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第27話 画面越しの黒塗りのシルエット

 夜の時間帯。

 鈴木斗真(すずき/とうま)は自宅にいる。

 今日はやるべきことがあった。


「斗真、食器を洗っておくよ」


 自宅リビングのダイニングテーブルの上に置かれている食器を持っていこうとする神谷涼葉(かみや/すずは)

 彼女とは、妹の恵美(えみ)を含めた三人で食事を済ませていたのだ。


「でも……」


 リビングのソファに座っている斗真は、どうしようかと少々唸っていた。


「いいよ。斗真はSNSのアカウントでも見ていなよ。あと一時間もすればライブ配信が始まるでしょ?」

「そうだけど。まあ、じゃあ、任せるよ」

「そう言えば、洗った食器は拭いておいた方がいい?」

「えっとね、キッチンの方に食器洗い機があるから、それに入れておいて。多分、キッチンには妹もいると思うから。妹に聞けば機械の操作の仕方がわかると思うし」

「わかったわ」


 涼葉は食器を比較大きなトレーの上に乗せ、リビングを後にしていく。


 リビングには斗真だけになった。

 ソファに座りながら、スマホを弄っている。

 画面上には、SNSのアカウントが表示されているのだ。


 黒色で染められたシルエットが、涼葉が以前活動していたアバターに物凄く似ている。

 そんななりすましのような奴が、今日の夜八時半から動画サイトを通じて、ライブ配信をしようとしているのだ。


 一体どんな奴なのか。

 斗真は、この目に焼き付けておきたい。


 ライブ配信をすれば、配信した動画を残す場合もある。

 だが、配信終了時に配信主が動画を消す可能性もあり得るのだ。


 どうなるかわからなからこそ、ライブ配信をリアルタイムで最初から最後までしっかりと視聴したい。

 そういった志でスマホを両手で持ち、SNSのタイムラインを含めてじっくりと監視している最中だった。


「……」


 斗真はタイムラインと二次元ライバーのアカウントを交互に見ているが、アカウントの方には、昨日の投稿以降、何の音沙汰もない。

 タイムラインの方には多くの人の投稿がなされている。


 三時間前の投稿だけで、大体二〇〇件近くもあった。


 今日のライブ配信が決まってからというもの、動画配信サイトの方のアカウントも急激に増えたのだ。


 一年近く前。二次元ライバーとして活動していた涼葉は突然の引退宣言をしたのだ。

 彼女はとある人から脅迫されていた。

 その事をつい最近になってから涼葉本人の口から聞いたのである。


 ライバー活動を引退する事が条件で休止していたのに、どこの誰かわからない奴に、涼葉のアバターを勝手に掘り起こされて欲しくないのだ。




「……そろそろ、八時過ぎか」


 ライブ配信まで三〇分を切ったタイミングだった。

 妙な心臓の高鳴りを感じるのだ。


 斗真は冷や汗をかいていた。


「お兄ちゃんッ!」

「なッ……恵美か」


 急に話しかけられ、ドキッとした。


「それ、お兄ちゃんが言っていた配信者のアカウントだよね」

「そうだよ。今な、調査中なんだ」

「なんか、大変そうだね、お兄ちゃんも」


 恵美は斗真の隣に座ってくる。


「まさか、なりすましだったなんて。ネットって怖いね」

「まあな、誰が投稿しているかもわからないし。それが嘘である可能性もあるからな。大体、ネットの八割は嘘である可能性が高いって。昔、ネットで配信していたおじさんが言っていたな。なんだっけ、確か……嘘が嘘であると見抜けられないと、ネットを使うのは難しい

って発言だったかな」

「確かにね。見抜くのって難しいよね。私もネット動画を見て危うく騙されるところだったもん。やっぱり、人気インフルエンサーとか、フォロワー数が多い人の意見は信じちゃうよね」


 妹にも、そういった経験があるようで、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべて話していた。


 わからない事を見抜くためには、それなりの知識が必要だと思う。

 知識の他にも、普段の生活で培った豊富な経験が無ければ、良し悪しの判断なども下せなくなる。


 ネットは本当に日常生活で助かっている反面、知識に偏りがあると取り返しのつかない事態に巻き込まれる場合もあるのだ。




「斗真、一通り終わったよ」


 皿洗いを終わらせた涼葉がリビングに戻って来た。


「ありがと。助かったよ」

「いいよ。今日は斗真と恵美ちゃんからご馳走になったし。それなりのお礼はしないとね」


 涼葉は、二人がいるソファ近くまで近づいてくる。


「今はどんな状況なの?」

「SNSでタイムラインを見ている最中だったんだ。こんな感じなんだよ」


 斗真はスマホ画面を、涼葉に向けた。


「結構、色々な投稿がされてるね」

「さっき数えてみたけど。二〇〇件くらいあったよ」

「そんなに? 凄いね。それなりに注目されてるって事だよね」

「そうだね」


 斗真は再びスマホ画面を見て、タイムラインを上から下へとスクロールしていた。


「そうだ、どうする? 涼葉さんは俺の部屋に来る? 一応、パソコンがあるから、それで視聴した方が見やすいかも」

「大きな方がいいかもね。わかったわ。斗真の部屋に行く」


 涼葉は承諾するように頷いていたのだ。


「恵美はどうする?」

「私はお風呂に入ってこようかな。私、そんなにライバーの事について詳しくないから。お風呂から上がったら、お兄ちゃんの部屋に行くね」

「最初っから視聴しなくてもいい?」

「うん。私は途中からで。それに今日は結構汗をかいちゃったから。そろそろお風呂に入りたいんだよね。お兄ちゃんも神谷さんも、お風呂入るでしょ? だったら、私が早めに入らないと明日も学校があるし。あ、そうだ、お兄ちゃん。神谷さんのパジャマも用意しておくね」

「そうか。わかったよ。あと、パジャマもね」

「うん、私、お風呂に入ってくるから」


 妹はソファから立ち上がると、涼葉の近くを通り抜けるようにリビングから立ち去って行くのだった。


「俺らはそろそろ部屋に行こうか」

「そうね」


 斗真はリビングの明かりを消すと、二人はリビングを後に階段を上って二階へと向かう。

 二人が斗真の自室に入り、扉を閉めた直後。


「お兄ちゃん、脱衣所のところに神谷さんのパジャマを置いていくね」


 扉越しで一言だけ告げた妹が階段を下って行く足音が聞こえた。


 二人が部屋に入ってから一五分後。

 斗真が事前に起動していたノートパソコンの画面上には、動画配信サイトが表示されている。

 そのサイト内の、今から視聴予定のアカウントを開き、ライブ配信がされるまで二人は待っているのだ。


 ライブ配信用のサムネイルには黒色のシルエットが設定されてある。


 それから数秒後、そのライブ配信用のサムネイル画面に変化があった。


 開始直後から配信用のコメント欄には数万人の視聴者がいると表示されており、凄い勢いでコメントが下から上へと流れていっている。


 そして、ライブ配信が始まったのだ――


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