第33話 最初は気楽にいきましょう
「力の入ったイベントだけあって、会場には色々なモノが沢山ありますね」
桜田椿は辺りを見て、目を輝かせていた。
彼女はこれから二次元ライバーとして活動していきたいという願望を抱いているのだ。
だからこそ、目にするモノすべてが魅力的に映っているのだろう。
イベント会場内は外観からして大きな建物だったが、会場内もそれなりに広い。
二次元ライバーに関するグッズや衣装なども販売されており、パッと見ただけでは数えきれないほどのお客も存在しているのだ。
かなりの賑わいを見せており、ライバー関係のグッズを大量に購入している人もいて、会場内からは熱気を感じられたのである。
「予定通りイベントを見るんですよね」
「そうね。まずは予定通りに行きましょうか」
椿の問いかけに、神谷涼葉はそう返答していた。
相談スペースを利用するにしても整理券が必要になる。
この頃、二次元ライバーが目覚ましい活躍を見せる中。これから二次元ライバーとしてどういう活動をして行けばいいか相談したがっている人も多いとのことだ。
椿は会場内で整理券を獲得した後、三人は相談スペースを利用できるまで会場内を回って歩く事にしたのである。
「先輩方も、今はイベントを楽しんだ方がいいと思いますよ。ずっと緊張感をもって行動するのも大変ですからね」
「そ、そうね。でも、私のアバターに関する事がハッキリとしないまま過ごすってのも、やっぱり、しっくりと来ないのよね」
「その気持ちはわかりますけど、まだ相談スペースを利用できるまで時間ありますし。気楽にいきましょう、涼葉先輩。それに下手な言動をしていると、イベントスタッフから変に目を付けられる可能性もあるので」
椿は一瞬、真剣な顔つきになり、辺りをチラッと見渡すが、すぐにいつも通りの冷静な態度に戻る。
「涼葉先輩には、二次元ライバーとして色々な事を聞いてみたい事があるので、一緒にあっちのイベントエリアに行ってみたいです!」
涼葉は、椿から手を引かれていたのだ。
二人は人混みの中に溶け込むように、その場から姿を消すのだった。
椿は二次元ライバーを目指している。
椿からしても、配信者としての経験のある涼葉には興味津々なのだろう。
鈴木斗真はというと、一人だけ大きな会場に取り残された状態だった。
俺も時間になるまで一人でイベントを見て回るか。
斗真は、妹の恵美との約束でお土産を買う予定でいた。
イベント会場内にお菓子売り場があれば、そこでクッキー系のお菓子を購入しようと考えていたのである。
斗真が会場内を歩いていると、丁度良く二次元ライバー関係のお菓子などが販売されているエリアが見えてきたのだ。
へえ、色々あるんだな。
斗真はお菓子コーナーのところを見やるが、まったく知らない二次元ライバーばかりだった。
サイバータスクの会社に所属している二次元ライバーらの活動期間は一年にも達しておらず、斗真が知らなくても当然だった。
長く活動しているライバーでも八か月くらいだ。
どの商品がいいのかな。
商品を眺めてみると、クッキー系のお菓子が視界に入る。
人気のライバーらがデフォルメされた形をしたクッキーが箱に入っているらしい。
その他には特典としてグッズが収録されているようだ。
二次元ライバーらの書下ろしイラストであり、全部集めたいコレクターは大量買いする事だろう。
斗真は箱を手にしてみて値段を確認するが、一箱二五〇〇円もするらしく、少々考えてしまうのだ。
結構するんだな。
でも、このイベントでしか入手不可能って考えれば、大分安い方かな?
サイバータスクという、他人のアバターを勝手に使用する奴らの商品を購入するのも好きではないが、ライバー全員が悪い奴ではないのだ。
記念に二箱だけ購入しておこうと思ったが、他のお菓子の商品にも視線を奪われ、その場で迷ってしまうのだった。
「お客さん! お菓子選びで迷ってるんですよね?」
突然、馴れ馴れしい声が聞こえてくる。
声する方へ視線を向けると、近くに設置されていた画面上に映っている二次元ライバーの姿があった。
画面越しに、斗真の存在を把握して話しかけてきているらしい。
そのライバーはネコが擬人化したような容姿をしており、服装はピンク寄りで頭の部分には苺がのせられたデザインをしている。
サイバータスク専属のライバーのようで、画面越しにでも笑顔を向けてくれるのだ。
「そ、そうなんだよね。何を買おうか迷ってて」
「ですよね、迷ってるんですよね。では、私が紹介しますね」
ライバーは淡々とした口調で語り始める。
ネコらしい甘えた感じの声ではなく、フレンドリーな話し口調だ。
「こちらにある商品の中では、チョコクッキーがおススメですね。あとは、イチゴチョコソース味のクッキーも個人的にはおススメですかね」
色々な商品があり過ぎて全然気づかなかったが、イチゴ系のお菓子もあった。
「イチゴ系のお菓子には外れがないので、お試しに食べてみても大丈夫ですよ」
「え? 食べる?」
「あちらの方に、試食できるコーナーもありますので、実際に食べて購入するかどうかを決めるのもいいと思いますよ」
「試食もやってるのか?」
「はい。お一人様、商品ごとに一品ずつしか食べる事は出来ませんが、お試し程度に、どうぞ」
「色々と親切にありがと」
「いいえ、私の仕事はお菓子を紹介する担当なので、お口にあったお菓子が見つかるといいですね。それではッ」
その画面は真っ黒になった。
故障したのかと思ったのだが、別の場所に設置された画面に姿を現したらしく、別のお客の接客を始めていたのである。
「では、これとこれにしますね」
「お買い上げありがとうございます」
二次元ライバーではない企業のスタッフの女性から商品を袋に入れてもらい、会計後に、それを受け取る。
妹の為に、イチゴチョコソース系のお菓子セットと、二次元ライバーのアクリルスタンドの特典がついてくるお菓子セットを購入したのだ。
合計で六〇〇〇ほどかかった。
かなりの出費にはなったが、これで妹の為のお菓子購入は終わりである。
後は、二人と合流しないといけないと思い、他のエリアを歩きながら人混みの合間を縫うように進んで行く。
色々なエリアの展示物などが視界に入ってくるが、どれもこれも魅力的に見えてくるのだ。
他人のアバターを使用する奴がいる会社なのだが、企業の戦略的なところだけを見ると優秀さが伝わってくる。
斗真が道なりに沿って歩いていると、人が多すぎて前が見づらく誰かとぶつかってしまう。
顔を上げてみると、そこにはどこかで見た事のある男性が佇んでいた。
それは、沙織と付き合っているスーツ姿の男性である。
斗真はこの現状にどうしようかと迷っている内に、相手の男性の方から話しかけられるのだった。




