♯.31 世界の誕生を知り思し召しに安堵する
(……数多の世界の断片、己の世界を失っても尚、己を捨てる事の出来なかった古きモノ達の残滓。成る程、此処に有るモノ達は確かに皆、余と同類と言って良いモノ達だな)
先輩と神父さんが話をして居る間に俺は自分に憑いたモノに語りかけ、この場に収められているモノに付いて聞いて見た、すると返って来たのがそんな言葉だった。
曰く神とか悪魔と呼ばれる程の高次元の存在はこの地球だけを見れば『創造主』即ちアブラハムの宗教に置ける『唯一神』だけと言っても間違いでは無いそうだ。
しかし異世界……数えるのも馬鹿らしく成る星の数と表現するのが正しい様な其れ等、仏教で説かれる所の『三千大千世界』の全てを見渡せば、そうした存在もまた数限り無く居るのだと言う。
アブラハムの宗教に依る価値観が世界の大部分を〆る様に成る前には、この世界にも多神教的な価値観が普遍的に存在していた。
しかしそれ等の多くはこの地球を含めた狭い意味での『世界』を生み出したモノでは無く、異世界からこの世界に干渉して来たモノを人々が記録したり、口伝として残したモノだと言う。
ちなみに俺に憑いているモノの様な高次の存在から見れば、付喪神や妖怪は勿論の事、日本に伝わる八百万の神々は『神』の区分に入る程高位の存在では無いのだそうだ。
神話や宗教学を学びたいと考えている俺としては、その辺の話を掘り下げて聞いて見たい気もするのだが、この方法で色々と知るのはソレこそ『知識を得る為に悪魔と契約する』と言う『悪魔学』なんかで語られるのと同じ様な感じで気が咎めるので止めて置く。
……と言うか、こう言う知識欲を刺激して堕落させようとするのは、まさに悪魔の所業その物だよなぁ。
まぁ多分、今回のはそう言う意図では無くあくまでも俺がこの場所に有るモノの中で必要なモノを選び出す為に、参考とする為に情報を与えてくれたってだけだろうが……だよな?
ちなみに俺がこうして脳内ですら俺に憑いたモノの名を出さないのは契約に依る縛りが有るからだ。
(余につけた名を口にする時は覚悟せよ、莫大なチカラを手にする代わりに、余が其方の肉体を奪うやもしれぬぞ? 其方の兄が身に宿したモノと自身を混同したよりも深くな)
名前と言うのは個を定義する事でその存在を確定すると言う原初の呪いで有り呪いだ、ソレを安易に口にすれば必要以上の『力』を振るえるが相応の代償も有るのでここ一番と言う時以外は絶対に使うなと、そんな言葉で忠告を受けたからである。
故に思わずポロッと口から零れ出てしまう事が無い様に、俺はソレを思考の中でもすら意識的に出さない様にして居ると言う訳だ。
兎にも角にも、俺が今ここに居るのは対モンスター用に使える防具を手に入れる為なのだから、今は少しでも良さ気で尚且つ危険の無さそうな物を物色するとしよう。
求めているのは防具なんだから、先ずはこっちに有る明らかに魔導書の類と思しき本が積んである場所はスルーだな。
うん、個人的にすげー興味有るしちらっと見る位はしたいのだが、ソレで魅入られでもしたら冗談にもならんし自重しよう。
神父さんがここに封印して居る以上は、ネタで済むような代物では無くガチでヤバいブツなのは間違い無いだろうしな。
面白半分で手を出せば、ソレこそダンジョンでも無いのにモンスターが本からコンニチハと出てきても不思議は無い。
次に目を付けたのは幾つも有る埋葬棚に綺麗に畳まれ積まれている無数の布地だ、多分服の類なんだろうが……いや、待てよ? ここは隠れ切支丹の礼拝所の跡地だって話だったよな?
と成ると、この地に居た隠れ切支丹にとって聖者と言うべき者が居たとしても不思議は無い。
そうであればその遺体を埋葬する際に包んでいた布……俗に『聖骸布』などと呼ばれる類の物が存在して居る可能性も有るだろう。
厳密に言うならば聖骸布と呼べるのは神の子である救世主が十字架に掛けられた後、その遺体を包んだ亜麻布の事なのだが、某ゲームやソレを起点とした作品群では他の聖者のソレも聖骸布と呼んでいたし便宜上そう呼んでも問題は無い筈だ。
その中の一枚、比較的新しく見える黒い布に俺の目が止まる……何と無く、本当に何と無くなのだが、コレは決して危険な物では無いと言う確信めいた何かを感じたのである。
危険は無くとも貴重な品だと言う可能性も有る為、俺は出来るだけ丁寧にソレに手を伸ばす。
手触りは決して良い物では無いし、単純に『物』としては決して高価と言う訳では無いだろう、けれどもそこに籠もっている『念』とか『思い』とかそう言う価値では計れない何かの『重さ』が有る様に思えた。
「マント? いやこれは多分クロークって奴かな?」
広げて見ればソレは袖の付いていない大きな一枚布の羽織物で、僅かに錦糸で飾りが付いている以外は特徴の無い物に見える。
サイズ感は今の俺が肩から掛ければ膝より少し上位に成るんじゃぁ無いだろうか?
そして其の中に包まれる様に、顔の左側だけを覆う様な形の銀色に輝く金属製のベネチアンマスク……仮面舞踏会で使われる様なマスクが中に入っていた。
「コレ銀じゃぁ無いよな、銀なら長い事しまっておけば黒ずむ筈だ。かと言ってプラチナならもっと重い筈だし……なんだこの金属? 妙に軽いんだが……」
けれどもちょっと触ってみた感じ、軽さに反して頑丈さはかなりの物で防具としては十分な物の様に思える。
(コレは真の銀だな、この様な神秘の薄い世界に良くもまぁ存在して居た物だ……いや、猫か鴉がよその世界から持ち込んだのか!?)
頭の中に響く驚愕の叫び、其の中に含まれていた『真の銀』と言う言葉に、俺も思わず手にしていたそれらを取り落としそうに成った。
真の銀ってもしかしてミスリルとかオリハルコンとか緋々色金とか、そ~言った所謂『神話金属』の類って事か!?
いやまぁ、異世界やら付喪神やらが実在し、異世界と交易して薬を手に入れてくる猫又なんかが居るんだし、そうした幻想世界の産物が持ち込まれていても不思議は無いんだろう。
「よし! 神父さん、このマントとベネチアンマスクかな? このマスクを使わせて貰っても良いですか?」
恐らくコレはマスクが本体でマント? クローク? の方が付属品なんだと思う。
ただ一緒にしまって有った以上は一組の物として使うべきだと判断して、俺は神父さんにそう許可を求める声を上げた。
「ソレを選びましたか……出処無き無名の仮面。ここに数多有る悪魔の遺物の中で唯一なんの記録も無く、因縁めいた話も残されていない代物です。どうやら貴方に憑いて居る存在は話の通り悪意の魔と言う訳では無いのでしょうね」
チューニング・ソウルは基本的にこの世界に友好的なモノで有り、その能力を悪用する事を許さない高潔な魂が多い……とは聞かされていたが、敬虔なキリスト教徒で有る彼にとっては異界の高次存在はどんなに取り繕っても邪な悪魔だと思えたのだろう。
「主は乗り越えられぬ試練を人に課しはしないと言う。ならば私が片足を失い討伐者としての戦いから引退せざるを得なく成ったのもまた主の思し召しなのでしょう。そしてソレを貴方が選んだ事もまた同じ……持っていって、そしてソレで皆を守って下さい」
数あるモノの中から俺がそんなモノを選び取った事で、彼は自分の信じる神の導きを感じたらしく、安堵の表情を浮かべると少しだけ肩の荷が下りたと言う様な様子を見せた後、胸の前で十字を切ってそう言ったのだった。




