第20話 彼女は後で伝えたいことがあるらしい?
朝になると、気分は整っていた。
鈴木斗真は元気よく朝を迎え、昨日の内に用意していた弁当のおかずを取り出す。
卵焼きなどを電子レンジに入れ、少し温めた後に弁当箱の中に詰め始めたのだ。
おにぎりは朝から作る。
具としては梅干しもあったのだが、中身はツナマヨにしておいた。
斗真は三角上になるように両手で握り、それから海苔で包み込む。
斗真は近くにあったラップでおにぎりを覆う。
涼葉の為に作った弁当が登校前に完成し、朝から小さな達成を感じられるのだ。
「お兄ちゃん、もう行くよ!」
リビングの方から妹の声が聞こえる。
「うん、わかってる」
斗真は弁当の余りを朝食として食べ、キッチンで皿を洗っている最中だった。
斗真は通学用のリュックに弁当箱とおにぎりを入れ、玄関先まで駆け足で向かう。
玄関には靴を履いて待っていた妹の恵美がいたのだ。
「お兄ちゃん、お弁当はちゃんと入れた?」
「ああ、大丈夫さ」
「それならよかった。それに、今日は元気良さそうだね」
「今日は自信作の弁当が出来たからね。恵美のお陰でもあるけど」
斗真は妹と会話しながら靴を履いたり、玄関扉に施錠をかけたりして、恵美と一緒に学校に通じている道を歩き始めるのだ。
「弁当に関しては、お兄ちゃんの努力の賜物でもあるから。お兄ちゃんの実力だよ」
そう言われると、嬉しくなる。
褒められて嫌な気分はしない。
「まあ、そういう事にしておくよ。後でさ、手伝ってくれたお礼として何かお菓子でも買っておくよ」
「ほんと! じゃあ、クッキーか、ポテチがいいかな」
「わかった。できる限り、恵美の要望通りにお菓子を買うようにするよ」
「じゃ、そういうことで。お兄ちゃん、また後でね」
「ああ、またな」
いつも通りに、妹とは十字路の横断歩道のところで別れるのだった。
斗真が学校に到着した頃合い。
教室はいつも通りに騒がしかった。
斗真は席に座り、そこでいつも通りに過ごす。
神谷涼葉はまだ学校には登校しておらず、彼女の姿は教室にはない。
涼葉が登校してくるのが楽しみでしょうがなかった。
そんな中、亜寿佐沙織が教室に入ってきたのだ。
昨日の嫌な思い出がフラッシュバックしてきて憂鬱な気持ちになる。
朝から良い気分だったのが、台無しだ。
幼馴染からはジッと見られてはいたが、最終的には沙織から話しかけてくるという事はなかった。
嫌な朝を迎え、嫌な気持ちにはなったものの、教室の窓から涼葉が登校している姿が見えてからは少し心が穏やかになっていたのだ。
神谷涼葉は朝のHRが始まる前には教室に到着していた。
それから五分後くらいには、担任教師が教室の壇上前にやって来て、一日が始まったのである。
斗真は普段通りに午前中の授業を過ごす。
昼休みの時間になった瞬間から、斗真は準備をし始めたのだ。
通学用のリュックから弁当箱を取り出ると、斗真は自分から涼葉に話しかけ、教室を後にする。
二人が向かった先は、いつも通りの屋上だった。
「今日は弁当を作ってきてたんだ」
「本当に? ありがと。作って来てくれたんだね、嬉しい」
「味もそれなりに良いと思うし。食べてみてくれないか?」
斗真は包み袋を取り、弁当箱の蓋を開ける。
その中には卵焼き、それから昨日スーパーで購入したポテトサラダに加え、冷蔵庫にあったチキンナゲットも入れているのだ。
後は味付けに拘った生姜焼きもある。
涼葉からは凄いと評価され、素直に嬉しかった。
「ねえ、食べてもいい?」
「いいよ」
「じゃあ、今日は斗真が食べさせてくれない?」
涼葉から求められていた。
女の子に対し、食べさせてあげる行為をすること自体、あまりない。
斗真は緊張した感じに持参した箸を手にすると、弁当箱の中に入っている卵焼きから摘まんで、彼女の口元へと運んでいく事にした。
涼葉は瞼を閉じており、そんな彼女の表情を見ながらだと、変に意識してしまいそうになる。
斗真は緊張しながらも、彼女に食べさせることにしたのだ。
「――んッ……」
涼葉は咀嚼し始めてから、ゆっくりと瞼を開く。
「どうかな?」
斗真の方から問いかけてみた。
「うん、普通に美味しいかも。斗真は一人で作ったの?」
「少しだけ、妹に手伝ってもらった感じだけど。味見の監修としてね。でも、料理自体は、一人でやったんだよ」
「へえ、凄い。斗真って、色々とできるんだね」
「そうかもね。俺、結構頑張った方だから。そう言ってくれると助かるよ。本当は昨日も弁当を作っていたんだけど、味付けがあまり良くなくて持ってこれなかったんだ。ようやく自信作が出来てさ」
斗真はどういう風に作ったのか、彼女に説明しながら食事をするのだった。
「丁寧な作り方だったから、食べやすかったし。お弁当ありがとね」
「いいよ、元々俺が作ってくる予定だったから」
二人は楽しく会話しながら昼食を終えた。
涼葉は、斗真が作ったおにぎりもちゃんと食べてくれていたのだ。
斗真は殻になった弁当箱を閉じて片付ける。
そんな中、隣で彼女が何かを話したそうにしていた。
「あ、あのさ……今日って時間あるかな?」
「今日? まあ、大丈夫だけど、どうして?」
「ちょっと話したいことがあって」
「話すなら、ここでもいいけど」
「私が話したい事っていうのは結構重要な事で、二人きりな時に話したいの。約束が出来るなら私の家に来てほしいなって」
「家か。いいよ」
涼葉の家に行けるなら、それでもいい。
彼女の家に行くのは今日が初めでである。
涼葉の家には行ってみたいと思っており、内心、ワクワクしていた。
「ねえ、斗真?」
「なに?」
「二人きりの時に、何があっても誰にも言ってはダメだからね」
「そんなに重要な事なの?」
「そうよ。だから、二人きりの約束にしてほしいの」
「わかった。そんなに言うなら」
斗真は彼女の雰囲気を見て、真剣そうな顔つきで軽く頷く。
「でもさ、なんでそんなに重要な事を俺に?」
「それは内緒。なんていうか、私。その事を言う決心がついたから。それに、このまま隠し事をしたまま生活するのもよくないと思ったし。付き合っている人から隠し事をされていたら嫌でしょ?」
「確かに、それはあまり好きじゃないかもな」
「だから、伝えたかったの。内容に関しては後でってことで」
涼葉から軽くウインクされ、焦らされていたのだ。
「そう言えば、斗真が言っていた漫画の件だけど。私も少しずつ読み始めたんだよね」
「あの冒険モノの漫画?」
「うん。一〇〇巻以上もあるからすぐには読めないけど。斗真って、まだ途中なんでしょ。確か、一五巻くらいしか読んでないって」
「そうだね」
「私も斗真と同じ目線で漫画を楽しみたいし。私も早く読み進めてみるね」
涼葉は笑顔で言っていた。
「私、楽しみなの。斗真と共通の話題が欲しかったし。だからね、その漫画をまずは読んでみようかなって」
「俺も嬉しいよ。一緒の話題で過ごせるなら、俺も楽しみだよ」
二人は冒険モノの漫画について、互いに知っている漫画の知識だけで会話し始めるのだった。
共通の話題があると学校生活も楽しくなるものだ。
昼休み時間は、斗真も笑顔で漫画の事について語り始めるのだった。




