♯.23 信仰の由来と能力のあり方
「右半身を中心とした身体能力の強化と右目の魔眼そして自他に行使出来る怪我の治癒、大きく分けてこの3つです。ソウルの言う通りなら俺がもっと戦い慣れて行けば更に上位の能力も開花していくとの事です」
子供の頃から困った事が有れば駆け込んでいた狸寺――正式な名は今楠寺――は、鎌倉時代に建立されて以来この地に深く根付いた大事な信仰の場だ。
今でこそ阿弥陀如来を御本仏として掲げる宗派の末寺の一つに納まっているが、明治維新後に起こった神仏分離と廃仏毀釈の結果その宗派に落ち着いたと言う話で、ソレ以前には何故か稲荷神では無く狸を祀った神社としての側面も有ったらしい。
しかしその頃の面影を残しているのは境内に幾つか残る狸の石像と、和尚さん親子が信楽焼の狸を擬人化した様にしか見えないと言う事くらいで、何故狸を祀っていたのか……とかそうした資料は散逸してしまって居るらしい。
地方の田舎町に過ぎない微香部町に児童相談所なんて物は無いが、女子供が困った時にはここに来れば親身に成って相談に乗ってくれ、状況しだいに依っては実際に色々と動いてくれる寺として、今でも『お狸さんには足を向けて寝られない』と言う者は割と居る。
特に子供の頃は『腹が減ったら狸寺に行け』と、地元の子供ならば誰でも知っているほどで、檀家さんから色々と持ち込まれるお裾分けの品や喜捨の品なんかが常に有り、ソレを使った今で言う『子ども食堂』的な役割も明治以前から担って来た場所だと言う。
つまりここは現代に置いても文字通りの『駆け込み寺』として機能して居るお寺さんなのだ。
とは言え、そうした困り事の際に最初に対応してくれるのは、どちらかと言えば和尚さんの奥さんの方で、和尚さん自身に直接何かをして貰ったと言う話は割と少ない。
でもまぁソレは和尚さんがサボっているとかそう言う事では無く、住職としての仕事の他に作家としての仕事に加えて討伐者としての仕事も有ったのだから、積極的に動けるのは奥さんだけだったと言うのが実情だろう。
そんな訳で子供の頃から何度も足を運んだ狸寺では有るが、俺自身が和尚さんと接した事は親父や御袋の葬式以外じゃぁ殆ど無いに等しい。
それらの時だって前者は御袋が、後者は兄貴がメインで対応していたので、俺自身がこうして直接話しをした記憶は殆ど無かったりする。
出来れば兄貴の葬式を俺が喪主で、なんて事に成らないと良いなぁ……と思いながら、着ていたパーカーから右腕を抜き、あの中二病臭い金色に輝くタトゥーもどきを発現させた。
「ふむふむ……成る程のぅ、ずいぶんと強き者に見込まれた様だの。すまんが光を収めてくれんか……儂には強すぎる」
日が落ちて薄暗く成ってきた境内でも薄っすらと光を放っているだけなのに、和尚さんは丸でフラッシュライトを向けられたかの様に、眩しそうに眉間にシワを寄せて目を細める、
どうやら和尚さんは俺達が見ている物とは別の何かが見えている様だ。
和尚さんはチューナーの前身で有る討伐者の中でも術者タイプに分類される人だと言う話だし、見えている物が違っても不思議は無いだろう……相手は寺生まれの狸さんだしな。
「お前さんの右側は下手な防具なんぞで覆わぬ方が良さそうだの。憑けたばかりの段階でソレだけの覇氣を纏っておるのだ、馴染んで行けば物理的な影響力も出てくる可能性は低く無い。となれば左を守る為のプロテクターと正体を隠す為のマスクが妥当か?」
チューナーは戦闘に出る時やメディアに出演する際には、基本的に顔を隠すか印象を大きく変える様なメイクをする事が推奨されて居る。
今のところは防衛隊員の家族や身内が反対派に依って攻撃された……と言う様な事件は起きて居ないが、どんな事でも100%全員が賛成派と言う様な事は有りえず、政権与党の強権だと批判する声はSNSを中心に少なからず目にする事は有るのだ。
一応、ダンジョン建設と防衛隊の設立運用は世界的な流れで有り、中泉総理の独裁的な政治決定と言う訳では無い。
国内でも野党の党首や上層部なんかの『社会の裏側』を知っている人達にはしっかりと根回しがされていたらしいし、派手な被害が出ていない今の所は騒いでいるのは『与党が何をやっても気に入らない』人達なのだろう。
兎にも角にも、チューナーとしてYou Tunerで戦闘記録が配信される以上、プライベートを大事にする為にも顔を隠すのは必要な事なのだと思う。
今は未だトップ勢でも一万再生を超える様なコンテンツでは無いが、民間からチューニングを受ける者が増えていけば『自分も超常の能力が欲しい』とか考える者の数は増えるだろう事は想像に難くない。
そうなればチューニングを受ける前の予習として動画を見たり、逆に選抜から漏れた者が憧れの目で動画を視聴すると言う事も出てくるかも知れない。
また世の中には色々な性的嗜好の者も居るし、女性チューナーに対して不埒な目線で動画を視聴する様な者も出てくるだろう。
チューナーの持つ異能を使えば、変質者の一人や二人返り討ちにする事は容易い話では有るが、残念ながら今回緊急的に整備された法律では『例え正当防衛だとしてもチューナーとしての能力を民間人に向けては成らない』と成っている。
この辺の法律は各国大体一緒に成る様に調整した結果の様で、実際に海外では能力の関係上割と扇情的な格好をせざるを得ない女性チューナーが、ファンを自称するストーカーに襲われソレを撃退した事で過剰防衛に問われると言う事件が起きているのだ。
恐らくは今後、こうした事件を受けて各国で独自に法改正をしていくのだろうが、今の段階ではそう言う法律になっているのだから正体を隠すのは必然と言える。
「畑中君の方は……見たところ然程強い霊が憑いて居る訳では無い様だし、防御は技量と防具に頼らざるを得ぬだろう。と成ると、うむ……ウチの蔵に着れそうな鎧の付喪神が居れば簡単で良いが、はてさて」
……鎧の付喪神なんてのが居るのか、いや『器物百年を経て~』なんて文章が前に読んだ付喪神に関する本に書かれていたし、鏡が化けて雲外鏡と成り、和傘が化ければ骨傘に成るので有れば、古い甲冑が化けても何ら不思議は無い。
「……若和尚さんの得物も付喪神の類なんすか?」
和尚さんに先輩がそう尋ねる。
チューニングなんて技術が公開される以前から、刀一本を頼りにモンスターを狩っていたと言う若和尚さんの刀が、そうした超常の存在で有る可能性も有るだろう。
「いや、奴の仕込み錫杖は古い時代から鬼や妖怪を狩るのに使われてきた由緒有る霊刀では有るが、一度使用するごとにキッチリ清めを行って居るからの、そうそう化ける様な事は無いぞ」
……うん、刀なんかは100年どころじゃぁ無い古い物が幾つも残っているのだから、器物百年が全ての物に適用されていたら、今頃日本は妖怪刀だらけになっている筈だ。
しかしそう成っていない以上は、付喪神に成る為には時間以外にも必要と成る要素が有るのだろう。
「それにウチの蔵に有るのはみんな気の良い連中だからの、甲冑に限らず使えそうな物でそいつが協力しても良いと言うならばどれでも好きな物を持っていって構わんぞ。まぁ中にはもう朽ちるまで蔵で静かに眠りたいって物も居るがな」
俺が回復魔法を使える様に、付喪神の中には何か便利な妖術を使える様な物が居るかも知れない、そうした物と協力体制を取る事が出来たなら兄貴を無事に助ける事が出来る可能性は高まるかも知れない。
「問題は荒居の坊主に着せる物だの。生半可な物では憑いて居る者に負けるだろうし、だからと言ってむやみに高価な物を着せるのが正解とは限らん。ソレに能力を聞いた限りではウチよりはあやつの所の方が合う物が有りそうな気もするのぅ」
……あやつと言うのが誰なのかは分からないが、和尚さんの伝手で紹介して貰えるならば、早々酷い事に成る事は無いだろう、そう判断した俺は取り敢えずは先輩が身に纏う可能性の有る付喪神の甲冑に思いを巡らせるのだった。




