第28話 私ではない私の存在
ライブ配信が始まった。
画面上に映し出されているのは、二次元ライバーの姿。
しかも、涼葉が以前使用していたアバターと類似している。
似ているだけではなく特徴が酷似していて、涼葉のアバターのデザインをほぼそのまま使っているといっても過言ではなかった。
涼葉が活動していた時のアバターカラーは青色と黄色と白色。
全体的なキャラクターデザインはペンギンのようなものであり、愛らしい容姿となっていた。
「え……どこからどう見ても、私のアバターと同じじゃない……」
パソコンの画面上に現れた二次元ライバーは最初の内は無言であったが、それから数秒後には声を出す。
その声質は、奇しくも涼葉と同じである。
神谷涼葉は昔、二次元ライバーとして活動する際、身バレを防ぐために声色を変えていた。
その時の声と同じという事だ。
「な、なんで、声も私と同じなの?」
斗真の右隣に座っている涼葉は驚愕していた。
「もしかして、声真似でやってる感じかな?」
「それはわからないけど……違和感なく声を出している感じだし、もしかしたら、ボイスチェンジャーのようなもので声を変えているのかも」
涼葉は椅子に座ったまま、緊張した表情でパソコンの画面を凝視している。
「涼葉さんは今ここにいるわけで。確実にこの画面上に映っているアバターの中の人は涼葉さんじゃないって事になるよね。だとしたら、この画面で演じている人は誰なんだ?」
斗真の中で、その疑問が脳裏をよぎる。
焦って考えていても何もわからないのだ。
「まあ、今は考えるよりも、ライブ配信を最後まで見ましょ。何かしらの手がかりが画面上からわかるかもしれないし」
「そうだね。その方がいいかもね」
鈴木斗真は涼葉の冷静な態度を見ながら、その考えを受け入れ、一先ず落ち着いて視聴する事にしたのである。
画面上に映っているのは、確実に涼葉のアバターであり、声は彼女が活動していた声とほぼ同じだということ。
誰がどう見ても、彼女である。
だからこそ、コメントをしている視聴者も皆、彼女だと思い込んでいるらしく、誰も声がおかしいといったコメントをする人が現れる事はなかったのだ。
涼葉が配信を辞めてから一年以上も経過している。
視聴者も若干忘れているところもあるのかもしれない。
「……え、これ、全員が信じてるって事だよね」
「そうなるね。ここのコメント欄を見る限りだと、声が違うって指摘する人がいないし」
「それ、嫌なんだけど。私はここにいるのに。どうして、こんな経験をしないといけないのよ」
涼葉は頭を抱え、苦しそうな顔を浮かべていたのだ。
涼葉と和解交渉した相手が、この配信を見ていたら後々事件化しそうである。
がしかし、今、声が違うとコメントをしたとしても、アバターで配信している人の中身は別人だと言ったとして、信じてくれる者は現れないだろう。
「これ、どうしたらいいのよ」
「ごめん、俺にはどうする事も……まさか、アバターのデザイン自体がほぼ同じって」
「斗真が謝る事ではないわ。でも、誰が勝手に私のアバターの権利を上げたのよ。私は、上げた覚えはないわ」
涼葉は現状に絶望し、肩を落として大きなため息をはいていた。
そんな中、動画上では、アバターの人が自己紹介を始めていたのである。
そのアバターが話す内容も全部、涼葉が活動していた際のプロフィールと同じだった。
何もかもが同じであり、類似しているところではない。
ほぼ、涼葉が活動していたアバターそのものである。
「涼葉さんはどうする?」
「どうするも、あッ、そうよ。このアバターが在籍している会社を特定すれば!」
彼女はハッと気づいた感じに顔を上げると、すぐさま自身のスマホで検索をかけていたのだ。
「見つかったわ。サイバー……タスク? ここの会社のらしいわ」
涼葉はようやくその会社を特定した。
会社に関する情報は、コメント欄を見て、そのキーワードを頼りに見つけた感じである。
「ここなんだね。サイバータスクなんて全然知らない会社だな」
「私も。私が活動している時は、この会社は見たことがないわ」
一視聴者である斗真よりも、一年ちょっとでも活動していた涼葉の方が配信関連の会社については詳しいのだ。
そんな彼女が発言するくらいである。
その会社自体、つい最近に設立された可能性が高い。
「それはそうよね。今、二次元ライバーが急激に増えているタイミングで私が辞めちゃったんだし。私が知らない会社があってもおかしくないわね。でも、会社なら著作権の事はわかっていると思うし。これ訴えたら私の方が勝つよね、斗真」
「多分ね。このアバターが所属している会社が、どういうやり取りをして、涼葉さんのアバターを入手したかにもよるけどね。基本は涼葉さんが勝つと思うよ」
「そうよね」
涼葉は目に輝きを取り戻しつつあったのだ。
「でも、どうするかよね」
「だったら、多分、SNSに、この二次元ライバーが所属している会社のアカウントがあると思うし、そこから調べてみる?」
「そうね。その手があったわね」
二人は、斗真のスマホを使って検索をかけてみる。
会社名を入力したりして調べていると、案外早くに見つける事が出来たのだ。
「これだね。アカウントのプロフィール欄に、さっきの会社名が入っているし」
「そうね。だとしたら、ここにダイレクトメッセージを送って確認すれば。前回は個人だったから無理だったけど。さすがに会社のアカウントだったら、絶対に返答があると思うし。私、今からダイレクトメッセージをここに送るね。今回も斗真のアカウントを使ってもいい?」
斗真は彼女にスマホを渡す。
涼葉は、斗真のスマホを両手で抱え込むように持ち、指先を使って文字を入力していた。
「よしッ、これで何とかなると思うわ。これで、あっちもさすがに気づくと思うし。ありがとね、斗真」
斗真の元にスマホが戻ってくる。
「あとは、少し待つだけね」
「すぐには返答ないと思うから、今はライブ配信を最後まで気長に待った方がいいかもね」
二人は再び、視線をパソコンの画面へと向けていたのだ。
ライブ配信は、初回だという事で、四十五分程度で終了した。
長くもなく短くもない程よい時間である。
最後の最後まで誰も気づいておらず、また見に来ると言った好感的なコメントが多数あった。
「はあ……もうなんで誰も気づかないよね」
涼葉が落胆している時だった。
斗真のスマホに着信が入った音が響く。
それはSNSにメッセージが届いた合図。
二人はその内容を確認するが、その件についての返答はすぐにできませんので、後日会社内で確認してから正式に返答しますといった一般企業らしい返答だった。
「やっぱり、すぐには無理だよね。今は九時も過ぎてるわけだし。こんな時間に何かしらの形で返答があっただけでもマシよね」
「うん、でも、涼葉さんもそんなに落ち込まないでね。そうだ、妹もお風呂から上がったと思うし、気分転換に入って来なよ」
斗真は彼女の気持ちを暗くさせないためにも優しい発言をする。
「わかったわ。ちょっと行ってくるね」
彼女は椅子から立ち上がって、少しだけニコッとした表情を斗真に向けると、部屋を後にするのだった。




