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第25話 得体のしれない怪しい影

「な、なりすまし?」

「そうかも」

「え……じゃあ」


 涼葉の部屋にいる鈴木斗真(すずき/とうま)は驚愕し、言葉を失っていた。


 では、フォローした、あのアカウントは一体誰なのだろうか。


 そんな疑問が、斗真の脳裏をよぎり始めていたのだ。


「斗真って、SNSで私らしきアカウントを見つけたってことだよね?」

「涼葉さんかはわからないけど。以前の二次元ライバーとして活動していた人の復活っていう投稿を見て。それで涼葉さんがライバーとして活動している時のアバターと同じシルエットがネット上に投稿されていたりしたんだよ」

「そうなの? 私、投稿した覚えはないんだけど……妙ね」


 斗真と同じテーブルで向き合うように座っている神谷涼葉(かみや/すずは)は、本当に知らないようで首を傾げていた。


「ねえ、その投稿を見せてもらってもいい?」

「ちょっと待ってて」


 斗真は正座をしたまま、スマホを片手にSNSのアプリを起動する。


「これなんだけど」


 斗真は、彼女が見やすい位置にスマホの画面を向けてあげると、その証拠となる投稿を見せてあげたのだ。


「確かに、私が以前活動していた時のアバターのシルエットと似てるね。それに、構図も似てるし。ほぼトレースした感じに見えるわ」


 涼葉は、スマホ画面に表示されているシルエットを見て難しい顔をしていた。


「そうだよね。でも、これ本当に違うんだね。涼葉さんの投稿じゃないってことでいい?」

「うん。私、SNSもアカウントも全部消しちゃったし。だから投稿できないもの」

「そうだよね。投稿できないんじゃ……この投稿は一体誰が何の意味で投稿したんだろ」

「さあ、わからないわ。私も知りたいくらいよ」


 涼葉も疑問染みた表情で唸っていた。


「アレ? よくよく見たら、このアカウントって、私が活動していた時よりもフォロー数が多いじゃない。結構注目されているのね」


 涼葉は斗真のスマホに表示されているプロフィール欄を見ていた。

 そのプロフィール欄の右腕のところにフォロー登録ボタンがある。


「そうだね。実は俺もフォローしちゃったんだよね」

「そうなの。あ、本当だ。登録済みになってる」

「ごめん。俺さ、このアカウントが涼葉さんだと思い込んでて」

「まあ、しょうがないね。そういう事情ならね」


 彼女は笑って許してくれた。


「じゃあ、フォローを解除する?」

「……いいえ、それはしない方がいいかも」


 斗真はスマホに手を伸ばす。

 涼葉はテーブルに置かれたスマホを両手で覆い隠し、拒否したのである。


「どうして?」

「もう少しこのアカウントの動向を見ていたいの。このアカウントが何を仕出かすかわからないし」

「わかった。それなら解除しないよ」

「でも、どうして私のなりすましをしようと思ったのかしらね」

「それは多分……俺の憶測になってしまうけど。前回突然引退した時にネット記事にも掲載されていたし、それで今注目されているのかも」

「そういうことね。そう言えば、私が引退するって決まった日、ライブ配信に沢山の人がきていたものね。私が活動している時はそこまで人気が無かったのに。辞める直前で爆発的に人気になるなんて何かちょっと複雑よね」

「でもさ、人数が少なかったからこそ、視聴者との距離が近かったのかも。俺は近い距離で楽しめたんだけど。まあ、それが原因で執着して嫌な事をしてくる人も多かったのかもね」

「それも嫌な話しよね」


 テーブル前に座っている涼葉は少し困った顔を浮かべていた。


「涼葉さんはどうする? このまま放置するの? 本当に動きを監視するだけでいいの?」


 斗真は一応確認のために問いかける。


「ずっと遠くから見ているだけって事はないわ。警察に相談するにしても、このアカウント自体からの実害もないし。それに、このシルエットが私のアバターに似ているだけで本当に私かどうかもわからないしね。もし、観察し続けていたら、このアカウントをメインに二次元ライバーの活動をするかもしれないからね」


 涼葉はスマホ画面に表示されているシルエットをまじまじと見つめ、唸った声で返答していた。


「勝手に行動されるのは嫌だよね。でも、ネット界隈では、このシルエットが君のアバターだと思われてるらしいから、そこから変に注目されなければいいけど。涼葉さんは、以前ライバー活動をしないという条件で解決させたんだよね」

「うん、そうよ」

「もし、その人に目を付けられたら面倒だよね」

「そういう状況にならなければいいんだけど。それもちょっと不安なところではあるわ。だからね、私、このアカウントの様子を見ていたいの。監視するっていうか。やっぱり、不安だから」


 涼葉には考えがあるらしい。

 彼女は何かを考え始めたのか、右手を頬に当て難しそうに悩み始めていたのだ。


「だったら、俺もこのアカウントを監視するよ。一緒に行動すれば何とかなるかもしれないし。俺は、涼葉さんの為に、心の支えになりたいというか。今まで涼葉さんに助けてもらっていたから」


「ありがとね……斗真からそう言ってもらえると私も安心する」


 涼葉は少し嬉し泣きをしていた。

 悲しいというよりも、斗真に対して感謝を込めた感じの感情が、今の彼女の表情から伝わってくる。


 少しでも彼女の助けになっているのなら、斗真も嬉しかった。

 これからは感謝を込めて、涼葉の為に自分自身が出来る事としっかりと向き合っていきたいと思っている。


「斗真。私、このアカウントに連絡してもいいかな?」


 涼葉は正座をしたまま斗真のスマホを手にする。


「このアカウントに? でも、危ない気もするけど」

「でも、どんな反応が返ってくるのか知りたいじゃない。返答を貰えるかはわからないけど。試しに連絡というか、ダイレクトメッセージを送ってみたいの。その反応の仕方次第で、私も今後の作戦を立てたいから」

「本当に送るの?」

「……本当は怖いんだけどね。どういう風な人か知りたいから。もし普通の人だったら、会話で何とかなるかもしれないし」

「会話で? でも、こういうなりすましをする人が普通に応じてくれるかは怪しくない?」

「そうね。そうである可能性の方が高いと思うわ。でも、何もしないよりかはいいと思うの」

「わかった。でも、深く追求した文章は送らないようにね」

「わかってるわ。私もある程度ネットに詳しいし、そこらへんはわきまえているから」


 涼葉は強気な口調であったが、緊張した感じに手元を震わせている。

 少々不安なところはあった。

 斗真は引き止めたかったが、涼葉の考え方を蔑ろにしたくないという想いもあり、今は彼女の考えを尊重し、見守る事にしたのだ。


 涼葉は、斗真のスマホを両手で持つと、ダイレクトメッセージの機能を利用して文字を入力し始めるのだった。




「……一応、送ったわ」


 一呼吸をついてから彼女は、斗真にスマホを返してきた。


「すぐに返答はないと思うけど。もし、ダイレクトメッセージが届いたら、私に教えてくれない?」

「うん、わかった」


 スマホを手にしている斗真は、再びシルエットで隠されたアバターを見つめていた。


 大事にならなければいいと感じながらも、斗真は制服のポケットにスマホをしまう。


「ねえ、暗い話より、明るい話をしない? まだドーナッツも残っているし、食べよ」

「それもそうだな」


 斗真は気分を切り替える事にした。

 涼葉は内心、怖いのだろう。

 得体のしれない存在に、昔のアバターが取られてしまう事に。


 それでも、彼女は苦しい表情を見せずにできる限りの笑顔を見せている。


 これからも、斗真は彼女の笑顔を見ていたい。

 そんな想いを抱いて、斗真は彼女と共にテーブルに置かれたドーナッツを食べ始めるのだった。


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