♯.55 長い永い夢からの目覚め
夢を……酷く長い夢を見ていた……。
夢の中の俺は一人の侍でリーゼント頭の青年を『殿』と仰ぎ彼の下で戦いに明け暮れていた、戦いの中で傷付き倒れる仲間達も居たが、彼等は誰一人として恨み辛みを募らせて居る様子は無く、むしろ前のめりに倒れる事に喜びすら感じている様子だった。
この戦いは只単純に土地や食べ物を奪い食い尽くす為の戦いでは無い、天下泰平の世を掴み取る為の戦いだと仲間達全員が思いを一つにして居たからこその熱狂だったのだろう。
きっとこの夢は俺がチューニングで掴み取った魔鍵『叢樣の太刀』に宿る担い手の記憶に違い無い。
彼は……いや彼とその仲間達は、生まれる前から続く戦乱の世に終止符を打つ事が出来ると言う思いを胸に激しい戦いに喜んで身を投じて居たのだ。
人と人が殺し合い奪い合う戦国の時代が、人とモンスターが生存圏を奪い合う時代へと変化した理由やきっかけは、残念ながら俺の見る事の出来る記憶の断片の中では分からない。
けれども殿と呼ばれた青年が
「奴を……六道天魔を討つ事が出来たなら、この火元国は鬼や妖怪が跳梁跋扈する土地を大きく切り開き、人々が安全に暮らす事の出来る場所を得る事が出来る! 戦乱で荒れた土地を復興し火元国を世界に誇れる大国にする事も夢では無い!」
そんな言葉で鼓舞していたのを鑑みるに、その『六道天魔』とやらがモンスターの元締めで、いわゆる『魔王』的な存在なのだろう。
ただ……今見ているコレが完全に叢樣の記憶とは断言し辛い部分が有る、おちょこと徳利で日本酒らしきものを飲んでいるのは良いとして、ジョッキでビールを飲んでいる奴の姿が偶に有るのは俺の記憶と混線してるからか?
他にも酒のあてに天ぷらの乗った蕎麦を食っていたり、カツ丼やらお好み焼きやら時代的に考えておかしい物を食っている者の姿も偶に有るんだよなぁ。
カツ丼を食いながら晩酌にビールとか、お好み焼きを突きながらビールとか割と俺の好みが反映されてる訳だし、コレ絶対記憶の混線起こってるだろ!
幸か不幸かこうして夢を見ていると自覚して居る状態でも、不思議と腹が減って目が覚める様な感覚は無いので我慢は出来るが、本格的に目が覚めたなら何時ものラーメン屋で醤油チャーシューとチャーハンに餃子とレバニラを食おう。
と、そんな事を考えている内に夢の中では大戦が始まった様で、目に映る範囲の全てが一纏めで言えばバケモノとしか呼称出来ない様々なモンスターの群れに覆い尽くされていた。
そんな中に彼等は傷付く事を恐れず、命を落とす事すら顧みず、六道天魔が居ると思しき城へと攻め入って行く。
そうして数えるのも馬鹿らしい程のモンスターを斬り捨てた先で出会ったのは、丸で少女の様な姿をした……けれども三対六本の腕を持ち、その全ての手の平から爪なのか刀なのかも区別が着かない物が生えたモンスター? だった。
「殿! 彼奴の相手は某が! ここから先は一人一殺! なんとしてでも! どれ程の犠牲を強いても! 六道天魔を討ち取ってくだされ!」
覚悟ガンギマリとはこう言う奴の事を言うのだろう、叢樣の担い手は目の前のバケモノを相手に刺し違える覚悟で、仲間達を先へと行かせたった一人でその場に残ったのだ。
いや『ここは任せて先に行け』はバトル漫画なんかでは定番の展開だけどさ、ガチで命を掛けてソレをやるって……あの殿と呼ばれていた青年に対して何処まで信頼と忠誠を持っているんだよ。
「志道とは只信念に死ぬる事と見つけたり!」
六本の腕から繰り出される斬撃を一本の太刀で全て捌き、逆に向こうの懐へと入り込み下からの逆袈裟で一太刀入れる。
流派が違うのでその動きそのままを参考にする事は出来ないが、氣と言う超常の能力を深く修めればアレと同等の事が出来る様に成るのだろう。
しかし……彼が一方的に勝ったと言う訳では無かった、放った斬撃は間違い無く致命傷と成る深さだったのだが、それでも即死は免れたらしい敵は六本の腕で抱きしめるかのように全身を貫かれた。
……だが相手もソレが最期のあがきだった様で、彼は当初の言の通り眼の前の敵と刺し違えて散ったのだった。
「……知らない天井だ……つか天丼食いてぇ」
目が覚めた……そう気がついたのは、天井の蛍光灯の光が眩しかったのと、丁度飯時なのか誰かが食っているだろう天丼の甘辛いタレと油の香りが鼻を突いたからだ。
恐らくここは何処かの病院なのだろう、俺は一体どれ位寝ていたのだろうか?
そんな事を思いながら身体を起こそうとしたその時だった、
「うぐぉあ!? 痛ぇ!? うが!?」
全身を激しい痛みが襲ったのだ。
例えるならば、両手両足がボキッと折れて肋骨に罅が入り痛みを耐える為に蹲った所に横綱がズドンと乗っかってきた感じ……と言えば伝わるだろうか?
いやまぁこのくらいの事に成る覚悟は有ったよ? 限界を超えた能力を使って全力以上の力を振り絞ってモンスターを叩き切ったんだから、死にはしなくても死ぬ程痛いとは思っていたが……マジでここまでとは思っても居なかった。
「兄貴! 目が覚めたのか!?」
俺の叫び声を聞きつけてカーテンを開けて顔を出したのは、俺の可愛い……可愛い? いや可愛いと言うにはちょっと育ち過ぎた弟だ。
「おう和馬、見舞いに来てくれてたのか? すまんな心配掛けたみたいで」
痛みを根性で噛み殺して無理やり笑顔を作りそんな台詞を返す。
「ったく、むちゃくちゃしやがって……本気で死ぬかと思ったぞ。今回の事は貸しだかんな貸し!」
そんな台詞と共に弟の横に顔を出したのは、高校時代まで何度も剣道の大会で鎬を削った好敵手の畑中 雷蔵だった。
「あれ? 雷蔵……なんでお前まで? にしても久しぶりだな、高校最後の大会以来だから五年ぶりか?」
身体を動かそうとせず枕に頭を預けたままで喋るだけならば、痛みは堪えられない程では無い。
「あー、そっか。ピーターパンとやらになってた間の記憶は全く無ぇのか……おいラスカルよ、お前さん一ヶ月ばかり行方不明だったんだぞ。ソレを俺達がわざわざ探してとっ捕まえて治療出来る様にしてやったんだよ」
……ゑ? 俺、千戸玉北ダンジョンの六層で食人鬼の王をぶっ倒した後ここに搬送されたんじゃねぇの?
アレ、ガチで人間食うっぽいし、あそこで打ち倒して置かなけりゃ洒落にならん被害が出ると思って、全力以上の力を振り絞ってぶっ倒したんだぞ? ソレでなんで行方不明に成るんだよ……ってピータパン化か!?
一応、ソレについてはチューニングを受ける前に受講したチューニングで発生するリスクに関する講義で聞いた覚えが有る。
チューニング・ソウルとの同期し過ぎて、自身と彼の者との境界線が曖昧に成り別人の様になってしまうと言う症状だった筈だ。
「え? マジで? 俺ピーターパンになってたの? アレって強い奴なら誰彼構わず襲いかかるヤベー状態だって聞いてるんだが、俺そんなだったの?」
もしも万が一、他のダンジョンに乱入してシフトを乱しまくる様な真似をしていたり、他人の功績を奪いまくっていたり、他所のチューナーに喧嘩吹っ掛けて叩き切ったりしてたなら冗談じゃぁ済まねぇぞ?
ガチで誰かぶった斬って人の命を奪ったりしていたら……多分ピーターパン状態での犯罪は心神耗弱なり心神喪失なりが認められて減刑なり不起訴なりに成るだろうが『現職警察官のやらかし』として報道機関のおもちゃにされるだろう。
下手をしたら与党の失点を狙う野党が、都合よく政争の道具にされる可能性すら有る。
うわぁ俺は警察官として遵法精神や職業倫理は人並みに持ち合わせていたと思っていたが、ソレも全部ブチ壊し……多分チューナーとしての活動も出来なく成るんじゃねぇ?
「安心して良いよ兄貴、幸い他所様に迷惑を掛ける様な事はしてなかったから。ただ……いつも行ってたラーメン屋でホームレスの人だと勘違いされてる可能性は有るけどね」
弟が口にした他人様に迷惑を掛けていは居ないと言う言葉で少しだけ安心するが……行きつけだった店を一つ失ったかも知れないと言う事実を受け入れるのに、俺は少しだけ時間を要したのだった。




