第22話 私、昔から大切にしてるモノがあるの
「ここだよ」
鈴木斗真は涼葉の家の前にいた。
彼女の家は街中から離れた郊外にあり、少し静かな場所である。
「遠慮なく入って」
神谷涼葉が玄関の扉を開けてくれた。
斗真はお邪魔しますと一言口にしてから玄関に足を踏み込む。
彼女の家は若干古いものの、しっかりと手入れをされているようで、そこまで痛んでいる様子もなかった。
「靴はそこでいいから。今から私の部屋に案内するね」
涼葉も靴を脱いでおり、早速階段がある場所まで向かう。
二人で廊下を歩いていると、近くの扉が開く。
「おや、今日は友達を連れて来たのかい?」
一階の、とある部屋から出てきたのは、七〇代後半くらいのお婆さんだった。
「ただいま。まあ、大体そんなところかな。それと、斗真に紹介するね。こちらが私のお婆さん」
「お邪魔しております。自分は鈴木と申します」
涼葉から紹介され、斗真は比較的真面目な挨拶をする。
「鈴木さんね。ゆっくりとしていってね」
斗真はお婆さんに対し、軽く会釈をした。
「それで、お爺さんはどこにいるのかな?」
涼葉は、お婆さんがいた部屋を覗き込んでいた。
「お爺さんなら外に行ったよ。犬の散歩をしている頃だと思うよ」
「そうなんだね。あと、私、二階にいるから、あまり部屋には入ってこないでね」
「わかったよ。二人ともゆっくりとね」
お婆さんは一言だけ告げると、空気を読んでか部屋の中へ戻って行く。
扉が閉まってから、二人は近くの階段を上って行くのだった。
「いい人そうだね。涼葉さんのお婆さんって」
「そう? でも、普通にいい人だから。見た目からそういうオーラが出てるのかもね」
「やっぱり?」
「そうね。私がこの家に引っ越してきてからも親切にしてくれてるし」
二人でやり取りをしながら階段を上りきると、二階の廊下が見えてくる。
二階には四つほど部屋があった。
「私の部屋は、すぐ近くのところなんだよ」
涼葉は自室の扉を開けてくれたのだ。
斗真が部屋に足を踏み込むと、涼葉も入る。
涼葉の部屋は至って普通。
勉強机とパソコンが置かれた机があり、窓側の方にはベッドが設置されてある。
タンスに押し入れ、それと大きなぬいぐるみが壁の方に置かれてあったのだ。
とあるゆるキャラアニメの登場キャラであり、そのぬいぐるみの身長は一メートル近くあった。
どうやって手に入れたんだろ。
普通に買ったのかな?
「涼葉さん、アレって、どうしたの?」
斗真は、それを指さし、質問をする。
「ぬいぐるみの事?」
「そうだよ」
「あの恐竜くんぬいぐるみは他人から貰ったの」
「貰った? 一万円くらいするんじゃない?」
「そうだね。まあ、なんていうか、貰ったっていう表現でいいかわからないんだけど。そういうことなの。それとね、私。その恐竜くんぬいぐるみ好きなんだよね」
「へえ、そうなんだ。涼葉さんは、あのキャラが登場するアニメを見たことがあるの?」
「あまりないんだよね。でも、貰ったモノだから、やっぱり、大切にしたいなって思って」
「そっか、思い入れがあるんだね」
「うん」
彼女はベッドの端に腰を下ろして、そうだよといった感じに頷いていた。
「ね、斗真。ずっと立ってばかりだと大変でしょ。座りなよ。ここまで来るのに結構歩いたからね。私、テーブルを用意するね」
そう言って涼葉は立ち上がると押し入れを開け、折り畳み式のテーブルを取り出す。斗真の近くにそれを設置したのである。
「これを一緒に食べよ。私、飲み物を持ってくるね。斗真は何がいい?」
「なんでもいいよ。そんなに高級なモノじゃなくてもいいし」
「じゃあ、冷蔵庫にあるモノを持ってくるね。ちょっと待ってて」
涼葉はそう言って部屋を後にする。
その間に斗真は袋の中に入っているドーナッツをテーブルに広げておく事にした。
そう言えば、あのぬいぐるみって、あの二次元ライバーにあげたぬいぐるみに似てるな。
たまたまかな?
ドーナッツの準備を終えた斗真は、一人っきりの今、部屋に置かれた大きな恐竜くんぬいぐるみを見やっていたのだ。
昔、斗真が推していた二次元ライバーに、ネット通販を通じて送ったぬいぐるみも同じく恐竜くんぬいぐるみだった。
涼葉は貰ったと言っていたが、誰から貰ったかまでは言っていなかったのだ。
もし、彼女が昔活動していたライバーだったらと思うと、感激である。
しかし、こんなにも近くに二次元ライバーの中の人がいるわけなんてないのだ。
たまたま恐竜くんぬいぐるみを持っているだけだと、斗真はそう考えるようにした。
刹那、扉の先から階段を上ってくる足音が響く。
「斗真、冷蔵庫の中に、お茶しかなかったんだけどいいかな?」
「いいよ。お茶でも」
扉を開け、部屋に戻って来た涼葉に、斗真は遠慮がちに言った。
「ありがと。じゃ、コップに分けておくね」
彼女はテーブル前に座り、持ってきて来たコップにペットボトルのお茶を注いでいた。
「はい、斗真の分ね」
「ありがと」
ようやく二人きりの空間になれた。
二人は向き合い、テーブルの中央に置かれたドーナッツを手に取る。
「やっぱりさ、割り勘して俺だけ大きなドーナッツを食べるのもなんか変だと思って。イチゴファッションだけあげるよ」
「いいの?」
「いいよ。割り勘したなら平等の方がいいでしょ」
「じゃあ、貰うね。私、このイチゴドーナッツ好きなんだよね」
「だったら、丁度良かったね」
二人で分け合い、楽しく会話しながらドーナッツを食べているだけでも幸せな気分になれるのだ。
「あのね、斗真と今日お昼時間に話していた漫画の件だけどね。キャラクターのぬいぐるみを買っていたの。ほら」
涼葉は食べるのを中断すると、ティッシュで手を拭いた後、パソコンの近くにあった小さなぬいぐるみを見せてきた。
大体、高さ二〇センチくらいで、冒険モノの漫画作品に登場する主役キャラがデフォルメされたぬいぐるみ。
可愛らしい外見をしている。
漫画で描かれている真面目な顔つきとは違い、優しい感じのデザインになっているのだ。
「これでいいでしょ」
「うん。というか、買ったんだね」
「そうだよ。電子書籍で漫画を読んでいる時に、たまたまネット通販サイトの広告画面が出てきて。それで欲しいなって思ったの。この主人公って、こうしてぬいぐるみで見ると可愛いんだよね。斗真もそう思うでしょ」
涼葉は満面の笑みを斗真に向けていたのだ。
そんな自然体な彼女の表情にドキッとしてしまう。
そんな時、ふと思う事があった。
「そう言えば、涼葉さんって。俺に話があるから、今日遊ぶ約束をしたんじゃなかったっけ?」
「あ、そうだったね。ごめんね。じゃ、本題に入ろっか……」
涼葉は軽く咳払いをする。
それから正座をし、斗真の姿を正面から真剣な表情で見つめてくるのだ。
「私ね――」




