♯.22 寺の維持費と伝統討伐者
童謡の歌詞では無いが、俺達が狸寺の門を潜ったのは丁度日が落ちて少し経った後に、寺の鐘が打ち鳴らされる午後六時ぐらいと言う時刻だった。
ここの寺は人手が多い訳でも無いのに未だに自動鐘撞き機の様な物は導入しておらず、和尚さんが自らの手で撞く為に多少時間が遅れる事も有るのだが、どうやら今日は他の作業なんかが被ったりはせずスマホの時計とほぼ変わらないタイミングで鳴らされている。
この寺には同じ敷地内に若和尚が営む動物病院が併設されて居り、そこの稼ぎも檀家からの寄付だけでは賄い切れない寺院の維持費に回されていると聞いた事が有るが、和尚さんの方はそうした『稼ぎ』を持っていないのかと言えばそうではない。
和尚さんはライトノベルが未だジュブナイル小説などと呼ばれていた頃にデビューした作家先生で、今でも定期的に書き下ろしの文庫が書店に並ぶ大御所と言っても良い物書きなのだそうだ。
俺が未だガキだった頃に見ていた幾つかのアニメの内どれだったかは忘れたが、1つの原作が和尚さんだと聞いた時には、かなり驚いた覚えが有るが……残念ながら中学卒業辺りで部活が忙しくなりアニメなんかを見る時間は無く成ったので詳しく覚えていない。
とは言えそうした人物だと言う事を知っていれば、俺の同門の先輩で和尚さんの息子の若和尚が、寺に来る子供達に公開して居る趣味の部屋が漫画とゲームに溢れているのも納得が行く話で有る。
流石に本堂の方はそれ相応の格式と伝統の有る寺らしく、余計な張り紙等は一切無いが寺務所の方には新刊やアニメ化作品のポスターなんかが貼られているなんて話も聞いた事が有った。
この辺の事情のほとんどが伝聞なのは、ウチは割と裕福と言える家庭環境だった事も有り、子供達の駆け込み寺としての狸寺にはほとんど世話に成った事が無いからだ。
でもまぁこの町の古くからの住人で有る以上は檀家衆に名を連ねて居るし、死んだ婆ちゃんの葬式もここで執り行ったりと全く顔を出した事が無いと言う訳でもない。
「お? お主等が新たにチューナーと成ったと言う者達だな? 芝右衛門の奴から連絡は貰っとる。そっちの年嵩の者は剣士だな? ならば剣道の防具をベースにした甲冑を仕立てるのが良かろ。んでもう一人の若い方は……見ただけでは能力が解らんの」
と、そんな事を考えながら山門を潜り境内へと足を踏み入れた所で、鐘撞き堂の方から本堂へと向かって来た和尚さんがそんな言葉を投げ掛けて来た。
流石は先祖代々陰ながらモンスターと戦い関東近辺の守護に当たって来た一族の者と言う事か、和尚さんは一目で俺に憑いた碧田貫の存在を見抜いたらしい。
けれどもラスカルの弟に憑いているチューニング・ソウルは、彼の目でも詳しく判別する事は出来ないらしく、素直にソレを口にする。
「チューナーって奴は伝統的な討伐者とは違い、各人の能力は文字通りの十人十色。しかもその能力に依っては下手な防具は能力と干渉してしまい逆効果に成る事も有るからな。どう言った物を憑けているかに依って紹介相手を変えねばならんからの」
信楽焼の狸を擬人化した様な和尚さんは顎髭を扱きながら、ラスカルの弟に向けてハッキリと能力を開示する様に要求して来た。
一応、チューナーとしての能力は『防衛隊の活動内で知り得た情報』と言う事で守秘義務の範疇に有る内容と言う事に成っている。
You Tunerなんて動画配信サイトで戦闘の様子なんかをネットで公開して居るのに、能力が機密情報に成ると言うのはなんとも矛盾した話にも思えるのだが、視覚的に見える物と実際の能力に差が有るのは割と良く有る事なので、完全に相反する事と言う訳では無い。
「えっと……先輩、さっき事務所で受けた説明だとコレって答えちゃ駄目な奴ですよね?」
守秘義務と言う物は割と面倒臭い物で、社会人でも詳しく理解して居る者は割と少なく、赤提灯で酒を飲みながら機密情報を暴露した……なんて話は守秘義務講習の中だけの話では無く、日本では極々最近まで良く有る話だったと言う。
ラスカルの弟は未だ高校生で、社会経験なんぞアルバイト程度しか無い筈だが、下手な大人よりも余程しっかりとした規範意識を持っているらしい。
「ホッホッホッ剣止郎の奴は良い若者を引き入れた様だの。だが安心して良い守秘に引っかかるのは『他人の能力の開示』だからの。自分の装備を仕立てる為にその能力を明かす事までは禁じておらんよ。まぁ誰にも彼にも吹聴する事じゃぁ無いがな」
どうやら和尚さんの所に来た一般出身のチューナーは俺達が最初と言う訳では無いようで、ラスカルの弟がおぼろげながらも守秘義務に付いて理解している事を笑いながら褒めて居た。
「ちなみに和尚さん、俺を剣士だって看破したのはどう言うからくりで?」
碧田貫は魂の中に格納された状態で有り傍から見ただけでソレを見抜くのは不可能な筈だが、寺の坊さんで古くからモンスターと戦って来た一族の者と言う時点で、超常的な能力の一つや二つ持っていても不思議は無い。
好々爺とした表情と焼き物の狸と見紛う様な見た目から想像はつかないが、コレで『破ぁぁ嗚呼!』とか言ってモンスターを消し飛ばす様な真似が出来る可能性はゼロでは無いだろう。
「そりゃ亀の甲より年の功って奴よ。伝統的な討伐者と言う奴は儂の様な宗教系の術者や魔導師と呼ばれる者と、お主の様な剣士や武器に頼らず氣の深奥に至った武闘家の様な格闘系の者と大体その何方かだからの。その足運びを見れば剣士で有る事は一目瞭然よ」
古来よりモンスターと戦ってきた者達は、チューナーの様なインスタント・ヒーローでは無く、才能有る者が長年修行を積み重ねた末に至る事が出来る極めて特殊な境地に踏み込んだ者達だと言う。
その方法は大きく分けて三種類有り、信仰と修行を積み重ねた宗教者か、神話の時代から超常の力を探究して来た魔導師、そして武器に頼るか否かの差は有れども武を極めんとして来た結果『氣』と言う超常に目覚めた者かのいずれかなのだそうだ。
極々稀に宗教儀式なんかでチューニングと同様、異世界の魂を宿す者が居たりもするらしいが、どちらかと言えば『カルト』と呼ばれる様な新興宗教の怪しい儀式の結果で起こる事故で有り、伝統宗教の中でそうした者が出てくる事はほぼ無いらしい。
但し伝統宗教は伝統宗教で、才能有る者が異世界の存在に頼らずに超常を扱う為の手法が、ある程度確立されて居ると言うのだから、どちらの方が優れていると言う話でも無い様では有る。
「まぁ儂は退魔僧と呼ばれる者達ほどの才能は無かったから、魔導にも手を出した破戒僧だがの。とは言えその当時の伝手が有るからこそ、十人十色なチューナーに最適な技術者を紹介する事が出来るんだがな」
自嘲の笑い声を上げながらそう言う和尚さんは、仏教系の退魔術の才能に恵まれていなかったらしく、他所の魔導師に師事して双方の技術を無理やり組み合わせる事でやっと一人前の討伐者として数えられる様に成ったのだと言う。
その為、和尚さんのコネは仏教系や日本国内に限らず、海外の魔導師や他宗教にも繋がっているのだそうだ。
「ちなみに倅も退魔僧の才は薄かったらしくてな、仏法の力で魔を払うのでは無く氣と刀でぶった斬る戦闘スタイルだ。お前さんの体捌きと足運びがアレに近い物なら当然剣士だろうよ」
若和尚は同門の先輩なんだから、技量の差は兎も角技術の根底に有る物が共通なのは当然と言える、そりゃ一目で剣士だって見抜かれて当然だわ……そう納得し俺は自分の不見識を恥じるのだった。




