♯.7 調整とは調整者とは暴走とは
そもそも調整とは、調整者とは何なのか?
ちょっとした医学的な手術でアニメや漫画の様な超常の能力が得られるなら、世界中の軍隊は超人達で溢れている筈だ。
幾ら調整を行うのに必要と成る機材を作るのに必要と成る技術を日本が押さえているとは言っても、それらは既に世界中へと配布されて居るのだから幾ら地球防衛の為の物だとしても自国の利益の為、悪用しようとするのが為政者の常だろう。
しかしソレは調整者の実態を知る事で不可能だと言う事が理解出来るのだそうだ。
「調整って言うのは実の所、今の科学では完全に解明出来ている技術じゃぁ無いんだ。出来るし使えるし使わざるを得ないから使っている……と言うのが現状なんだ」
兄貴が行方不明に成ったと言う連絡を受け、車で迎えに来た聖シャインさんに連れられ、俺がやって来たのは地球防衛隊千薔薇木支部の事務所だった。
そこで支部長だと言う恐らくは八十歳を過ぎているであろうお爺さんにそんな説明を受ける。
「モンスターが異世界から地球を侵略しに来た存在である事からも分かる通り、地球以外にも知的生命体の存在する世界や惑星は実際に有るし、ソレは既に観測されて居るのは事実だ。そしてそれらの全てが地球と敵対して居る訳では無い」
宇宙人は既に地球へとやって来て居り、その存在を米軍やアメリカ航空宇宙局が隠している、なんてのは前世紀からオカルト雑誌なんかでは良く言われていた話だと某匿名掲示板のまとめサイトで読んだ事は有るが、実際ソレに近い事実が有ったと言う事らしい。
「そうした友好的な世界から、力の有る魂……調整魂と呼ばれる存在を召喚し適性の有る者に憑依させる事で、彼等の能力の一部を借りて居ると言うのが実態なのだ」
……思いっきりオカルトめいた話に成ってきたが、実際にソレが出来ている以上は『今の科学で解明出来ない』だけで『非科学的な話』と否定するのは間違いなのだろう。
「調整魂は意思の無い我々に取って都合の良いだけの存在では無い、調整者は彼等と対話し協調する事でより強い能力を使う事が出来るのだよ」
支部長さん曰く、調整者と調整魂は基本的に対等な存在で、互いが互いを尊重する事が出来なく成った時点で超人と呼べる様な能力を振るう事は出来なく成るのだと言う。
そして地球を守ると言う目的で召喚される調整魂の多くは高潔な精神の持ち主で有り、その能力を私利私欲の為に使おう等と思う者に力を貸す事は無い為に、調整者が軍事利用される事は無いのだそうだ。
例えば俺を人質として兄貴に言う事を聞かせようとしても、調整魂がその行動に同意しないのであれば、単純に調整者としての力を失う……と言う結果に終わるらしい。
とは言え、異世界の存在である調整魂も何の思惑も無くこの世界の防衛の為に滅私奉公してくれていると言う訳では無く、彼等には彼等の理屈と道理で動いている部分も有るのだそうだ。
「多くの調整魂は死後更に徳を積む事で魂を磨くのが目的で有るが故に極めて高潔な意思の持ち主だが、中には性質の悪い者が全く居ないと言う訳でも無い……調整者が悪事を働く様に誘惑したり、調整者の肉体を乗っ取るとするとかな」
そうした性質の悪い調整魂は、調整を行う段階で弾かれる様には成っているのだが、所詮人間のやる事に完璧なんて物は存在しない。
その為、実際に稼働してみてから問題行動が発覚して再調整を行ったり、調整解除と呼ばれる措置が取られる事も稀に有ると言う。
「君のお兄さんに憑いた調整魂は決して性質の悪い者では無かったのだが、どうやら想定以上に相性が良すぎた可能性高い。調整魂と調整者が過剰に同調した場合、互いの人格が混同する事で自分が誰かが解らなく成る事が有るのだ」
曰く、調整者と調整魂は同調率が高く成れば成る程に強い力を発揮する事が出来るらしく、相性が良い事は悪い事とはされて居ないのだと言う。
そして調整者は同調率を自分の意思で上げる事は難しいが下げるのは比較的簡単なので、余程の事が無ければ過剰同調に依る意思混濁は早々起こる様な事態では無いのだそうだ。
しかし今回、兄貴は比較的強いモンスターから仲間を守る為に、超えては行けない限界を超えて力を振り絞った結果、過剰同調状態に陥り混乱したままで逃亡してしまったのだと言う。
「厄介な事に過剰同調による意識混濁現象は、時間が経てば勝手に治ると言う物では無いのだ。遭遇し叩きのめし治療を施さねば元に戻す事は出来ないのだよ。不幸中の幸いと言えるのは即座に命に係わる問題では無いと言う事だが……」
支部長さんはそこまで言ってから少し表情を曇らせる、支部長と言う責任ある立場を任される程の人だ、普通の高校生に過ぎない俺に悟らせない様に顔に出さない程度の事は出来る筈なのにソレをしないのは、これから厄介な事を言う前フリなのだと思われた。
「過剰同調者、通称『ピーターパン』はモンスターや調整者の区別無く、強い者に対して見境無く攻撃を仕掛ける性質が有る。防衛隊員が遭遇したならば捕縛する事も出来るだろうが、もしも凶悪なモンスターに遭遇した場合は安全の補償が出来ないのだ」
ピーターパンと言うと夢の国が作ったアニメの『正義感の強い少年』のイメージが強いが、原点と成る物語では『うぬぼれが強い気取り屋で物覚えが悪いが勇気の有る永遠の子供』と言うキャラ付けだと言う。
過剰同調者をピーターパンと呼称するのは、誰彼構わず強い者に対して突っかかっていくその様が『原点のピーターパン』に親しい者だと言う意味合いで、何時しか呼ばれる様に成った物らしい。
そんな俗称が有るのは今回の様に調整者を量産する様に成る以前から、何らかの方法で調整者と似たような存在を生み出す方法が存在しており、そうした者達の中からピーターパンが発生して来た裏の歴史が有るからだそうだ。
故に捕獲さえ出来れば治療する方法は完全に確立されては居るが、問題はモンスターの様に出現する場所がダンジョンの中とは限らないと言う事と、治療が終わるまでの間ろくに回復が行われないと言う事である。
意識の混濁は有る物の常識も丸っと失う訳では無いので最低限の食事位はするそうだが、回復系の能力を持っている訳では無い兄貴は、放って置けば傷付いても治療をする訳でも無くひたすらに強い者を求めて彷徨い戦い続けるのだそうだ。
そんな事をすれば当然の事ながら何時かは弱り倒れる事に成る、ソレが防衛隊の調整者が相手ならば未だ良いが、最悪の場合として考えられるのは何処かのダンジョンに突撃し、強いモンスターに倒されるパターンだと言う……そうなると兄貴の命は無いと言う訳だ。
「今も県警だけで無く各地の防衛隊や自衛隊に他県の警察にも情報を共有し捜索しては居るが、申し訳無いが彼一人の為に全てのリソースを注ぎ込む訳にも行かないのは理解して貰えると思う」
兄貴一人を探す事を優先する為に警察が犯罪の捜査を止める訳には行かない事は理解出来るし、防衛隊だってダンジョンの防衛を放棄する訳にも行かないだろう事も俺にだって容易に想像は付く。
「今回の件は労働災害に類する物として扱い、彼が勤務から外れている間も勤務して居るのと同等の給与を保障するから安心……するのは難しいだろうが、余り心配し過ぎずに待っていてくれたまえ」
……最悪、兄貴の給料が入って来なかったとしても、親父や御袋の遺産として残された貯金も有るし俺自身のバイト代だって有るので直ぐに生活が破綻する様な事は無い。
「あの! 支部長さん、俺に……俺にも何か協力出来る事は有りませんか!?」
兄貴の様に子供の頃から剣道に打ち込んできた訳では無く、戦える様な力が有る訳では無い……けれども、調整を受け超常の能力が手に入れば兄貴を助ける力が手に入るのでは無いか? そう思って俺は、そんな言葉を口にしていた。
そして……それが支部長さんの思惑通りの言葉だったと知るのは、ずっと先に成っての事だった。




