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第38話 コメント欄は荒れている

 鈴木斗真(すずき/とうま)は今、イベント会場にいた。


 会場内に設置されたスクリーンが光り始め、先ほどファミレスで取り決めた作戦が今、実行されようとしていたのだ。


「え⁉ どういうこと?」


 亜寿佐沙織(あずさ/さおり)は焦っており、スマホを耳元に当て、兄へ確認のための連絡を取り始めていたのだ。


 斗真はというと、スクリーンの方へ体の正面を向けていた。


 会場にいるお客らもスクリーンへと視線を向けており、その場に立ち止まりながら、次どんな事が起きるのか待ち望んでいる感じだ。


『今から、こちらのスクリーンにて新情報を公開する予定です。もうしばらくお待ちください』


 イベント関係者であろう女性スタッフの声でアナウンスがなされる。

 会場内に、妙な緊迫感が走り始めるのだ。


「やっぱり、新情報なのか」

「どんな内容なんだろ」

「まあ、良いニュースになればいいけどな」


 これからスクリーンに映し出される新情報を前に、お客らも興味津々である。


 だが、これから発表される情報を見て、この場にいる人らは絶望を経験する事になるだろう。




「でも、ちょっと待って。私、確認してみたんだけど。全然、そういう告知とかもないって。え? どういう事なの?」


 沙織は確認したようだが、困惑気味だ。


「ねえ、斗真は何か知らないの?」

「俺は別に。というか、沙織とはもう関わる事はないというか。最初に関わらないという約束をしてきたのは君の方だろ」


 斗真は呆れた表情で流すように話す。


「んッ、そ、それはそうだけど。今、こうして緊急事態なのよ」

「それが? 俺には関係ないよ。むしろ、今まで君がしてきた方が大問題だと思うけどね」

「それは……でもッ!」

「俺はもう別のところに行くから!」


 斗真は沙織に背を向けて立ち去ろうとする。

 が、彼女は待ってと、少々強めの口調で言ってきたのだ。


「……」

「何か言ってよ」

「……沙織はもう少し自分のやっている事とか、発言には気を付けた方がいいよ。沙織は、大金持ちで好き勝手やって来れたと思うけど。俺はそうじゃないから……俺も人を見る目が無かったのかもな。昔の沙織だったら、礼儀正しくて誰に対しても親切だったのに」

「それは、いつまでも同じじゃいられないでしょ。私、お兄さんから、一緒に新事業に協力してくれれば将来が安泰になるって。そのために、斗真との関係を終わらせることが条件だったの」

「そうか」


 斗真は背後から聞こえてくる彼女の焦った感じの声を何となく耳にしていた。


「私ね、本当は別れたくて別れたわけじゃないの……何かの区切りをつけたかったから。だからね、頑張って斗真の事を諦める為に、そういった事も言ってきたの」

「……沙織は悪いのは自分ではなく、兄であると言いたいってこと?」

「べ、別にそうじゃないけど……私にだって事情があるの。それくらい察してほしかったんだけど」


 沙織は大人しい口調になっていた。

 彼女はどう考えても自分が被害者であると主張したいようで、何が何でも斗真を引き留めようと多くの言葉を並べていたのだ。


「私、本当は斗真の事は嫌いじゃないし。本当は斗真と会話をしたかったけど、我慢してきたの」

「でも、結果的に今のような事に発展してるなら、沙織による自己責任じゃないか?」


 斗真はため息交じりの声で捨てるように言い、沙織の方へ視線を向ける事はしなかった。


 今まで何度も話しかけてくるなと言っておきながら、彼女の方からは何度も話しかけてくる。

 もううんざりだった。

 斗真は怠そうな顔をしていたのだ。


 沙織とは昔からの付き合いもあり、ある程度の事は許してきたつもりだが、それも今日で完璧に終わりである。

 その考えは今後もブレる事はないだろう。




『では、今から情報を解禁致します』


 先ほどの女性スタッフの声でアナウンスされ、巨大なスクリーンに、とあるキャラクターが出現する。

 表示されているキャラクターは立ち絵のイラストだったが、まさしくそれは神谷涼葉が使用していたアバターそのもの。


「もしかして、あのペンギンアバターに追加要素が?」

「この頃、あのキャラって人気絶頂中だからな」

「昔はマイナーライバーでしたが、今では人気ライバーってところですが、次はどんな事をやるおつもりでしょうかね……おや、でも、この前の配信と少しデザインが違うような……?」


 皆、お客らは期待している。

 が、その中にはデザインに関して、疑問を抱いている人らもいた。


『……でも、このイベントに私じゃない人が紛れ込んでいるんです』


 今度は、女性スタッフの声ではなく別の人の声が聞こえてくる。


 今、会場に響いている声は、涼葉がライバー活動していた時の声だ。


『本当は私が本物なんです。今日の朝から、このイベントにいるペンギンのアバターは偽りなんです。信じてもらえないかもしれないですけど。本当は私が、このアバターの所有者なんです』


 会場に響いている声に、お客らも騒めき出す。


『でも、証拠はあるんです。それを今からこの会場にいる人たちに聴いてほしいんです』


 そう一言告げた後で、スクリーン画面にはサイバータスクの代表である亜寿佐と名乗る男性の宣材写真が映し出され、桜田椿が事前に録音していた音声が流れるのだ。




「なんで、なんで、こんな事をしたのよ!」


 沙織から怒鳴り声が聞こえた。


「これが結果なんだ。今まで沙織がやって来た行いのね」

「だからって。こんな仕打ちなんて」


 斗真は背中で怒りオーラを感じ取っていた。


「俺はもう別のところに行くから。あとの事は自分の過去とちゃんと向き合った方がいいよ」


 斗真は振り返ること無く、人混みの中に紛れ込むように姿を消す事にしたのだ。


 沙織はどうしようもできない事態を前に唖然とし、頭を抱えている。


「本当か?」

「今のところなんとも言えないですけど。よくよく声を聴いてみると、確かに代表の亜寿佐さんの声ではありますね」

「そう言えば、亜寿佐って人。この前のサイバータスクの公式サイトに掲載されている動画に出演していたし。声質的に同じである可能性が高いね」

「だよな」


 二次元ライバーの一部のガチ勢らは知識の幅が広く、すぐに現状を理解し始めていたのである。


 全部の音声が流れ終わった後、お客らは代表である亜寿佐を出せと周りにいるスタッフらに話し込んでいた。


 その日の夜のSNSでは、サイバータスクの企業は他人のデザインをパクったり、平気で嘘をつく信用の出来ない会社。というイメージが定着した内容が数多く投稿されており、SNSのタイムラインの殆どが、その話題で埋め尽くされていたのである。


 その日、サイバータスクに所属している二次元ライバーのライブ配信のコメント欄はアンチ的な内容ばかりだったという。


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