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第23話 あのね……私、実はね――

「あのね……私――」


 神谷家にいる二人。

 同じ部屋にいる神谷涼葉(かみや/すずは)が、折り畳みテーブルの反対側に座っている斗真に対して言葉を切り出してきたのだ。


「前々から斗真とは付き合ってみたかったの。高校一年生の時から。でも、クラスも違ったし。でも、今になって付き合えて私的には嬉しかったの。それでなんだけど……もう少し恋人らしい事をしたいの」


 彼女は斗真の顔を見つめてきている。


「恋人らしいこと?」

「そう。斗真とは付き合い始めてからあまり恋人らしい事をしていなかったじゃない? だから、この機会に恋人らしい事をしたいなって思って。学校内でこういう話をするのもなんか気が引けるし。だからね、この場所に斗真を誘ったの」

「学校にも付き合っている人は何組かいるけど。学校内でそういう話をしてる人いないもんね」

「そうだよね。なんか恥ずかしいし。えっと、それでなんだけど、斗真って実際に私とやってみたい事ってあるかな?」

「やってみたいこと?」


 鈴木斗真(すずき/とうま)は涼葉の姿を見やった。

 やってみたい事は沢山ある。


 だが、あまりにも如何わしい事はしてはならないと思い、斗真は脳内で勝手に妄想しつつも、自制心を持って感情をコントロールしていたのだ。


「ねえ、何か私とやりたい事があるなら……なんでも言ってもいいから」

「……急に言われても、すぐには」


 なかなか思いつかないものである。

 如何わしい事しか脳内に浮かんでこないのだ。

 これでもない、あれでもないと考えながら、脳内に浮かんできている映像をかき消す事に必死になっていた。


「斗真、何かある感じ?」

「そうだね……お……じゃなくて……」

「ん?」


 涼葉は首を傾げていた。


「なんていうか。俺からの提案としては水族館とか? そういうところに行ってみたいかなって。まあ、恋人的な感じだったら、その方が一番いいと思ってさ」

「そうね、水族館ね。そう言えば、ここの近くにあったかな?」

「それは、多分なかったはずかな。ちょっと待ってて。検索してみるよ」


 斗真は制服のポケットから取り出したスマホで水族館の場所を調べてみる。


「多分ね、ないかも」


 斗真は唸りながら返答した。


「ないの?」

「昔はあったんだけど、やっぱり、老朽化の問題で……そうか、別の場所で営業してるみたいだね」

「そうなの?」

「そうみたい」

「じゃあ、その場所に行く? 今週中の休日とかに」

「行けるなら行きたいね」

「それで、どこにあるのかな?」


 斗真はスマホの地図検索機能を使い、どのルートで行けばいいか検索をかける事にしたのである。




「ここからだと結構遠い場所にある感じだね。歩くと一時間くらいするかな?」

「そんなに? 水族館って隣街にあるってこと?」

「そうだね。隣街でかつ、端っこの方にあるから、行くならバスとかを使わないといけないかもね」

「そっか。でも、行けない事は無いのよね」

「一応ね。涼葉さんも、その水族館でもいい?」

「私はそこでいいよ。行くなら今度の土曜日にする? それとも日曜日かな?」


 彼女は乗り気だった。


「俺はどっちでもいいけど。土曜日の方がいいかも。日曜日だと結構混雑しそうだし」

「わかったわ。土曜日ね」


 涼葉は自身のスマホに、今週中の予定を忘れないようにスケジュールとして入力していた。


「水族館楽しみかも。私、小学生の頃しか行ったことが無いの。だから、物凄く楽しみかも」

「俺も、昔は家族とかで行く事もあったんだけど。やっぱりさ、涼葉さんと同じで小学生の頃しか行っていないかもな。中学生になると色々と忙しくなるしね」

「そうだよね」

「涼葉さんは、水族館での思い出って何かあったりする?」

「私は、その当時の友達と一緒に水族館を回って歩いた記憶はあるわ。あの時は見るモノすべてが初めてで新鮮だったから楽しかったかも。私はペンギンとかが好きだったかも」

「イルカより?」

「そうね。イルカも良かったんだけど。私はペンギンの方が好みかも」

「そうなんだ。ペンギンって小さくてなんかいいよね」

「そうだよね。わかる?」

「うん」


 斗真も相槌を打つように頷いていた。

 二人は水族館の動物の話題で持ち切りになっていたのである。




「私が小学生の時ね、水族館近くのお店にペンギンのぬいぐるみがあったの。それ、欲しかったんだけど。金銭的な理由で買えなかったんだよね。確か、三千円くらいするぬいぐるみで。小学生の頃はそんなにお金を持っていなかったからしょうがなかったんだけどね」


 涼葉は、両手を使ってペンギンのぬいぐるみの大きさを表現していた。


「小学生の頃はそんなもんだよね。俺も小学生の頃は殆どお金がなかったから」

「だよね。でも、今はちゃんとお金はあるし。問題ないかなって」

「じゃあ、今度は買えそうだね。でも、あの水族館にペンギンのぬいぐるみってあったかな?」


 斗真は昔の事を思い出して首を傾げていた。


「でも、なかったらなかったで、その時はしょうがないよ。もし無かったら、ペンギン関連のグッズとか、お菓子セットを買えばいいと思うし」


 涼葉は昔、別の地域で生活していて、高校生になってから斗真が住んでいる街に引っ越してきたのである。

 だから、彼女が小学生の時に訪れた水族館ではない為、もしかしたら無い可能性もあるのだ。


「斗真って、水族館での思い出って何かある?」

「そうだな。妹と一緒にイルカショーを見た事かな。あとは、昼食時間に、その水族館で妹と食事した事とか。そう言えば、思い返せば色々あるな」

「斗真には兄妹がいていいね。私にはいないから」

「一人っ子ってこと?」

「そうなの。だから、自宅では基本的に一人だったの。お母さんは仕事をしないといけないから夜まで帰って来ないし。でも、こっちに引っ越してきてからはお爺さんもお婆さんもいるから一人ではなくなったんだけどね」

「大変だね」

「でも、そんなに心配しないで。ここで過ごすようになってから安心してるの。昔の友達とは離れ離れになってしまったんだけど。それでも、今の方がいいかなって。昔、色々あったから」

「色々?」

「んん、なんでもないよ」


 涼葉は気にしなくてもいいよといった顔をしながら首を横に振っていた。


「でも……やっぱり、隠し事はよくないよね。斗真には色々話すって言っていたし」


 彼女はゆっくりと真剣な顔を見せ始めるのだ。


「私……斗真には伝えたい事がもう一つあるの」


 彼女は改めて深呼吸をした後に――


「私、斗真には感謝してるの」

「な、なんで、急に⁉ お、俺、何もしてないけど」

「斗真は私の為にしてくれたじゃない」


 何のことかサッパリである。

 斗真は過去を振り返ってみるが、何も思い出せない。


「斗真って、昔、イベントに来てくれたでしょ。ライバーの」

「ライバーのイベント? って……え?」

「それと、斗真なんでしょ。あの恐竜くんのぬいぐるみを送って来たのって」


 涼葉は部屋の端っこに置かれているティラノサウルスみたいなデザインをした大きなぬいぐるみを指さしていたのだ。


「え……じゃあ、あのぬいるぐみって」


 斗真は目を白黒させていた。


「私、斗真の事は昔から知ってるの。だって、いつも応援コメントをくれたじゃない」


 涼葉は嬉しそうな表情を見せ、ハッキリとした声で自身の想いを斗真に伝えてきたのである。


 斗真は上手く言語化できない状況で、時間が止まったかのような瞬間を過ごしていたのだった。


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