♯.28 世界の改変と信仰の在り方
この辺の小学校ならば何処でも遠足に使う、比較的登りやすい山の中腹に有る教会目指してアクセルを踏み込む。
親父が長年大事に乗って来たこの車は俺が運転する時だけは、交通ルール厳守でポテンシャルを発揮出来ない状態から開放され、機嫌の良さそうなエンジン音を響かせる。
……付喪神なんて物が実在して居るこの世界だ、未だ百年にゃぁ足りないが親父や御袋が愛情持って大事にして居るこの車にも魂らしき物が宿って居ても何ら不思議は無いだろう。
峠を攻める様な走りをする訳じゃぁ無いし、スピード違反で一発免停なんて程に飛ばす訳でも無いが、親父では絶対しない様な加速とタイヤを軋ませる音を響かせてコーナーを曲がる程度ならばコイツも喜んで来れると思いたい。
「先輩……チョット飛ばしすぎじゃぁ無いですか? 流石にそこまで急がなくても昼までは未だ十分時間ありますよ?」
スポーツカー独特の加速にビビったらしいラスカルの弟が、泣き言にも近い感じでそんな言葉を投げ掛けて来るが、
「何言ってんだ、ここらの制限速度は60キロだぜ? プラス10キロ未満ならセーフだ。つか80キロ超えて出してるなら流石に飛ばしすぎって言われても仕方ねぇが、70まで出しねぇぞ?」
加速の瞬間に掛かるGがちょっとキツイと言うだけで、速度自体はそこまで馬鹿みたいに出している訳では無い。
まぁコーナーリングの際にワザとタイヤを鳴らしている事は否定しないがね。
目指す山は一応は行楽地と言う事には成って居るが、登山を趣味にする人達にとっては物足りない場所で、家族で行くにしては見るものが何も無いと言う、田舎で町興しの為に取り敢えず整備した……と言わんばかりの不人気スポットで有る。
なのでこの道を通る車は殆ど無く、この先は山を抜けて行く様な峠道が有る訳でも無いどん詰まりなので、飛ばし屋と呼ばれる様な者達が走りに来る事もあり得ない。
本当に小学校が遠足でバスに乗って向かう為だけに存在して居ると言っても過言では無い道路なのだ。
……そんな道の途中に何故、教会が有るのかなんて事今まで考えた事も無かったが、俺の想像が当たっているならば狸寺の蔵の様に、そっち系の品々を封印する為に郊外の人里離れたと表現するのが相応しい様な場所に建てられたのでは無かろうか?
と、そんな事を考えている内にも信号も無い様な山道をタイヤを鳴らしながら走り抜け、木々の間に教会の白い建物が見えて来た。
一応、ここの教会が主催すると言うバザーなんかが割と頻繁に町役場近くの公園で行われている為、この場所に教会が存在して居ると言う事自体は町の人間なら誰でも知っている事では有るが、教会そのものに顔を出した事が有ると言う者は少数派だろう。
かく言う俺自身もこの道を通った事は有るが、教会の敷地へと足を踏み入れるのは初めてで有る。
駐車場の入り口が見えて来たので、アクセルから足を離しエンジンブレーキで十分に速度を落としてからゆっくりとブレーキペダルを踏み込み無理なく道を外れて駐車場へと乗り入れた。
聖トンスラ教会と書かれた看板が駐車場へ車を頭から突っ込まなければ見えない位置に有るのだが、コレは看板として機能して居ると言えるのだろうか?
「ぶふっ!?」
その看板を見るなりラスカルの弟が堪えきれなかったと言わんばかりに吹き出し、声を噛み殺して肩を震わせて笑っている。
コイツの笑いのツボはわからんな……と思いつつ、俺は他の車が一台も無い広い駐車場の中で、停めやすく出しやすい場所へと駐車するのだった。
「今楠寺の御住職殿から連絡は受けています、異界の悪魔と戦う戦士達よ、ようこそ我が聖堂へ」
そう言って俺達を迎え入れてくれたのは白髪頭を河童の皿の様に天辺だけ剃り上げ、黒いコートの様な服を身に纏い、その上からでもハッキリわかる程に鍛えられた筋肉を持った『マッチョ神父』とでも言うべき感じの親父より一回りくらい年嵩と思しき男性だった。
「私はこの聖堂を預かる町尾 団鐘と申します。お察しかと思いますが私も大改変より以前からこの世界を守る為に戦う討伐者の一人でした。我らの力が足りず君達の様な若者を戦いの場に立たせる事に成ったのは誠に申し訳無い」
過去形? ああ、そうか重心の取り方が不自然だと思ったら、右足が……義足だ。
恐らく彼はダンジョンなんて人間にとって戦い易い様に整えられた場所では無く、自分たちが圧倒的に不利な状況でも負ければ一般人にどれだけ被害が出るかも分からない様な戦いに身を投じ、その結果命こそ落とさなかった物の片足を失う事に成ったのだろう。
その肉体は生半可な覚悟と意思で作り上げる事が出来る様な物では無いし、ボディビルダーの様な魅せる為に鍛えた物でも無い戦う為の筋肉なのは、流儀は違えども戦いの中で生きるつもりで生活して来た俺には理解出来た。
……下手すりゃこの人は大先生は兎も角、先生よりは上手の使い手だったんじゃねぇか? 纏っている風格から何となく辺りを付ける。
「頭を上げて下さい、貴方達の様な先達と言える討伐者の皆さんが頑張ってくれたからこそ、ダンジョンを建設し場を整えて戦う事が出来る様に成ったと聞いて居ます。貴方も片足を失う程に激しい戦いに身を投じたのでしょう? 謝らないで下さい」
基本的にただ年長者と言うだけで自分よりも優れて居ると認識出来ない者以外に敬意を払う気の無いが、相応の努力を積み重ねて来たと見ただけでわかる様な人間はソレだけで尊敬に値すると俺は考える。
彼は片足を失い戦いから身を引いた今でも、衰える事の無い様に鍛え続けている人なのだ、ならば先達として相応の敬意を持って接するべきだろう。
「君が畑中君……だね? 御住職に聞いた通りサムライらしい信念の持ち主の様だ。そしてそちらの君が荒居君だな、あの忌まわしきチューニングで憑いた物は、我等が主に背きし者達の同類かソレに近しい者と聞いている」
和尚さんは特に何か言う様な事は無かったが、どうやらこの神父さんにとってはチューニングと言う技術は『悪』に分類される技術なのだろう。
その事を口にした瞬間、昨日蔵の戸を開けた時に感じた妖気よりも濃密な殺気が漏れ、ソレを感じた取った俺は全身に鳥肌が立つのを抑えられず、更には肩口から生やした柄を思わず握ってしまった程だ。
「おっと、済まない。君達は自らの欲の為に邪なる悪魔を呼び出した輩とは違う世界の守護者だ。裁かれるべき異端者では無い、その事は頭では理解して居るのだが……ね」
宗教やら信仰やらには詳しく無い俺には、その辺の事情は全く分からないので、彼が何故そこまで憤るのかが理解出来なかったが、
「いえ、今どき日本で頭をトンスラにして居る様な敬虔な信徒の方ならば、唯一なる神とは違う超常の存在を否定するのは当然の事かと思います。俺も大学では宗教学を学びたいと思っていましたので、その辺の感覚は理解出来ますしね」
ラスカルの弟は神父さんの言葉に共感する物が有るのか、あっさりとそんな言葉を返す。
……つか、あの殺気は素人でも十分感じ取れるくらいに濃密な物だったと思うんだが、アレを浴びて何の反応も無いって図太いとかそう言うレベル超えてね?
ただまぁ、ここの教会名を見て吹き出した理由はわかったな。
あの神父さんの河童みたいな髪型がトンスラって言うんだろう、言われてみれば歴史の教科書に乗っていた伝道師も同じ髪型だった覚えが有る、そんなもん知ってりゃ吹くわ。
「諸外国、特に欧米諸国はチューニングと大改変、それから信仰との認識齟齬で大いに混乱してるんでしょうね。有り難い物は取り敢えず拝んで置けって言う、ある意味で宗教に寛容で同時に不寛容な日本人の器質がここまで有り難いと思った事は他にありませんよ」
更に続けて軽く肩を竦めてそんな言葉を続けるラスカルの弟は、大物なのかそれとも空気が読めないだけなのか……俺はしばし迷い、それから考えるのを止めたのだった。




