♯.8 顔見知りを見つけ雷鳴覚悟を轟かせる事
「あれ!? お前、確かラスカルの弟だよな?」
例の『示現流ラスカル』がモンスターと戦っている動画だけで無く、You Tunerで公開されて居る物を幾つも見て、更に防衛隊の応募要項を穴が開く程にじっくり読み込んだ上で、俺は県庁所在地で有る千戸玉市の事務所を訪ねて来た。
そこには小学校時代の同級生で同時期に同じ道場で剣道を学び初め、中学高校とライバル関係に有った荒居 拓馬……たの一字を抜いてアライグマでラスカルと言うあだ名で呼ばれていた奴の弟の姿が有ったのだ。
俺やラスカルが小学六年の時に彼は一年生だったので、同じ学校に通った期間は一年だけだが、中学でも高校でもラスカルと試合する時には必ず応援に来ていたので、顔は何となく覚えている。
「畑中先輩? なんでこんな所に?!」
どうやら向こうも俺の顔と名前は一致した様で、驚きの表情を見せながらそんな台詞を返して来た。
「自分からここに来た以上は、防衛隊に志願しに来たに決まってんじゃねぇか。ここ以上に俺が今まで磨いてきた剣の腕を活かせる職場が有るか?」
幾らガキの頃から付き合いの有るライバルの弟とは言え、初っ端から自分が会社を辞めた理由を口にする様な真似はしない。
流石に幾ら大企業とは言え親方日の丸な準公務員である防衛隊にまで叢雲が匂わせた噂が圧力に成るなんて事は無い……と思いたいし、ソレが無くとも夢多き高校生に対して、そんな生臭い話をしない程度には俺も大人だと言う自覚は有る。
「お前は兄貴の忘れ物でも届けに来たのか? You Tunerで動画見たけど示現流ラスカルってアレ……アイツだろ?」
ラスカル本人がここに居たとしても、ダンジョンでの戦闘以外に報告書だのなんだのの事務仕事なんかが有るだろう事を考えれば、それは別に不自然な話では無いが、未だ高校生の筈の彼が居るのは、特段の理由が無ければ可怪しい話だろう。
「畑中先輩! 調整者に成るんですか!? 先輩なら……兄貴にずっと勝ち続けた先輩なら! 兄貴を助けられる!?」
子供と言うには少々大きい……けれども未だ大人に成りきれない高校生が必死の目で俺を見つめながら両の手で肩を掴んでくる。
武の欠片も感じ無い完全に素人が衝動だけで掴みかかってくる程度の動きは見切って躱す事も簡単だったが、彼の口から出た言葉が受け止めてやらにゃアカンと思わせた。
「……おい、お前……確か、和馬だったっけか? ラスカルの奴に何か有ったのか?」
ラスカルの弟の名前を小学生時代の記憶の奥からほじくり返しながら、俺は努めて落ち着いた静かな声色を作りそう問い返す。
「荒居君……ソレは外部へ漏らして良い情報じゃぁ無い。彼が正式にチューナーに成った後ならば兎も角、今は未だだめだ」
しかしその答えを遮る様に、見覚えの有る爺さんが口を挟んで来る。
「大先生!? なんで貴方までここに!?」
ソレは小学校時代に俺やラスカルが通った剣道道場の主である隠神 剣士郎先生の親父さんで、名前は確か剣止郎先生だった筈で道場主と言う立場でこそ無かった物の、ガキの頃には何度か稽古を付けて貰った覚えも有る。
十年近く前の当時は俺も未だまだ未熟なガキだったので、彼がどれ程の技量を持つかも推し量る事は出来なかったが、今あらためてこうして相対すると、どうやっても勝ち筋が見えない化け物クラスの相手だと理解出来、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「御国は儂の様な爺を引っ張り出して、防衛隊千薔薇木支部長の椅子に縛り付けねぇと行けない程に手が足りてねぇんだよ。んでお前は確か……畑中雷蔵君だったか? 『千薔薇木の雷』の話は噂程度には聞いてらぁな」
千薔薇木の雷と言うのは、小中高大と参加した全ての大会で一度も負けた事が無い俺に付けられた恥ずかしい二つ名だ。
俺は中学からは都内の私立に特待生として進学したのだから、何時までも千薔薇木を冠しているのは違う様に思えるのだが、小学校時点で割と界隈には浸透しており、結局訂正される事無く未だに知っている者は知っている名として使われている訳である。
そして大先生が敢えてその呼び名を出したと言う事は、俺が前職を辞めた理由やその後の再就職に手間取っている原因で有る叢雲OBとの揉め事に関しても聞き及んで居るのだろう。
「畑中君よぉ……荒居君、ああ兄貴の方の事ぁ外部にゃぁ話せ無い事なんでな、知りたけりゃ先ずは適性検査を受け、その結果を見た上で調整が可能なら色々と書類を書いて貰わねぇとな」
……俺の記憶が確かなら大先生が現役世代だった頃の職業は外交官だったとか聞いた覚えが有る、そんな人がわざわざ部外秘だと言った時点で『お前の事は巻き込むぞ』と断言して居る様な物だ。
でもまぁ実際の所、幼馴染でライバルだったラスカルの奴が退っ引きならない状況に有って、ソレを俺が助ける事が出来ると言うので有れば、助太刀の一つや二つしてやるのは吝かではない。
ただこの爺さんに言質を取らせるのは……何というか、理屈じゃぁ無く怖いんだよなぁ。
んな事を考えながら、俺は彼に促されるままに事務職員らしき姉ちゃんに続いて個室へと足を踏み入れるのだった。
「なぁ……こんな運転免許の適性試験見たいなので本当にチューニング適性の有無が分かるのか?」
ラスカルの弟とは別の個室へと案内された先でやらされたのは、自動車学校でやらされる様なマークシート式のテストであった。
いやまぁ……チューニングを受ければ超人じみた超常の能力が使える様に成るんだから、ソレを犯罪に使いそうな者や善性の人間で有っても素早い判断が必要な戦闘に向かない者を選別してはじく為には効果が有るのかもしれない。
自動車免許の場合は適性を選別してもソレで免許の取得が左右される様な事は無く、どちらかと言えば事故を起こさない為に気をつけるべき事を割り出す目的で行われているとか聞いた記憶が有るが、ここのコレは適性が無いと成れば即落とされるのだろう。
「はい、チューニング適性は身体的な物よりも精神的な物の影響が極めて大きいので、この試験で適性率を算出する事が出来るとされて居ます。貴方の場合は……28%下限ギリギリですね」
そんな言葉から始まった姉ちゃんの説明に拠ると、チューニングで得られる超常能力の強さは適性率にほぼ比例するそうで、20%を切る様だと殆ど常人と変わらず、逆に80%を超える様ならば適合し過ぎて危険と言う事に成るらしい。
「この数値ですと本来なら調整を受けるまでも無くお帰り下さい……と言う所なのですが、支部長の推薦とコレまで経歴から見受けられる素の戦闘能力を鑑みて合格と言う判定に成ります」
チューニングで得た能力『だけ』で戦うので有れば最低でも50%を超える適性率が無ければ話に成らないのだそうだが、俺の場合は大先生の所で習い覚えた示現流の流れを汲むと言う剣術をベースに剣道で実績を上げてきた事から問題無しとした様だ。
「他の支部でこの適性試験を受けた場合には、後日都内の本部に行ってチューニングを受けてもらう事に成るんですが、この支部には調整装置が数は少ないですが用意されて居ます。異存が無ければこれ等の書類にサインして下さい、終わり次第調整を行います」
……昔読んだ漫画の様に酔わせて外人傭兵部隊への参加書類にサインをさせる様な真似はしないだろうが、戦いを生業とする仕事に就く以上は『死んでも文句は言いません』位の事は書いてある可能性は0じゃぁ無いだろう。
そう思いながら、細かな注釈まで含めて読み込んで行くが……うん、俺の様なおつむの出来が決して良いとは言い難い者でも分かる様に『戦闘で命を落とす可能性』に付いても『ソレを理由に訴訟を起こさない事』もキッチリ書かれてるよ。
その分『生きてさえいればどんな手を使っても治療する』と言う様な事も書かれているし、万が一の場合に遺族へ支払われる見舞金……正式には『賞恤金』と言うらしい物の額面まで書かれているのは流石は準公務員扱いと言う事か。
コレにサインをした時点で、真っ当な社会とはさよならして超常の世界へと足を踏み入れる事に成る訳か……一度目を瞑り本当にサインして良いのかどうかを決して長いとは言えない人生経験を総動員して考えて見るが下手の、いや馬鹿の考え休むに似たりである。
どうせ俺は剣を振るしか能が無い馬鹿なんだから、剣腕で食って行く為にはこの先に進むしか無い、そしてラスカルの奴が苦境に立っていると言うならばついでに助けてやれば良いだけだ。
そう決意を決めた俺は、もう一度見落とした事が無いかを確認してから、何枚もの書類に名前を記入していくのだった。




