♯.45 道場稽古とオカマッスル
昼飯を食って一休みしたら、他にやる事も無いので支部の稽古場で剣士以外のチューナーにも手合わせして貰う。
俺自身はブレードバニー先輩の様なトリガーハッピーならぬブレードハッピーとでも表現出来る様な、三度の飯より戦うのが好きと言う訳では無いが、それでも武道家として高みを目指す努力が嫌いだと言う訳でも無い。
今までは剣道と言う枠組みの中でだけソレを目指して来たが、チューナーとして活動する以上はどんな敵と相対する事に成るか想像する事も難しいだろう。
と成ると、兎に角色んな相手と手合わせする事で経験の幅を広げる事が大事に成ると言う判断である。
幸いチューナー同士の稽古としての手合わせは、回復役が交代で常駐して居る支部に併設された道場で行う分には奨励すらされて居り、俺達の様な即戦力に成れなかった適正と素の戦闘力が噛み合わなかった者達も稽古に励んで居た。
……そんな中に時折、支部長こと大先生も混ざって若い連中に、無調整の身のままで稽古を付けて完勝していたりもする。
あの人は外交官として現役だった頃には、紛争地域やら警察とマフィアが癒着して治安が最悪な国やら、兎角危険な場所にばかり赴任して来たそうで、そうした中でテロリストなんかとドンパチした事も有るらしいので達人通り越して超人の域に居ても不思議は無い。
銃器を得物として居る元自衛官のチューナー相手に、訓練用のゴム弾を見事に躱して間合いを詰めて竹刀で一閃する姿とか最早漫画の世界だし、俺が真似しようとしても蜂の巣にされる未来しか見えない辺りチューニング無しでも強い人は強いと言う事だろう。
「あら? 貴方は確か小熊猫君よね? この間はご馳走様でした。
手合わせの相手を探しているのかしら? 魔法使い相手で良かったら私が御相手してあげましょうか?」
と、道場の中を見回しつつ歩いて居たら、唐突に野太い声でそう言葉を掛けてくる人物が居た。
その声の主は『後ろを任せたくないチューナーNo.1』と言う嫌な称号を持つ『薔薇貴婦人 ミスターゲイ』先輩だ。
魔法使いと言えば、普通は後衛に位置取り前衛が敵を抑えているウチに大火力の魔法を叩き込む……と言うのがゲーム的なイメージらしいが、現実の魔法使いと言うのはある程度近接戦闘の訓練も積んでいるのが基本だと言う。
とは言えその中でも彼? 彼女? は独特の美意識と戦闘スタイルの持ち主で、使う魔法も『筋肉魔法』と称する珍妙なモノで有り、どちらかと言えば前衛寄りに運用されることが多いらしい。
ちなみに今は戦闘時では無いと言う事なのか、普段の戦闘服である薔薇色のドレスでは無く、男子のレスリングやウエイトリフティングの選手が着ている様なピッチリとしたトレーニングウェア姿である。
そのはち切れんばかりの筋肉は格闘家のソレでは無く、完全に見せる……いや魅せる為の筋肉でその鍛え方がボディビルダー寄りのモノで有る事を物語っていた。
「そーっすね、一本お願いしてもいいっすか? 特に魔法使いの人とやり合った事ぁ無いんで、経験を積む為に胸お借りします」
バニーさん以外にも近接戦闘タイプの人とは何度か手合わせをして居るが、魔法使いを含めた遠距離タイプの人とやりあった事は今の所は無い。
自衛官出身の人でも銃をメインに据えている人は、実はここの支部には殆ど居ないのだ。
なんせモンスターにダメージを通せる特殊弾頭は目玉が飛び出る程に高い……と言う程じゃぁ無いがソレでも決して安い物では無い。
故に自衛隊出身のチューナーはチューニングで得た能力をメインに据えて、銃器はあくまでも最期の手段として持っていると言うのが殆どである。
まぁ中にゃぁ『狙撃手ピノキ王』先輩の様に、無駄弾を撃たないから問題無いと銃器をメインに据えている人も居ない訳では無いが……まぁソレはレアな例だろう。
「あら? 私の胸板がそんなに魅力的? でも御免なさいね、私は可愛い男の子が好みなの。貴方の様な武張った男の子は好みから外れるのよねぇ」
……ミスターゲイって名前は、本名の鯨さんの音読みから来ている物だと思ってたがこの人マジでゲイなのな、そら後ろを任せたくないとか言われるわ。
俺がターゲットに成る可能性が有るなら尻が寒く成る様な感覚を覚えたのかもしれないが、どうやら俺は彼女? の好みからは外れる様で実際狙われている様な気配も感じなかったので、安心して稽古に身を入れる事ができそうだ。
「そ~言う意味じゃぁ無いっすよ、いや……分かっててからかってるんですよね? あと一応ラスカルの弟に手を出すのは兄貴が無事に見つかるまで待って下さいよ。帰ってきたら弟が手籠にされてたとか流石に可哀想過ぎるんで」
恋愛観や価値観なんざぁ人それぞれだし、オカマだろうがゲイだろうがホモだろうがニューハーフだろうが、俺自身が狙われて居るんじゃ無けりゃ割とどーでも良い。
世の中にはそうした人達を倒錯した趣味だとか、非生産的だとか、単純に気持ち悪いとか、生理的に受け付けない……とか様々な意見が有るんだろうが、俺の個人的なスタンスとしては他人に迷惑を掛けないなら好きにすりゃ良い……と、思う訳だ。
「いやねー、確かにブレイバー君は可愛いけれども、未成年の子に手を出す程見境無い訳じゃぁ無いわよ。バニーちゃんは昔から年下好きの気が有るからどーかは知らないけどね」
正直ブレードバニー先輩になら俺も狙われたいと思うが、多分あの人とそう言う関係に成ると、下手にケンカする様な事がありゃ刃傷沙汰は不可避だろうし、ソレは流石に勘弁して欲しいんだよなぁ。
「さて……そろそろ始めましょ。お喋りで時間潰すのも嫌いじゃぁ無いけれど、私達の本業は飽く迄も戦闘職、どんな妖怪を相手取るかも分からないのだから、普段から可能な限り研ぎ澄まして置くのも仕事の一つよ」
言いながら両の拳を腹の前で合わせる様にして、全身の筋肉を膨らませるミスターゲイ先輩、その表情は今までと変わらず笑顔では有るが、その質は気優しい人のモノから肉食獣のソレへと変化して居た。
背筋を伝う冷たい気配に俺は即座に右へと大きく飛んだ、直後今まで居た場所に不可視の攻撃とでも言うものが地面に穴を穿つ。
なるほど……コレが筋肉魔法か、その名から筋力を増強したりとか、遠距離攻撃が有るとしてもSMAAAAASH! って感じで拳から拳圧を放つとかそう言う感じだと想像して居たのだが、まさかポージングするだけで攻撃が成立するとは。
「そらそらどんどん行くわよ! ダブルバイセップス!」
両腕の力こぶを見せつける様に拳を頭の横へと持ち上げるポージングを取ると、今度は下から吹き上がる様な殺気を続けざまに感じ、即座に前へと踏み込む事で躱す。
……見えない攻撃ってのがここまで厄介なモノだとはな。
ソレでもなんとか回避出来ているのは、向こうの攻撃は殺気が先に来て攻撃そのものは一瞬遅れて発生して居るが故だ。
いや正確に言えばコレは殺気では無いのだろう、ミスターゲイ先輩は訓練で一々殺す気で攻撃する様な馬鹿では無い筈だ、しかし俺が感じているソレは剣道の枠内では感じた事の無いモノで、先生や大先生に稽古を付けて貰った時に感じたモノと同質のモノだった。
先生たちだって稽古で殺す積りで仕掛けて来た訳では無いだろうが、彼等はソレを『殺気』だと断言しソレに耐える胆力を養う為の訓練だと言われたものだ。
「嘘でしょ!? なんで初見で対応出来るのよ!? いい加減食らいなサイドチェスト!」
右腕の手首を左手でつかみ上腕と胸板を強調するポージング、飛んでくる気配は胸の高さ辺りを大きく薙ぎ払う様なモノ……俺は即座に頭から地面に飛び込み前転する形でソレを避けつつ間合いを詰める。
そのまま立ち上がり脇腹から引き抜いた碧紅國守を斬れ味を最低まで落とした状態で相手の胴を薙ぐのだった。




