
クリームにバナナ。それにチョコの甘さが絶妙に合わさっており、食べかけのパフェではあったが、十分に堪能できるほどの味わいを感じられていた。
「お兄ちゃん、今日は一緒にここに連れてきてくれて、ありがとね」
正面の席に座っている妹は明るく笑みを浮かべていた。
「いいよ、別に。対して予定もなかったから」
「でも、神谷さんと遊ぶ約束をしてたんじゃないかな?」
「それは、まあ、そうなんだけど。涼葉さんの方は急に予定が入ってしまったらしくてさ。何もせずに過ごすくらいなら、恵美を誘って遊ぼうかなって」
「そうなんだ。私的にも丁度いい気分転換になったし」
妹は普段から受験勉強を頑張っているのだ。
たまにはリラックスできる瞬間があってもいいと思っている。
斗真と恵美は、ファミレスで注文した品をすべて食べきっていた。
程よくお腹が膨れ、少々眠くなってきていたが、いつまでも長居は出来ない。斗真の方から、そろそろ会計を済ませようかという発言をしたのである。
「そうだね。私もお腹いっぱいだし。もう十分かな」
「会計は俺が済ませておくから」
斗真は財布の中身を確認しながら言う。
「え、いいの?」
「いいよ」
「だって、昨日はお兄ちゃんがお菓子セットを買ってきたでしょ。昨日から出費が多くないかな?」
二次元ライバーのイベントにて、お菓子を大量に買ってしまった事で妹から心配そうな眼差しを向けられているのだ。
「まあ、それに関しては気にしなくてもいいよ。大丈夫だからさ」
「なら、いいんだけど。あまり無理しないでね。私もお小遣いを貰ってるし、自分の分は払えるよ」
「じゃあ、恵美も自分の分だけ出すか?」
「うん、その方がすっきりするし」
二人は席から立ち上がると横に並んで会話しながら通路を歩き、会計エリアで支払いを済ませる。
その後は妹の方から学校で読む本を探したいという事で、斗真は街中の本屋まで付き添う事となったのであった。
翌日の月曜日。
少々起きるのが遅れてしまった。
急いで準備をして自宅を後にした事で、斗真は何とか一〇分前には学校に到着する事が出来ていたのだ。
斗真は校舎の昇降口で中履きに履き替えると教室まで向かう。
廊下を歩いていると、とある噂声が聞こえてくる。
それはまさしく、二次元ライバーに関する事だ。
世間的には人気になり始めているとは言え、SNSの拡散力は凄まじいものだと痛感してしまう。
誰か一人でもSNSにコメントすると、それを見た閲覧者が興味を持ち、さらにコメントを残す。
一度でも動き出したものは留まる事を知らないのだ。
ネットは簡単に情報を他人に伝えられる反面。使い方を間違えると、とんでもない事態へと発展する。
「そう言えば、あの会社が、他の人のアバターをパクっていたんだって。デザインが似ているだけじゃなくて。意識的に真似ていたって」
「へえ、それ悪質だよね。それで、その会社はどうなったの?」
「それがね、アバターのシステムを開発していた男性がいたらしいんだけど。その人が会社を辞めたらしいの。そういった事情もあって、今まで通りに展開するのも難しいって。実際に倒産するかどうかはわからないけど」
「へえ、そんなことになってるんだね」
「ちなみに、これは噂なんだけどね。そのペンギンアバターのデザインをパクっていた人って人じゃなかったみたいよ」
「サイコパス的な?」
「違うよ。人工知能だったかな。言語を学習させたAIにそのアバターを使わせていたみたいなの」
「そんなことってあるの? 二次元ライバーって人が演じるものだと思ってたんだけど」
「私も、そう思ってたんだけどね。まあ、それはただの噂だから。信じるかどうかはあなた次第って感じね」
「でも、本当に人工知能だったら凄い技術だよね」
「そうね」
斗真は廊下を歩きながら彼女らの話を耳にしていた。
人工知能かどうかはさておき、ペンギンアバターの声はまさしく涼葉と似ている。
あそこまで完璧に声を真似ることができるのは、声優か、AIか、その二択になるだろう。
ハッキリとした情報が公開されていない今、なんとも言えないが。
AIが普及され始めている昨今だと、あり得なくないとも思ってしまう。
廊下を歩いていた斗真が校舎二階の教室に足を踏み込んだ時、そこでも二次元ライバーの事についての話題で持ち切りだった。
斗真は自身の席へ向かい、腰を下ろす。
ん?
机の横に通学用のリュックをかけ、顔を上げると、亜寿佐沙織がまだ席についていない事に気づいた。
どんなに遅かったとしても、朝のHRの五分前には到着するはずである。
実際に、朝のHRが始まったとしても、沙織は姿を教室に表す事は無かった。
「あとですね、報告なのですが、亜寿佐沙織さんは昨日の時点で学校を自主退学しました。家庭事情によるものだとは聞いていますが、詳しい事は現時点ではわからないので深くは追及しないようにお願いしますね」
出席確認を終わらせた直後、担任の先生が教室の壇上前で静かな口調で続けて言った。
それからいつも通りに、一日のスケジュールについて話し始めるである。
沙織はもういない。
亜寿佐家自体が、どこかへ引っ越したらしい。
そんな噂を耳にして、斗真は彼女との過去について一瞬だけ、真剣な顔つきで振り返る。
懐かしい思い出や楽しい思い出もあるが、これからの人生においては意味をなさない事だ。
過去とは決別し、この際だから気分を切り替えて過ごしたい。
斗真は丁度いいタイミングだと考え、その日の昼休みは、現在進行形で付き合っている神谷涼葉を誘い、共に昼食を取る事にしたのであった。




