♯.39 灼熱の鞘当てとピータパンの実情
……何故、俺はここに居るんだろう? いや、小熊猫さん達の言う通り、デカいボーナスが入った時には周りの妬みを買わない為にも奢ったりした方が良いと言うのは理解できる。
俺の通っている高校は一応県下では上から数えた方が早い位置に有ると言う事に成っている進学校で、アルバイトは禁止でこそ無いが許可制で定期テストの結果次第ではソレが取り消される事も有る程度の縛りが有るのだ。
そしてバイトに時間を割く位ならば内申点を稼ぐ為にも部活に精を出したり、塾に通って大学受験を突破する事に繋がる事を優先する事が奨励されて居る事も有って、実際にバイトの許可を取るのは俺の様な家庭に事情を抱える者が殆どである。
そんな訳でバイトして居る者よりもバイトに縁の無い者の方が圧倒的に多い学校なので、稼ぐ事の大変さを理解していない者の方が学校内の大半を占めている事で一つの問題が有ったりするのだ。
ソレは『タカリ』とまでは行かずとも、バイトをして居る者の給料日には友人にジュースの一本も奢らなけりゃケチ野郎扱いを受けかねないのである。
勿論、俺の様に片親だったり両親が居ないとか割と重い家庭事情を抱えた者に対しては、流石に周りも気を使うらしく『無理するな』とは言われるのだが、ソレはソレでなんと言うか……こうプライド的な問題で受け入れたくなかった。
とは言え、ウチの高校の連中は同じ町内に有るバカ高とは違い、金銭トラブルからイジメだなんだに発展させれば、受験に不利に成る程度の事は誰しも理解して居るので、ガン無視した所でちょっと陰口を叩かれる程度の話でしか無いんだけどね。
兎にも角にもバイト代と言う明確に時間と体力と精神力その他諸々を代償にして得た物ですら、ジュースの一本でも奢らなければ妬み嫉みの対象と成るのだから、俺達が今回得た様な棚ぼた的なボーナスならなおさらソレは顕著な物に成る筈である。
なのでヘイトを少しでも薄める為に同僚であるチューナーに連絡を回して、来れる人を集めてお高い焼肉屋でパーティータイムだと言うのは分かっているんだ。
問題は……
「ねぇ……ブレイバー君、ちゃんと食べてる? こっちのタン塩も焼けてるわよ?」
「あらバニーちゃん、ブレイバー君みたいな若い子なら、もっと脂ギッシュなお肉の方が良いわよ。ほーらこっちの上カルビもいい感じよ?」
何故か俺の両隣に座っているのが、兎なのに肉食系とかネットでは言われているブレードバニーさんと、後ろを任せたくないチューナーNo.1の称号を持つ『薔薇貴婦人 ミスターゲイ』さんだと言う事だ。
……いや、俺も健康な男子高校生だし色っぽいブレードバニーさんに世話を焼いて貰えるのは正直嬉しい。
が、しかし反対側に居るのがYou Tunerでも登場するだけで『絵面の暴力』とか言われたり『ノンケでもホイホイ食っちまいそう』とか言われているミスターゲイさんだと言うのは正直勘弁して欲しい。
ちなみにミスターゲイさんは州知事を務めた事の有る某ボディビルダー並の肉体を、薔薇色のロココスタイルドレスに無理やり押し込んだと言う様な姿で、『The男性!』と言う様な顔立ちに下手くそな女装化粧をした……としか表現出来ない人物である。
その美貌()から想像が付くかもしれないが、彼? 彼女? は警察官でも自衛官でも無く市井の討伐者出身で、その戦闘スタイルは圧倒的な肉体にものを言わせた肉弾戦……と思わせて置いて実はゴリゴリの魔法使いだったりする色々可怪しい人物だ。
まぁ使う魔法のジャンルが『筋肉魔法』と言う物なのが、らしいと言えばらしいと言う感じでは有るが……。
なお今そのマッシブボディを包んでいるのは肌も露わな黒いイブニングドレスで、正直視界にあまり入れたくない酷い絵面の暴力である。
「そう言う鯨先輩は、カルビみたいな脂っこいお肉食べて良いんですか? 糖質も脂質も余計な脂肪に成るっていっつも煩く言ってる癖に……まぁ、私は脂肪は付いても良い場所にしかつかないから良いんですけれどー」
言いながら付いて良い脂肪の下で腕を組んでソレを強調するブレードバニーさん……思わずソコに目が行くのは健全な男子ならば当然の事だろう。
鯨と言うのはミスターゲイさんの本名でフルネームは安藤 鯨さん、二人は大学生時代に所属していたプロレス同好会で先輩後輩の間柄だったらしい。
「あんただってもう5年もすれば下っ腹に付く様に成るわよ。ソレに今日はチートデイだから食べに来たのよ、食えないのに来るなんてソレこそ御大尽してくれた人に失礼じゃないの……あむ」
上カルビでライスを包んでソレを頬張り、しばしの咀嚼の後ジョッキのビールを一気に呑み干すミスターゲイさん。
……そんな俺達のやり取りに近くの席に座っている男性陣は我関せずと言わんばかりに、山盛りの肉や野菜を焼いては食らいビールを鯨飲していた。
いや実際、関わり合いに成りたく無いのだろう、6人掛けのテーブルに大型のコンロが据え付けられている店内で、俺達が座っている席の真正面の3席には誰も座っていないのだから。
その分6人で使うコンロを半分の3人で使えるので、焼肉戦争とか縄張り争いみたいな物は起こり辛いが、ブレードバニーさんもミスターゲイさんも割とよく食う人なので、正直俺は自分の食い扶持を死守するので精一杯だったりする。
かと言って、二人が焼いた肉を勧められるがままに食うと言うのも、なんと言うか彼女達の間で繰り広げられている微妙なやり取りの関係的に嫌な予感しかしないんだよなぁ。
「あ、済みません。豚足くださーい、あと次はコーラお願いしまーす」
そんな二人のオススメを回避して俺は自分の好みの品を追加注文する、お袋が生きてた頃に一度来た事が有るが、この店の豚足は丸のままでは骨を抜いてから棒状に整形した上で輪切りにしたと言う代物だ。
「あら、豚足良いわね。コラーゲンたっぷりでお肌もプルプルに成るわ。店員さんごめんなさいね、今の豚足4人前でお願い」
「コラーゲンは食べても美肌効果が無いって、この間私に言ってたの鯨先輩じゃないですかー、私も欲しいからソレ6人前に変更お願いしまーす」
俺的には独特の食感が好きで食いたかっただけなんだが……どうやら女性的にはコラーゲン云々の美肌効果が重要らしい。
「にしても……ブレイバー君は本当に精神太いわねぇ。お兄さんを助ける為にチューナーに成ったって言うのに焦って暴走する様な事も無く、こうして落ち着いて腹拵え出来るってのは戦い続けるのには全体必要な資質よ?」
焼き上がったロース肉でライスを包んで更にレタスの様な葉野菜で包み丸っと齧り付きながら、そんな事を言いだすブレードラビットさん。
「兄貴の事は焦った所でドツボにハマるだけでしょう? 今の所は警察の捜査網にも防衛隊の情報網にも引っかかって無いって言うんだから、素人が一人で突っ走った所で見つかる訳が無いですよ。ただ……飯をちゃんと食ってるかだけは心配ですけどね」
大陸の某国とは違い日本はまだまだ監視カメラの数は少ない、ソレでも大きな通りやコンビニの様な店に有るカメラの映像を繋ぎ合わせれば、かなりの情報が集まる筈である。
しかしソレに引っかかっていない以上は、兄貴は少なくとも人目に付きやすい甲冑姿のままと言う訳では無く、市井に紛れる程度の偽装はして居るのだろう。
そうなると口にした通り、探偵とかそうした技術も無い素人が人探しなんてしても時間の無駄でしか無い。
一応銀行には口座情報の監視をする様に警察から連絡が入っているらしいので、兄貴が金を下ろせばその情報は警察に上がる筈だし、ソレが無いと言う事は今の所は手持ちだけでなんとか成っていると言う事だと思う。
「ピーターパン現象は割と厄介なのよねぇ。アレは所謂記憶喪失みたいな物で常識とかが消える訳じゃぁ無いんだけれども、自分が誰かとか口座の暗証番号なんかは思い出せなくなるからとっ払いの仕事でも見つけなけりゃ積むのよ」
……えらく実感の籠もった風な口ぶりでそう言うミスターゲイさん、聞けば大改変前に一度、仲間がピーターパン化してホームレス生活をして居る所を保護した事が有るのだと言う。
当時は未だ当日現金払いのバイトなんて物が、やましい仕事じゃぁ無くても有ったらしいが、今の世の中だと中々そうした仕事は無い様に思えた。
「豚足六人前とコーラにビールの追加お待たせしましたー!」
今日のボーナスから俺の取り分を使って兄貴を探して貰える様に探偵とか雇えないか、支部長さんに相談してみよう……そう心に決め、俺はジョッキに入ったコーラを呷ったのだった。




