第37話 面倒な奴は、確実にやってくる
「では、そういう手順でやっていこうか」
「はい。そのような方針で」
「わかりました。では、今から早速ですね」
イベント会場から徒歩で一〇分くらいのところにあるファミレス。
そこに、鈴木斗真を含めた四人が席を囲うように座っていた。
テーブル上には食べ終えた食器やコップがある。
会場からは遠くもなく近くもない場所にて、昼食を踏まえた形で一時間程度の会議を終えたのだ。
吉崎の意見に賛同するように、同じソファに隣同士で座っている涼葉と椿は首を縦に動かしていた。
「鈴木さんもそれでよろしいかな?」
斗真の隣に座っている吉崎が最終確認のために問いかけてきたのだ。
「はい。大丈夫です。先ほど取り決めた内容で問題はないと思いますので」
斗真も吉崎の意見を受け入れるように承諾した。
桜田椿がスマホで録音していた証拠を元に、これからどういう風な立ち回り方をするか。それらについて慎重に対策を見出し、そしてようやく結論に辿り着いていたのだ。
あとは実行に移し、しっかりと達成できるかが鍵になってくる事だろう。
「そうだ、君たちのスマホに、先ほど話し合った内容を送信しておいた方がよさそうだね」
吉崎は三人の方を見て話す。
彼は片手にスマホを持っており、その中に共有すべき情報が入っている。
斗真と椿は、吉崎と同じSNSを利用していた事もあって、すぐに情報の共有を行うことが出来ていた。
ただ、涼葉に関しては、SNSのアカウントがない。
神谷涼葉は改めてアカウントを作る予定はなかったのだが、適当な名前で捨てアカウント的な形で開設処理を行っていた。
「私も開設しましたので、今からメッセージを送ってもらってもよろしいでしょうか?」
「では、神谷さんのところにもダイレクトメッセージで送るね。その前に神谷さんのアカウントが分からないと送れないから。アドレスでも教えてくれないかな」
「はい」
涼葉は正面の席にいる吉崎と、スマホ画面を見せ合いながらやり取りを交わしていたのだ。
「これで完了ですね。ありがとうございます」
「いいよ。これは重要な事だから、内容は暗記しておくように。会場内ではメッセージの確認は極力しない事だね。こちら側の戦略がバレてしまうと後々困るからね」
「はい、わかりました。心得ておきます」
涼葉はメッセージの内容を一通り確認し終わった後で、自信のある顔つきを見せていた。
これから行う事は涼葉にとって一番大事な事であり、絶対に失敗できない。
涼葉は張り詰めた空気感に抗いながらも、絶対に今の問題を解決させるといった信念をからだ全体からオーラとして放っていたのだ。
各々の心の中で目的をハッキリとさせたところで四人は席から立ち上がる。
ファミレスでの会計はすべて、吉崎が支払ってくれる事となり、何から何までも助けてもらってばかりで、斗真は申し訳ない気分になっていた。
涼葉や椿も自分の分だけは個人で支払うと言っていたが、吉崎はどうしても奢りたいらしく、結果として三人は吉崎から恩を受ける事になったのだ。
ファミレスを後にすると、来た道を辿るように歩き、改めてイベント会場まで進む。
一〇分ほどかけて戻ったのはいいのだが、椿が所有している証明書では会場への出入りができないらしい。
丁度、適用時間が過ぎてしまっており、受付の女性スタッフから拒否されていたのだ。
「ここは私に任せてくれないか」
吉崎が、その女性スタッフの元に立ち、椿と入れ替わる形で話をつけてくれた。
吉崎はイベントの準備をしている会社関係者であり、彼が話すとすんなりと事が進み、斗真らは入場する事が出来たのである。
夕方頃の会場内。
外は若干暗くなってきていたが、会場の中には電気がついていて非常に明るかった。
むしろ、電子機器が多く、周りに設置された大型タブレット端末などの明かりも相まって、少しだけ眩しく感じていたのだ。
時間帯的に終盤に差し掛かっているが、会場内にはまだ多くの人がいて、活気さを肌で直接感じられていた。
イベントに参加しているサイバータスク所属の二次元ライバーらの実力は高い。
だからこそ、可哀想にも思えてくる。
これから自分らがやる行為で、ショックを受ける人もいるかもしれない。
それでも、やらないといけないことがある。
涼葉の名誉を守る為でもあり、一度でも被害者が不利になるような例を作ってしまうと、涼葉以外の被害者を生み出す事にも繋がり兼ねないのだ。
「では、これから予定通りにバラバラに行動しようか。団体で行動していると怪しまれる可能性もあるからね。何かあったら、君たちのアカウントにメッセージを送るかもしれないから。その都度確認するように。ただ、内容を見る時は周りに誰もいない事を確認してからで頼むよ」
「「「はい」」」
三人は小さく返答をし、合意した。
後は各々の役割を全うすること。
それが一番大事な事なのだ。
四人は入り口近くのところで四方へと別れ、会場内を歩き出す。
斗真の役割というのは、会場内で気になった箇所があった場合、その情報を定期的に吉崎のアカウントへメッセージを送信する事だった。
今のところ、特に大きく変わった出来事はない。
辺りを見渡しながら会場内を回って歩いていると、クオリティの高いグッズなどが視界に入る。
いや、駄目だ。
今は、自分自身がやるべき事に集中しないといけない。
そう自身の心に言い聞かせながら、首を横に振って迷いを吹き飛ばす。
斗真が会場内を歩いて回っていると、なぜか嫌なオーラを感じ取ってしまう。
逃げ出したくなるようなオーラを放つ人物は、斗真の視界の先に佇んでいる。
それは、亜寿佐沙織だった。
視線を合わせないように歩き出そうとするが、絶妙なタイミングで沙織は振り返り、彼女との目が重なってしまうのだ。
「……」
「……」
互いに会場内でバッタリと遭遇し、斗真は終わったと感じていた。
その場で硬直していると、彼女の方から歩み寄ってくるのだ。
「あなたも、こんな場所に来るのね。そう言えば、こういうイベントって好きだったっけ?」
「ま、まあ、一応は……」
同じクラスメイトであり、幼馴染という間柄なのに、沙織とは随分と久しぶりに会話した気分になっていた。
彼女から問われ、何も話さないというのも気まずいと思い、何となく適当に返答しておいたのだ。
「へえ、そうなんだ。まあ、いいんだけどさ。というか、さっきから何をしてた感じなの?」
「え? 別に何も」
「そう? さっきから会場内を監視するように歩いているような気がしたんだけど。私の気のせいかしらね」
沙織は意味深な顔つきになった。
「先ほどね。私のお兄さんから、あなたが怪しい動きをしているって報告があったの。そう言えば、お兄さんと会話したんでしょ?」
「な、なんでそれを⁉」
「それはお兄さんから連絡が来たからよ。変な企みをしてるんじゃない?」
「ち、違うよ」
「本当かしらね。でも、何かを企んでるなら白状した方が身のためよ。私のお兄さんは今ね、人気のライバー事務所の代表なの。ここで下手に言い訳なんてしたら、どうなるかわかる?」
ヤバいと察した。
まさか、沙織と偶然鉢合わせするとは思わず、斗真はどう返答すべきか悩みまくっていたのだ。
そんな時だった。
会場内の壁側に設置された巨大スクリーンが光り始めたのは――
「なんだ? 今から何かの宣伝が行われるのか?」
「もしかしたら、そうかも」
「どんな内容なんだろ。なんか、楽しみだな」
「というか、イベント開催前には、イベント会場で告知するって言っていなかったよな」
会場内にいる一般客らも、予想外の事態に騒めき始めていた。
「な、なに? 私、そんな事をお兄さんから聞いていないんだけど」
沙織は意外にも現状に慌てていたのだ。
絶妙なタイミングでの出来事に、斗真は助かったのである。
吉崎さんは仕事が早いな。
斗真は吉崎がなぜ優秀なのかを改めて感じていた瞬間でもあった。




