♯.53 人が至る可能性の頂点と異能のリスク
(人の子とは……彼処まで至る事が出来るのか……主が仰った通り人の子とは可能性の塊なのかも知れないな……)
四人の……その内の一人ですら、俺では数合撃も持たずに切り倒されるのが目に見えている程の達人達による斬撃の数々、ソレに加えて更に四人が放つ魔法の数々に、三人の弓使いが放つ鏃の付いていない矢の数々、その全てが一切ダメージを与える事が出来て居ない。
斬り掛かる剣士達の攻撃はきっちり連携が取れ殆ど同時と言って良いものすらも、捌かれ流され躱される。
火属性や水属性の様に目に見える魔法は勿論、風属性の不可視の魔法や雷属性の文字通り光の速さで飛ぶ魔法の数々は、奴へと届く前にまるで壁か何かに当たったかのように掻き消された。
矢玉に至っては無造作に振り払う刀から放たれた風圧の様な物で、一纏めに叩き落されている。
そんな漫画に出てくるヒーローが具現化したかの様な、圧倒的な能力を見せる兄貴の姿を見て、俺に憑いたチューニング・ソウルが頭の中で呟いた。
「氣は只単純に身体能力を強化するだけの物では無い、こうして得物に氣を込めれば斬鉄を為す事も出来るし、己の脳や目を強化する事で他人が瞬きをする程の時間を悠久に引き伸ばす事すら可能だ。まぁ今のお主達がソレをすれば脳が焼き切れるがな」
その場から右足を動かす事無く手にした刀を横薙ぎに振りながら、ぐるりと一回転すると台風並の突風が吹き荒れその場に居る者達を大きく吹き飛ばす。
そうして出来た間に兄貴の身体を動かしている奴は、まるで氣とはこう使うのだと言わんばかりの台詞を口にした。
その圧倒的な暴力の権化とでも言うべき姿が、才能有る人間が努力した末に辿り着く事の出来る境地だと言うならば、言う通り人と言うのは本当に可能性の塊だと言って良いのかも知れない。
「んな事ぁ言われなくても分かってんだよ! 氣と言う能力はもっと万能でもっと凶悪なモンなのは、俺の友達が見せてくれたからなぁ!」
吹き飛ばされた前衛組の中で唯一ダメージらしいダメージを受ける事も無く、見事な着地を決めてそう吠えたのは、狸寺の若和尚さんだった。
その叫びと共に全く届かない距離で振り抜いた仕込み錫杖からの抜刀は、空気を切り裂き飛ぶ斬撃として奴に襲いかかる。
「ほう、飛翔斬か。氣の練りもそこそこ……悪く無い。剣の腕は歳の頃を鑑みれば少々物足りないが、人生之精進……まだまだ伸びる余地は有る」
目に見える程に圧縮された氣の斬撃を奴は右手に持った刀では無く、素手の左手を振り払うだけであっさりと相殺した。
ソレは決して若和尚さんを舐めていたと言う訳では無い、飛ぶ斬撃を囮にして一気に踏み込むと続けざまに直接斬りかかっていたのだ。
けれどもその一撃は刀であっさり受け止められていた。
「ちぃ!? 何処の流派か知らねぇが、随分とまぁ厄介な太刀筋じゃねぇか! 手前ぇ何者だぁ!」
そのまま鍔迫り合いの形で押し合いながら、若和尚さんがそんな事を問いかける。
「ふん……人に名を尋ねるならば、先ず自分が名乗るってのは何処の国でも変わらん礼儀だと思っていたが、この世界じゃぁ違うのか? まぁ良い、他の連中よりはマシな剣腕に敬意を表して名乗ってやろう」
あざ笑う様な口調でそう言い返しながら、若和尚さんのぽっこりと突き出た腹へとヤクザキックを入れて吹き飛ばし、それから大きく息を吸い……
「遠くの者は音に聞け! 近くの者は目にも見よ! やぁやぁ我こそは、禿河近衛二十八武衆が一人! 桂 髪丸也! 我が愛刀は叢蝸牛の殻を百に人食い鬼の角を焼き入れた刃金で打った叢樣の太刀! 血錆に成りたい者から掛かって来い!」
そう高らかに名乗りあげた……トクガワで二十八と聞けば、徳川家康公と共に日光東照宮に祀られている徳川二十八神将と言うのが居るのは覚えているが、その中に桂 髪丸と言う人物は居ただろうか?
いや、刀の材料として叢蝸牛や人食い鬼の角なんて存在も不確かな物が有る事を考えると、恐らくはこの世界の徳川家とは別のトクガワさん家の家臣なのだと思う。
と、そんな事を考えながらも俺はダメージが大きそうな順に手早く回復魔法を飛ばして行くが、奴の言う通り氣を使う事で加速状態に入る事が出来るならば、回復が間に合わなく成る可能性は高い。
奴が言う脳や目を強化する事で発生すると言う加速状態は、ゲーム的に考えるならば一人だけ1ターンに複数回行動出来る様に成る様な物だ。
実際、4人からほぼ同時に斬り掛かられたのを、目にも留まらぬ早技で順繰り捌いて見せた事を考えれば、恐らくその予想は然程間違った物では無いと思う。
今のところ奴はコチラに対して積極的に攻撃を仕掛けてくる様子は無いが、複数回行動から繰り出される連続攻撃を一人に集中させられたら、誰が狙われても回復の間も無く命を絶たれるのは間違い無い。
複数回行動をしてくるボスキャラと言うのは、大概どんなゲームでも強敵だと相場が決まっている。
コレはゲームでは無く実戦なのだからそんな相場は通用しないが、実際に行ってくる奴と相対したら厄介な事この上無い。
俺の回復魔法は未だ練度が低い事も有って一度に一人しか回復出来ないが、奴は纏めて複数にダメージを与えて来るのだから何時かは破綻するのは目に見えている。
不幸中の幸いと言えるのは、奴が本気でコチラを一気に叩き潰すのでは無く、遊んで居るかの様な振る舞いを見せている事だが……その真意がどうなのか分からない以上は、こっちは全力で打つかって行くしか無い。
いやまてよ? 俺の持つもう一つの能力……魔眼に依る麻痺はどうだろう? 今回参戦して居るメンツは魔法使いも含めて絡め手を用いる者は居ないし、恐らくは未だ奴はこうした能力に対して氣を張っては居ない筈だ。
幸い今は未だ即座に回復しなければヤバい程に深いダメージを受けている人は居ない様に見えるし、上手く行けば一気に形勢がコチラに傾く可能性も有る。
そう判断した俺は、右肩に宿る能力を活性化しソレを右目へと集めて行く……
「今だ! パラライズ・アイ!」
氣や魔法とも違う俺の右目に宿る異能の魔眼は、見たモノに対して状態異常を押し付ける物で、相手が耐性を持ってさえ居なければ格上の存在に対しても効果が見込める、チューニングで得られる能力の中では割と当たりと言われている物だ。
「ぐっ……なんと面妖な! 人が妖術を使うだと!?」
幸い奴には麻痺耐性は持っていなかった様で奴は一気に動きを止める……が、感覚的に長く縛ってはいられない上に、格上過ぎる相手に無理やり効果を押し付けた代償なのか右側の視界が赤く染まって目を開けて居られなく成る。
「クソ! 実力で勝て無かったなぁ癪に障るがラスカルの奴を取り返すにゃぁ今しかチャンスは無ぇ! キェリァァアア嗚呼!」
「一気に決めるわよ! ハイ! サイドチェスト!」
「緋天卯鷺流……七九无斬!」
右目に走る痛みを鑑みる限り恐らく暫く魔眼を使う事は出来ないだろう……みんなが一気に勝負を掛ける声を聞きながら、自身に回復魔法を掛けるが目の奥に感じるダメージが抜ける様子は無い。
恐らくは時間逆行型の回復魔法なら、こうした自壊とでも言うべきダメージも『無かった事』に出来るのだろうが、俺に宿ったチューニング・ソウルの回復では即座に治らない物のようだ。
それでも目からの出血自体は止まった感じは有るので、全く効果が無かった訳では無いが……どうやら俺の魔眼は格上の相手に対して使うにはちょっとリスクが大きいようである。
「くっ!? 上手くやられたな。だが、この程度で勝ったと思われては困るでな。そろそろ本気を出させて貰おう。幸い先程の妖術が再び飛んでくる事は暫くは無さそうだしな」
どうやらまだ勝負は付いていないらしい、俺は血に塗れて開けて居られなくなった右目を左手で抑え、残っている左目で改めて兄貴の身体を使う奴を視界に捉えるのだった。




