♯.46 大改変以前の討伐者の経済事情
「すまんな、わざわざ放課後に呼び出して。バイトの時間は大丈夫か?」
体育の授業終わりに放課後もう一度生徒指導室に来るように鮴先生に言われた俺は、バックレる様な真似はせずホームルームが終わるなり素直にこの場所へとやって来た。
「シフトが入ってるのは17時からなので16時までに出れば十分間に合います」
今日のシフトは戦闘では無く回復要員としての待機なので、空き時間に宿題を終わらせてから、手漉きの素手格闘タイプのチューナーの方に稽古を付けてもらう予定である。
「幾らチューニングとやらで超常の能力を得たとは言え、お前は未だ未成年の高校生なんだから無理はいかんぞ。先生が現役の討伐者だった頃も無理が祟って引退どころか命を落とした者も決して少なくなかったからな」
そう言う鮴先生だったが、彼は実は大改変を期に引退した元討伐者だったらしい。
その戦闘スタイルは鍛え上げた身体と技で戦う前衛タイプで、先祖伝来の鎧兜を身に纏い、槍を主武器に刀を副武装とする、戦国時代以前の武士スタイルだったと言う。
なんでも鮴家は戦国時代にとある大名に仕えた武士の家系で、江戸時代以降も家伝の武芸を伝承してきた家柄らしい。
ただし江戸時代には主君を頂かぬ浪人の身分で、その武芸で極稀に出現する鬼や妖怪……現代で言う所のモンスターを討伐する事で対価を得て生活して居たのだそうだ。
第二次世界大戦前まではそうしたモンスターの討伐に報奨金も出ていたのだが、戦後の混乱期以降はよほど大きな案件に成って誰かが報酬を出すとかそう言う状況にでも成らなけりゃ金には成らないと言う状態に成って居たと言う。
なので鮴先生も先祖代々の家業として討伐者を続けては居たものの、収入自体は教師としての給料が全てだったそうだ。
そして大改変の結果、ごくごく一部の限られた討伐者で無ければモンスターの対処は出来ないと言う状況では無く成った為、教職と婚活に専念する為に討伐者を引退したと言う事らしい。
……うん、公立高校の教師なんて薄給な上に残業マシマシのブラック労働で、ソレに加えて金に成らない家業なんて抱えてたら、そりゃ嫁さんなんか貰えないよね。
ではチューニングを受けてチューナーとして収入を得ると言う方向に何故舵を切らなかったかといえば、教職員として生徒を導く為に教師と成ったのに、そっちの方が稼げるからというだけで生徒を見捨てて別の仕事に行くのは違うだろう? と言う事らしい。
『生徒を導く』と言う志だけなら、多分金田先生も同じなんだろーが、あっちは所謂『自虐史観』に基づいた教育で『正しい日本人』として生徒を導きたいんだろう。
対して鮴先生は筋肉が暑苦しいし、顔もまさにゴリラ系体育教師を絵に書いたような濃さ……だが、生徒の事を第一に考えて様々な指導をして居るのが、話していても理解出来る様な『良い先生』だ。
「私も多少なりとも腕に覚えは有るが、流石にチューナーとしてのあれこれを教える事は出来ないからなぁ。だが、空手や柔道と言った一般的な武道の基礎くらいなら教えられるから必要なら何時でも言いなさい。特に受け身は身に着けて置いて損は無いぞ」
空手や柔道の基礎くらい……と軽く言ってるが、どっちも熟せるって割とレアじゃね?
確か体育で必修の武道は『柔道』『剣道』『相撲』に加え『その他武道』と規定されていて、担当する体育教師が教えられる物の中から選択するように成っていた筈だ。
実際、俺が通っていた中学校では男女問わず柔道か剣道のどちらかを選択するように成っていた。
んで、今の高校では柔道、剣道、相撲の他に空手と薙刀に弓道も選択可能なんだよなー。
ただし体育の先生は4人しか居らんので、希望人数が少なかった2つが毎年除外される事に成ると言う訳だ。
なお鮴先生は全部教える事が出来ると言う辺り、マジで『武芸十八般全てに秀でてこそ真の武士』と言う様な鍛え方をして来たんだろう。
「一応、向こうで空き時間に指導して貰っているので大丈夫だとは思います。ただチューニングを受けてから身体能力が大分上がってるので、体育の授業でどれ位に加減すれば良いのかは教えて下さい」
自衛官や警察官出身のチューナーは近接タイプの能力者以外でも、前歴からある程度武道の経験を積んでいる為、そうした基本を教えてくれる人には事欠かないのだ。
「まぁ……防衛隊の千薔薇木支部長は隠神先生だし、確かにその辺は大丈夫だよなぁ。あ、隠神先生に会う事が有ったらよろしく伝えてくれ。直接指導を受けた訳じゃぁ無いが、県下で剣道に携わってるなら知らん人は居らん先生だからな」
なんでも支部長さんの今は亡き父親が開いた道場出身者は、県内外で多数活躍しておりウチの高校の剣道部でもエースと言える者も、やっぱりそこの道場で小学校時代から剣道をやっていたと言う。
今は支部長さんの息子さんが道場主として指導して居るらしいが、畑中先輩も支部長さんを『大先生』と呼んでた覚えが有るし今でも影響力は有るのだろう。
「にしても荒居のお兄さんがピーターパン化現象を起こしているとはなぁ。アレは厄介なんだ本当に……」
ウチの高校では生徒が出したアルバイトの申請に対して許可を出すのも生徒指導教諭の職分なので、防衛隊でチューナーに成ると言うのは最初から隠すこと無く話していた。
その際にモンスターとの戦いに対する危険性等の話を、いやに実感が籠もった形で話してくれたので聞いてみたら元討伐者だった……と言う事で、俺は自分が何故チューナーに成ったのかとか、その辺の事情を全部先生には話して有るのだ。
「先生が現役だった頃の仲間も一度アレに罹って行方を眩ませた事が有ってなぁ……。行方不明に成ったのが仙台の辺りだったのに、見つかったのは何故か名古屋だったんだよ。しかもその間公共交通機関を使った記録は無し、恐らくは徒歩で移動したんだろうな」
聞けば修行の果てに自力で氣を開眼した武術家系の討伐者以外は、チューニング技術確立以前も様々な方法で超常の存在の能力を借りて居り、そうした者達はやはりピーターパン化現象を起こす事が有るのだと言う。
そうした過去の記録がそれなりに数が揃っているからこそ、兄貴を確保さえすれば治療は簡単だと言われているのだが、先生の話に依るとその確保がかなり大変だと言う事なのだ。
「まぁ先生の方でも引退した討伐者の伝手に当たって見るから無理だけはするなよ。お前は元々格闘技をやっていた訳でも無いんだから、身体能力の強化を使いこなすのは難しい筈だ。飽く迄も自衛の為の武器の一つ……位に考えて立ち回るんだ」
いや……まぁ……うん、おんなじ様な事は防衛隊の皆から散々言われている、自衛隊や警察で相応の訓練を積んだ人達ですらチューニングで得た能力が後衛タイプなら、無理に前へと出たりはせず素直に後衛としての役目に徹しているのである。
ましてや身体能力強化が得た能力の一部とは言え、魔眼や回復魔法と言う後衛としてでも十分に貢献出来るのだから、使い熟せていない強い腕力を振り回すのは彼等から見れば蛮勇としか映らないのだろう。
加えて俺が日本国内では初の未成年チューナーだと言うのも、周りからすると保護すべき子供と見られている一因と言える様に思う。
なんせ周りの殆どは国民を護る為にその身を国家に捧げる事を誓った『警察官』に『自衛官』なのだ、幾らチューニングで超常の能力を得たとは言え護るべき者と看做されるのは仕方な無い。
「金田先生の事は私から校長に報告して置くから安心してくれ……あの人も思想がちょっと偏っている事を除けば生徒思いの良い先生なんだがなぁ。兎にも角にも気を付けて仕事に行くんだぞ? まぁ今のお前ならそうそう事故に会う様な事も無いだろうが」
結局、今日の呼び出しの理由はソレだったんだろう、先生はそう言うと指導室のドアを開け俺を送り出すのだった。
今週末はまた遠征が有るので、次回更新は早くて月曜深夜と成る予定です
ご理解とご容赦のほどよろしくお願い致します




