第34話 俺は沙織と繋がりのある男性と出会った――
鈴木斗真は考え込んでいる状況だった。
今、目の前にいる相手から話しかけられたからだ。
その男性は見た目的にも斗真より一回りほど年上であり、スーツの着こなし方も良く見える事から社会経験が長いと思われる。
「君は確か、沙織と同じクラスメイトの子だったよね」
「は、はい……そうですけど」
斗真はなんて返答すべきか言葉選びに迷い、突然の出来事に流されるがまま頷いてしまった。
「君もここに来ていたんだね」
「はい……」
何も返事を返せない中、斗真は少々不安げに相槌を打つ事しか出来ていなかった。
「もしかして、沙織に会いに来た感じかな?」
「いいえ、そういうわけではないんですけど」
「そうなのかい?」
「はい。自分はただイベントに参加する為に来ただけで」
「そうか。でも、君の事については沙織から色々と聞いているし。時間があるなら、少しでもいいから会話をしないか? 君が良ければだけど」
「はい」
斗真は変に断るのも気が引けて、首を縦に動かしたのである。
斗真は今、男性と共に会場内を歩いていた。
会場内は賑わいを見せており、イベント自体に活気があることは良い事なのだが、通路を移動するだけでも一苦労である。
「ちなみになんですけど……なぜ、沙織と関わる事になったんですか?」
斗真は恐る恐る隣を歩いている男性に問いかけたのだ。
「私は、沙織の家族から結婚前提の付き合いをしてほしいと言われてね。その流れで付き合う事になったんだよ」
「そうなんですね」
「君は、沙織とはどういう関係で?」
「ただの幼馴染みたいな関係性でしたけど」
「関係だったというのは、今はそういう馴れ馴れしい間柄ではないと?」
「そうなりますね。沙織の方から色々と言われたんで。それで、もう親しい関係性を辞めたって感じです」
「そうか。私は、二人の間柄について深くは知らないから何とも言えないし。それ以上深入りした話はしないでおくよ」
男性は難しい顔を見せた後で、別の方角へと視線を向けていたのだ。
それは他のエリアを確認するような素振りだった。
「えっと……吉崎さんは、どうしてこのイベントに来ようと思ったんですかね? 沙織から誘われてですかね?」
吉崎は、沙織と関わりがある交際相手。
どこまで情報を共有しているのか、探る事を目的として自発的に話しかけるようにしていた。
「それはちょっと違うかな。私はね、このイベント会場を予約したんだよ。それと、多くのシステムを導入したのも私だからね。それがしっかりと機能しているか、確認のために今日は一般人としてこの会場にいるってわけなんだ」
吉崎は、沙織と付き合っている割には結構普通の人みたいだ。
沙織のように高圧的な話し方になるわけでもなく、至って普通の人といった感じである。
ただ、イベント自体を手配した事に関しては、普通の人では難しく、それなりのキャリアや実績を持っている人なのだと斗真は直感的に感じていた。
「そうなんですね。え? この会場を予約したって事は、どこかの会社に所属している人なんでしょうかね?」
斗真は疑問になった事を投げかけていく。
「そうだね。今はサイバータスクに勤務しているんだけど。元々は別の会社にいたんだよ。サイバータスクの役員の人からヘッドハンティングされて、今は、この業務を行ってる感じなんだよね」
その男性は隠す事なく淡々とした口調で説明してくれていた。
「今はネット事業が拡大しているだろうし。でもね、私が元々いた会社ではネット事業を拡大させることが難しくて。企業の方針的な問題もあってね。けど、サイバータスクで勤務するようになってからは事が上手く行ってる感じなんだ。このイベントが上手く行けば、サイバータスクの役員になれる事も確証していて。ちなみにサイバータスクの社長からは沙織と交際する事も条件になっていてね――」
斗真は、その男性と沙織の間に、そういった事情があったという事を初めて知ったのだ。
だからといって、強引な形で振るという事はしてほしくはなかった。
できれば本当の事を言ってほしかったという思いが、斗真の心には強く残っている。
たとえそれが真実だったとしても、沙織と昔のような関係性に戻りたいとは思えなかった。
妹の恵美も、斗真と沙織が和解する事を望んではいないと思う。
「君はどのブースに行きたいんだ? 私がこのシステムを用意したわけだから、色々と説明ができるし、なんでも質問してきてもいいよ」
吉崎は優しい表情でかつ、余裕のある態度を見せながら言ってきた。
「なんでもですか」
「そうだね」
サイバータスクで仕事をしているならば、自社にいる二次元ライバーについてどれくらい把握しているのかを聞くチャンスである。
「すいません。一応、確認なんですけど。ペンギンのような見た目をした二次元ライバーって知っていますか?」
「あ、ああ、その子かな……私も全員の名前を把握しているわけではないけど。大体わかったよ」
「知ってるんですね!」
「それはね。でも、どうしてそれが気になったんだ?」
吉崎は首を傾げていた。
「それは、俺が知っている人のアバターを、サイバータスクに所属している人に勝手に使われているようで。その件について詳しく知りたいんです」
「そ、そうなのか? でも、勝手に使っているって話は全然聞かないな。もし、それについて私の方から伝えておこうか」
「えっとですね。自分の方からも何度か企業側には伝えているんですけど。全然ちゃんとした返答がなくて。それで、ここまで来たんです。このイベントで相談できるスペースが設けられているらしいので」
斗真はジェスチャーを含めながら事の経緯を簡易的に説明し始める。
「そういうことか。けどな、無断で使っている人がいるというのは私も知らないな。もしそれが本当だったら、大問題なわけだし。その話を詳しく聞きたいから、もう少し君と一緒に付き添ってもいいかな?」
「はい、その方が一番助かります」
二人の間でやり取りをしていると、目の前からやってくる二人がいた。
それは神谷涼葉と、桜田椿だったのだ。
「先輩、そちらの方は?」
斗真が男性と一緒にいると、椿から問われたのである。
「こちらの方はさっき出会った人で。吉崎さんって人なんだ。この会場を手配した人らしいんだよ」
「へえ、そうなんですね。凄い人なんですね」
椿は、その男性の事を尊敬の眼差しで見つめていた。
「ちなみに、涼葉さんのアバターの件に関して、この人も手伝ってくれる事になったんだ」
「本当ですか?」
涼葉はやっとまともに会話できる相手に遭遇できて、ホッと一安心している感じである。
「一応、鈴木さんの方から経緯は聞いておりましたので、あなた達のサポートは出来ると思います」
「それなら、助かります。ありがとうございます」
涼葉は、男性に対して深々と頭を下げていた。
「では、今から本部の方に連絡を入れてみますね」
吉崎の方からも直接連絡してくれる事となり、状況は何とか改善へ向かいつつあったのである。
男性はスマホを耳に当て、電話をかけ始めた。
「今から特別な場所で直接会話できるスペースを用意してくれるらしいから。一緒に行こうか」
吉崎は社会人としてのキャリアが長い事から、すぐに次の手配してくれて事が順序良く進んで行く。
三人は、吉崎と共に、サイバータスクが用意してくれた部屋へと直接向かう事となったのであった。




