第29話 俺らは唯一の希望を手に入れたのかもしれない…?
鈴木斗真は朝起きた。
少々緊張感を覚えながら、上体を起こしたのである。
昨日、斗真は自室の床で就寝していたのだ。
「おはよ、斗真」
「う、うん、おはよう、涼葉さん」
斗真は急な彼女の問いかけに反応し、その場に立ち上がって挨拶を返した。
「もう朝なんだね。でも、ぐっすりと眠れた感じがする」
神谷涼葉は、いつも斗真が就寝しているベッドで休んでおり、今、ベッドで上体を起こしている彼女は背伸びをしていたのだ。
斗真は全然休めていなかった。
その原因は明白。
涼葉と一緒の部屋で休む事になったからである。
昨日、涼葉がお風呂から上がって来た時は、その姿に少々困惑してしまったものだ。
ドライヤーで乾かされた髪。その上、パジャマからは少しだけ下着が見え隠れしていた事で、付き合っている関係といえ、高校生の斗真には少し刺激が強すぎた。
「ごめんね、昨日は私がベッドを使って休んでしまって」
彼女はベッドの端に座り直す。
「いいよ。さすがに、涼葉さんを床で休ませる事は出来なかったし」
「だったら、一緒のベッドでも良かったのに」
「そ、そうかもしれないけど……なんていうか。そういう状況になると気まずいというか」
「でも、私は一緒のベッドでも良かったんだけどね」
涼葉は、その場に佇んでいる斗真の事を上目遣いで見てくる。
急にまじまじと見つめられると、変に意識してしまいそうだ。
斗真は恥じらった感じの笑みを見せた後、そろそろ朝食でも食べないかと提案するのだった。
「今週中には、サイバータスクって会社の情報を深く知れればいいんだけどね」
「そうだね。でも、その会社と接点なんてないし、どういう風に関わればいいんだろ」
朝食を終えた二人は、家を後に学校へ向かって歩いていた。
妹の恵美とは、先ほどの信号のある交差点で別れていたのだ。
「そう言えば、斗真のアカウントに新しくメールが着たりしてるかな?」
「……今のところないね」
斗真はスマホ画面に表示されているSNSの自身のアカウントを見ながら返答していた。
新しく送られてきたメールなどは無く、特に何の変化もなかったのだ。
ついでに、昨日ライブ配信をしていた二次元ライバーのアカウントを見てみると、昨日の配信には来てくれてありがとうといった投稿がなされてあった。
平然とした表情の画像と共に投稿されていると、余計に腹立たしさを感じてしまう。
それはそうと、昨日のライブ配信中に活動していた二次元ライバーについての回答が欲しいが、その返答には結構時間がかかるのも仕方がない。
その二次元ライバー自身が、どういう風に会社側に説明するかにもよるが、できる限りハッキリとした返答が欲しいと、斗真は思っている。
勝手に、その二次元ライバー自身が涼葉のアバターを使っているのか、会社自体が容認しているのか。
それをハッキリとさせたい事であり、涼葉もそれを願っていると思う。
さすがに、会社自体が容認とかはありえない。
そうであってほしいという思いは、斗真の心にはあった。
「なんか、サイバータスク主催のイベントがあればいいんだけどね。斗真も、そう思わない?」
「うん。でも、そんなに都合よくイベントなんて開催されるかな」
「そうだよね、そう都合よく開催されるってないよね」
「でも……イベントらしき事は行われるみたいだね」
斗真はスマホを見ながら、右隣を歩いている涼葉に対して言葉を返す。
「え? 本当?」
「あ、でもさ、参加権が必要なイベントしかないよ」
「抽選ってこと?」
涼葉は、斗真のスマホ画面を覗き込んできていた。
「そうなるね」
「その抽選って、今からでもできるのかな?」
「できないみたい。もう一か月前に終わってるよ」
「えー、そんなぁ。じゃあ、どうするの」
涼葉はガクッと肩を落とし、表情を暗くさせていたのだ。
「だったら、別の方法を探るしかないね」
「別の方法って?」
「んー、俺も思いつかないけど。何かしらの手段で何とか」
「何かしらの手段って、どうしよ。これじゃあ、全然先に進まないね」
「それは俺ら自体が一般人だし、まったく関係のない会社と繋がりを持つことが無理あるからね」
「サイバータスクと関係のある人がいればいいんだけど」
涼葉はため息をはいて、なかなか先に進まない現状に悩み、斗真と共に学校へと繋がっている道を歩き続けるのだった。
昼休み。
その時間帯になっても、新しい解決策を打ち出せずに学校で過ごしていた。
丁度、午前の授業が終わった頃合い、斗真と涼葉は教室を後に廊下を歩く。
あと一歩というところまで来ているのに、それから先へと進めていないのだ。
もどかしさしかない。
なんとも言えない感情を胸に、廊下を歩いている斗真はスマホを再び見る。
画面上には新しいメールが届いているメッセージが表示されており、斗真はハッとした思いで早速SNSを開く。
がしかし、返答内容というのは、当たり障りのない文章で構成されており、簡単に説明すると、当会社では勝手に他人のアバターを使った人はいないとのこと。
え?
どういうこと?
さすがに、それはないだろ。
斗真は一方的なメッセージに目を丸くして困惑してしまう。
「涼葉さん、これなんだけど」
斗真は涼葉に、そのスマホの画面を見せようとする。
「え? メッセージが届いていたの?」
「そうなんだけど。涼葉さんもしっかりと見てほしいんだ」
「……こ、これって、なんで? アバターを勝手に使用した人はいない? 意味が分からないんだけど」
「そうだよね。俺もビックリして」
「これはどう考えても、おかしいとしか思えないし」
「そうよね。勝手に他人のアバターを使って」
二人が廊下で会話していた事で、アバターというセリフに反応した周りにいる人らから変に注目され始める。
二人はなんでもないといった感じに、逃げるようにその場から立ち去る事にしたのだ。
「はあ、さっきは焦ったよ」
「私も、物凄くまじまじと見られていたし。アバターってセリフだけだったら、二次元ライバーって連想する人はいないよね?」
「多分ね。でも、この頃、二次元ライバーが人気になっているから。もしかしたら」
「そんな怖い事を言わないでよ」
涼葉は少々焦った口調になっていた。
二人は今、誰もいない廊下までやって来ていたのである。
それから近くの階段を下り、校舎一階の購買部まで向かう。
今日は弁当を持ち合わせていなかった事で、二人は今日のお昼を購買部で済ませるつもりで考えていたのだ。
二人が購買部前に到着した時――
「せ、先輩!」
「椿?」
購買部から出てきた一年生の桜田椿とバッタリと遭遇したのである。
「今日は図書館での業務はないのか?」
「今日は休みを貰いましたので。それと、先輩にはちょっとお知らせしたい事があって」
「俺に?」
「はい。以前の件で」
「以前?」
斗真は何の件なのかと首を傾げていた。
椿とはある程度の期間関わりがあるものの、以前の件について思い出そうとしても、どのことを示しているのか、斗真の脳内ですぐに連想出来ていなかったのだ。
「以前っていうのは、二次元ライバーになるって話です」
――と、椿は小さい声で、斗真にだけ伝えてきたのであった。




