♯.34 新たなモンスターと裏世界の実力者
コウガマン先輩が放った懐中電灯の閃光がメメタノガマを眩ませた隙を突いて、一気に踏み込んだ俺は八相に構えた大太刀を横薙ぎに振り払い、七匹は居たそいつ等を纏めて叩き斬る。
漢字で書けば『目々多蝦』と成るらしいソイツは、その名の通り身体中にやたらめったら目の有る無駄に大きな気持ちの悪いガマガエルだ。
目ン玉ってのはどんな生き物でも、皮膚と言う最低限の防御にすら守られていない弱点と断言して良い部位で、しかも多くの場合その奥には脳と言う心臓と並ぶ最大の急所が有るのが普通である。
そんな急所が全身余す所無く無数に存在して居るのだから、コイツはこのダンジョンに出現する中でも雑魚中の雑魚……と、言いたい所だが何気に打撃に対する強い耐性と、人の頭を丸呑みすると言う厄介な攻撃を持っていたりするのだ。
とは言えこのガマ鋭い牙を持っている訳では無く、頭をガブッとやられても即座に命に関わるダメージに繋がる訳では無いが、手早く引っ剥がさないと窒息死する可能性は多いに有る、と言うかコイツの被害者はほぼソレらしい。
ガブッとやられた状態で大人しくしてくれるので有れば、単独行動さえしていなければどうとでも成りそうな物だが、ヤツは人の頭を的確に丸呑みすると引っ剥がされない様に長く伸びる舌を首に絡めた上で可能な限り暴れまわるのだそうだ。
首に舌が絡んでいる以上、ただ単に引っ張って剥がそうとすれば首が締まる事に成り、上手く剥ぎ取る事が出来ても命の危険は大きい事に変わりない、と成ると安全に外すにゃぁ他の誰かが胴体を抑え込んで、その隙に刃物で切り剥がすと言う方法しか無く成る。
厄介なのは単純にぶった切る様な真似をすれば、当然中身も叩き切る事にも成りかねない為、ナイフの様な小さな刃物で丁寧に切り開く必要が有るが、モンスターにダメージを与える事が出来る小さな刃物なんて持っている者は極々一部だろう。
基本的に異世界の存在にダメージを与える事が出来るのは、超常の能力が籠もった物だけで、俺の様にチューニングで得た魔鍵と呼ばれる武器か、付喪神の様な『神秘』が籠もった武器、もしくはチューニング能力その物だけなのだ。
今回のチームの場合、コウガマン先輩が操る手裏剣は能力で出現させている物で、投げても良しナイフ代わりにしても良しと、非常に使い勝手の良い得物と言えるだろう……まぁ元々手裏剣ってのは忍者が使う多目的ツールと言う側面が有るらしいが。
兎角、コウガマン先輩が居てくれるからこそ、俺は迷いなくこのメメタノガマに向かっていける訳だ。
ちなみにコイツ等が相手だと、打撃攻撃がメインのラスカルの弟や聖シャイン先輩は倒すのにかなりの時間が掛かる……それくらい打撃に対する抵抗力が高いらしい。
まぁシャイン先輩は無調整で討伐者をやっていた人達の中では、かなり若手に成るらしいがソレでも生身の人間な素の能力で超常世界の住人達と渡り合えたと言うのだから、その戦闘能力も経験も半端なモノでは無い筈でこの辺の雑魚にてこずる事は無い筈だ。
「刃沙剣制流唐手……面貫手!」
……実際、俺が打ち漏らしたメメタノガマを黒いオーラを纏った手刀で貫いて居る辺り、空手系の格闘家では有るが打撃以外の攻撃方法は普通に持っている様である。
「小熊猫! 良い斬撃だが詰めが甘い! あの群れ方なら君の得物と腕なら一薙ぎに出来た筈だ! ゴールドブレイバー程では無いにせよ、君も少し気が抜けているのでは無いかな!?」
シャキーン! と音を響かせてみょうちくりんな決めポーズと共にそう言う聖シャイン先輩。
彼の使う刃沙剣制流唐手と言うのは、琉球唐手の使い手が討伐者としてモンスター退治に特化させる為に派生させた流派だと言う。
異世界から来るモンスターは氣と呼ばれる超常の能力を乗せたとしても、打撃が効かないモノや斬撃や刺突が効果を及ぼさないモノ等様々存在するらしい。
モノによっては物理系の攻撃その物が一切効かないなんてヤツも居ると言うが、そうしたモノにすらダメージを通す技が存在していると言うのだから、対魔に特化した流派と言うのは凄い物である。
なおその流派名に有る通り剣を制する為の技と言うのも当然の様に存在している様で、同門の諸先輩方相手でも『絶対に勝つとは言い切れない』と感じた事は有っても、大先生や先生以外で『絶対に勝て無い』と思ったのは初めてだ。
勿論、未来永劫『絶対に勝てない』とは思わない、飽く迄も今現在の俺では勝てないと言うだけで、今後の修練と碧紅國守との共闘に習熟していけば、絶対に勝てる様に成る……と思う。
一応はチューナー同士の戦闘も訓練場では行う事が出来るらしいので、ラスカルを助ける事が出来たらアイツとも闘りたいが、いつかは聖シャイン先輩も絶対倒せる様に成ってやる。
「すんません、閃光の範囲だけに捕らわれてその外にも居るのを見逃してました。タイマンは兎も角、多数を相手にするのは初めてなもんで……次からは気を付けます」
今は悔しいが先輩の方が上手だと認めて置く、どこで読んだかは忘れたが『賢者への第一歩は自らが如何に愚かであるかを知る事』らしい、ならば『強者への第一歩は自らが如何に弱いかを認める事』だと言い換えても多分通じる話なのだと思う。
……大先生や先生以外に俺以上の強者がこの世に居ないと思っていた訳じゃぁ無い、世界を探せば多分どこかには居るとは思っていた。
けれどもこうして実際、自分より強い相手に出会った時の衝撃ってのは思った以上に大きいモンなんだなぁ。
しかもソレが闘る前から絶対勝てないなんて感じる程の相手ってのは、本気で屈辱以外の何物でも無い。
「二人ともその辺にして置くで御座る。次の獲物がまた来たで御座るよ。左の通路からクサイムが恐らく四匹。但し群れては居らぬようだから、一人一匹を受け持つ形を取るのが良かろうて。ゴールドブレイバーもクサイム一匹相手ならば不覚を取る事も無かろうぞ」
クサイムは毒が有ると言う点を除けば、雑魚と断言して構わない程度のモンスターだしコウガマン先輩の言う通り、ラスカルの弟にも戦闘経験を積ませるには良い相手と言えなくも無いだろう。
「その方針で問題無いとは思うが、毒を貰うと撤退する羽目に成ってシフトとノルマを満たせなく成って次の連中に迷惑が掛かる事に成る! 全員、安全第一でヒヤリハットも無く確実に倒せる立ち回りを心がける様に! 現場猫みたいなヨシッ! は要らないぞ!」
カッキーン! とどこからともなく聞こえる効果音と共にポーズを取りながらそう言う聖シャイン先輩。
一々やかましいしポージングがウザいんだけれども、多分ソレがチューニングによって得られた力の代償とかそう言う類の物なのだと思う……だよな? 素でああなら討伐者=古強者って言う俺のイメージが塗り替えられる事になるぞ?
「……大丈夫です、俺も能力だよりのゴリ押しばっかりじゃぁ無く、ちゃんと戦闘経験を積まないと、兄貴を助けるなんて夢のまた夢ですからね。クサイムの一匹くらいは自力&無傷でなんとかしますよ」
強がっている風でも無く、黒いマントで左半身を包み顔の左側だけを覆う銀色のマスクを被ったラスカルの弟がそう言って、光るタトゥを浮かべた右の拳をグッと握り込む。
「うん、良い光だ。シフトが終わったら無手での戦い方を少し手ほどきして上げよう! 俺の闇の闘氣と君の光のオーラが合わさればきっと最強に見えるチームに成るぞ!」
聖シャイン先輩はその名に相反して漆黒の闘氣を手や足に纏って戦っている、自称『闇のオーラ』なのだが、何故そんな見た目に反する名前を名乗って居るのかと言うと『光と闇が合わさって最強に見える』から……らしい。
何を言っているのか全然わからんが、とにかくすごい自信なのは間違い無さそうだ。
まぁ剣道界隈でもエキセントリックな言動でも俺に敵わないまでもそれ相応に強いヤツは居たし、実力と人品は必ずしも一致しない物なのだろう……。
敵わないと思った人間が奇人変人でも仕方ないと、そう自分に言い聞かせつつ俺は割り当てられた一番右のクサイムへと飛びかかるのだった。
次回更新は通常ならば11月1日深夜と成るのですが、その日は私用で執筆時間が取れない為、次回は11月2日深夜となります
予めご理解とご容赦の程宜しくお願い致します




