♯.37 緊急事態の対応と新たな任務
『ぴ~んぽ~んぱ~んぽ~ん。えー、業務連絡、業務連絡、ゴールドブレイバーは至急戦闘行動を切り上げ医務室まで来てください、急患です。ぱ~んぽ~んぴ~んぽ~ん』
そんな声が聞こえてきたのは、先輩……小熊猫さんが闇麒麟の首を叩き斬るのと殆ど同時の事だった。
恐らくは俺達よりも下の階層でモンスターの討伐を行っていたチームが、この闇麒麟に倒されて医務室へと強制転移されたのだろう。
医務室には異世界から運ばれた魔法の薬がある程度の量備蓄されて居る筈だが、それとて無料で納品されて居る物では無い。
怪我人が出る度にぼったくり一歩手前とも言える様な金額の薬を湯水の如く使って居ては、ダンジョン建設に絡んで多少経済状況が良くなったとは言え、日本の税金はあっという間に底を突く事に成るだろう。
しかし俺や魔法使いラブりんさんの様な回復魔法使いが居れば、その能力を用いて回復を行う方が圧倒的に安く上がるのである。
なお同パーティで潜っている時や、大型モンスターを相手に共闘して居る時は兎も角、今回の様な緊急呼び出しや治療の為に医務室に詰めている時には、回復魔法を使う度に回復代がもらえる事に成っているが、ソレでも薬より魔法の方が安いのだ。
「急患って事は緊急離脱使って戻れって事だよな? シャイン先輩、ラブりんさんはこー言う時どうしてたっすか?」
小熊猫さんがシャインさんにそう問いかけた。
俺達チューナーがダンジョンに潜る際に持ち歩く事を義務付けられているボディカメラと追跡撮影用のドローンの映像は、ダンジョン内部の情報を統括する管制室にリアルタイムで送られておりそちらと通信する事も出来る様に成っている。
先程のやる気が無いとも聞こえる様な口頭チャイムと業務連絡も、ドローンのスピーカーを通して送られて来た物だし、恐らく管制官も闇麒麟の撃破を見越して声を掛けて来たのだろう。
「回復役の緊急呼び出しが入った場合は、チーム全員が離脱装置を使って帰還する事に成っている! 討伐に使える時間が減る分別途手当が出るし、多分闇麒麟撃破にボーナスも出るだろうから、今日の稼ぎとしては十分な額に成ると思う!」
シャインさんが答えを返しつつ、ドローンを操作しダンジョンからの離脱を行おうとしたその時だった
『業務連絡! ゴールドブレイバーの呼び出しを一旦取り止め! 眼の前のモンスターの死体を確認せよ! 何かが可怪しい!』
再びドローンのスピーカーからそんな言葉が飛び出したのだ。
モンスターは打ち倒されるとこの世界に存在する為の『何か』が失われ、蒸発するかの様にあっという間に煙と成って消えていくのが普通だ……しかしたった今、先輩が首を刎ねた闇麒麟は未だ消える事無くその場に横たわっていた。
いや、完全に原型を留めていると言う訳じゃぁ無い……よく見れば少しずつ小熊猫さんが斬った部分から蒸発が始まっているのがわかるが、他のモンスターと比べて目に見えて気化が遅いのは間違いない事実だった。
「確かに可怪しい、最下層に出現するボスと通称される大型モンスターを倒した時だって、こんなに蒸発が遅いなんて無かったで御座る」
鞘に納めたままの忍者刀で、闇麒麟の死体を突付きながらコウガマンさんがそんな言葉を口にする。
『管制室からの指示内容を変更する、討伐の切り上げ指示は変わらないが、治療の為の緊急脱出では無く、そのモンスターの死体が残っている内に持ち帰って欲しい。モンスターを構成する物質なんかが少しでも解明出来ればその価値は計り知れない』
するとドローンのスピーカーを通して、管制室から更に指示が飛んできた。
海外ではモンスターを生け捕りにして研究しようとする試みが行われた例も有るらしいが、多くの場合は雑魚と呼べるモンスターですらチューナーの居ない研究施設では手に余る存在で、大暴れして施設が壊滅した……なんて事に成っていると言う。
今回の様に揮発が異常に遅いモンスターの例は、少なくとも日本では初の事例で有り、死体ならば暴れ出す危険性も薄いだろうし、その研究的価値は確かに大きな物に成る筈だ。
「「「うげぇ……」」」
けれども大型の馬や牛並の大きさが有る死体を、完全に蒸発する前に担いで戻ると言うのは、チューナーの強化された身体能力を持ってしても明らかな重労働だ。
神話的存在を科学的に解明すると言う前代未聞の作業に携わる事が出来ると言う、知的好奇心が疼く俺以外のメンツがそんな声を漏らすのは当然だろう。
『即金では大した額を出せないが、その死体から得られた成果次第ではボーナスは期待できる筈だ。ウチの支部長はその辺をケチる様な人物じゃぁ無い事は知っているだろう? と言う訳で君達は死体の搬送を優先してくれ。安全の為に次のシフトの者を突入させる』
次のシフトの者を入れると言うのは、俺達が戻るルート上で新たに出現したモンスターを倒して、麒麟の死体を抱えた俺達が他のモンスターと戦わずに済む様に手配すると言う事だ。
「……そこまで言われたら持って帰るしか無ぇよなぁ、ぶっちゃけ面倒クセェけど」
「命令系統的に管制官の言う事は絶対なのは警察や自衛隊と変わらぬで御座る」
「ここまで無茶振りをしてくる派遣先は久々だ! 某宅配業の配送センターに派遣された時を思い出す!」
戦いの場で無駄な荷物を抱えて移動すると言うのは、極めて危険な行為だしソレを嫌がるのは当然の事である。
だがそうした危険は排除するから持って来いと言われているのだから、やらざるを得ないのは雇われ人で有る以上は仕方が無い事なのだ。
それでも愚痴が出る大人達を後目に俺は素直に切り落とされた麒麟の首を担ぎ上げるのだった。
「やっと戻ってきたか!? 緊急輸送の準備は出来ている! そのまま外に来ているヘリに積み込んでくれ!」
無事ダンジョンから出た俺達を出迎えたのは、先程スピーカーから聞こえてきた声の主だった。
七三分けの髪に黒縁メガネ仕立ての良いスーツ……と、いかにも役人、官僚と言った雰囲気を纏う彼は、ここ末戸科学跡ダンジョンの管理責任者で西園さんだ。
そんな見た目とは違い彼はチューニング技術を確立させた科学者の一人だそうで、モンスターを研究する為に現場であるダンジョンに常駐すると言う割と危険で面倒な役目に立候補したと言う異色とも言える経歴の持ち主らしい。
「気化状態はどうだ!? 未だ原型を保っているだと!? しかし管制室で見ていたより明らかに小さく成っているな……急いで積み込んでくれ! 直ちにヘリを飛ばせば完全に揮発する前に研究所へ届ける事が出来る筈だ!」
その言葉の通り、俺達が運んできた闇麒麟は戦っていた時に比べて二周りは小さく成っているのだが、表面から溶けて皮や肉が揮発して行くのでは無く、姿をそのままに徐々に小さく縮んでいると言う感じなのだ。
俺が担いで来た麒麟の首も、最初はセントバーナードの様な大型犬位の大きさが有ったのだが、今では精々柴犬位まで縮んでいる。
本体の方も三人がかりじゃなけりゃ厳しい大きさだったのが、今では小熊猫先輩一人でも無理すれば背負えるだろう大きさにまで小さく成っていた。
確かにコレは急がないと、折角運んできた意味が無く成るかも知れない。
皆そう判断したのだろう、西園さんの言う通り麒麟の死体を抱えたまま、直ぐにロビーを抜けて外へと出る。
建物の外に有る駐車場の反対側に取られた広いスペースは、元々ヘリ発着場として整備された場所の様で、そこには直ぐに飛び立てる様にエンジンを切らず爆音を響かせているヘリコプターが着陸して居た。
……多分コレって本来は回復魔法や魔法の薬じゃぁ回復しきれない様な大怪我を負ったチューナーを病院へ緊急搬送しなけりゃ成らない時の為に整備された場所なんだろうな。
自分が世話に成る事が無い様に祈りつつ、俺達はヘリコプターに置かれた西洋式の棺桶らしき物の中に麒麟の死体を納めるのだった。




