♯.20 超常の存在を認識しぼったくる商店を見る
チューニングと言う技術が確立する以前から、超常の者はこの世に間違い無く存在し、それ等は表社会に生きる一般人の目に触れぬ様に隠されてきた。
ソレは世界が改変される事と成ったあの演説の中で明言された事実だったが、ダンジョンと言う非日常以外の場所でこうして目の当たりにすると、思った以上に衝撃的な光景……でも無いな。
なんせ目の前に居るのは日本人ならば知らない者は恐らく居ないだろうと言う程にメジャーな妖怪の一種で有る『猫又』だったのだ。
ソレもパッと一目見ただけじゃぁソレとは解らず、喋らずキセルを吹かしてなければどこにでも居る普通の猫にしか見えないその姿を見ると、もしかしたら猫又達は俺達が気づいて無いだけでそこら中に居るのかも知れない……そう思わせるには十分な光景で有る。
「まず先に言って置くがここで商っているのはドレもコレも三千世界の彼方から多くの難所を超えて輸入された品だからね、常識的に考えりゃぼったくりにしか見えない値付けがされてるとしても、それ相応の苦労が有って付けられている値段だって事を理解しな」
……商品を出す前にわざわざそう釘を指す様な言葉を口にしたのは、ソレだけここで売っている異世界の薬やなんかが高額だからなのだろう。
2時間ちょっとで3万を超える様な稼ぎを簡単に出せるチューナーでも、ぼったくりだと言わせる様な値段の品物を見せられて、騒いだ者が実際過去に居たのかも知れない。
この猫庵と言う猫喫茶は猫と遊ぶ為のカーペットフロアの場所と、食事をとる為のカウンターが有るスペースに区切られている、その中でハチワレ柄の猫又が居るのは当然カーペットの方だ。
その場所には他の猫達も何匹か居るのだが、件のハチワレが肉球を叩き合わせて合図をすると他の猫達も立ち上がり2本の尻尾を隠す事無く、カーペットを捲り上げるとその下から棚がせり上がって来る。
棚の高さは天井近くまで有り、ソレが床下に有ると成るとどう考えても下の階に貫通して居る事に成る筈なのだが、この下には普通に他のテナントが入っていた筈だ。
恐らくは猫又が使う妖術とかそう言う類の物で空間を歪めるとかそうしたファンタジーな構造物なのだろう。
大学へ行って宗教学や神話学を学びたいとか考える程度には、この手の超常的な物に興味の有る俺にとっては垂涎の光景では有るが、その棚に並んでいる品々に付けられた値札を見ると即座に現実へと引き戻される。
「おいおい、んだよその正○丸見たいな薬一粒で百万円って……いやまぁ確かに言われた通り外国どころか世界を超えて輸入して来た舶来品だってぇなら、その値段でも可怪しく無いのかも知れねぇが値段に見合う効果は有るんだよな?」
棚に並んでいるのは一番安い物でも百万円~と値札が貼られていたのだ。
あの猫又や先輩が言う通り、この世界へと運び込むだけでも相当の苦労が有るのだとすれば、そんな『目玉が飛び出る様な』と形容される価格でも決してぼったくりと言う訳では無いのだろう。
「そりゃ勿論さね、この治癒丸なら多少の怪我……そうだね、大体手足の指一本が千切れたのを即座に繋ぐ程度の回復は可能だよ。流石に生やす事まではこの薬でも出来にゃぁが、ちょっと深い切り傷くらいなら即座に治るんだからこの世界の感覚で言えば破格だろ?」
確かに怪我の治療はこの世界の医学では、治療行為は様々有るにせよそれら全ては自然治癒を手助けする為の物で、本人の回復力を超えて即座に傷が治るなんて物は無い。
俺に憑依したチューニング・ソウルは治癒の権能も持っている為、治癒丸と言う1粒百万円の薬と同じ様な事も出来るが、治癒能力を持つチューナーは千薔薇木県全体でも4人しか居ない稀有な物だと言うのだから備えに一粒くらいは持つ価値は有るかも知れ無い。
「一瞬で傷が塞がるって言うのが本当なら、それは確かに百万の価値は有るかも知れないけれども……そんな薬ならこんな所で隠れて売らないでお金持ち連中に売り捌けばもっと儲かるんじゃ無いのか?」
チューニングに依って得た回復能力を切り売りする様な真似は、どう考えても俺に取り憑いた彼の反感を買い能力を失う事にも繋がり兼ねない愚行ゆえに俺がソレをする事は無いが、金で買ってきた物をより高値を付ける者に売るのは商売として考えれば普通だろう。
「この手の薬はね只人にゃぁ効果が無いか、有っても寿命を派手に削る事に成るかのどっちかなんだよ。んでもあんたらチューナーって奴は高次の魂を宿す事でそうした問題が解決してんのサ」
ああ成る程な、生き物が持つ細胞分裂回数の限界……確かヘイフリック限界とか言ったか? ソレが有るから一般人に対して安易に回復薬や回復魔法なんかを掛けるのは良くないと言う事か。
とは言え、使わなければどっちみち死ぬ様な……例えば交通事故の際なんかの時に救急医療の現場で使うと言うので有れば、助かる命の数は確実に増えるんじゃぁ無いだろうか?
いや兄貴が能力の限界を超えピーターパン化するまで戦わざるを得なかった様に、チューナー達の現場でこそ、こうした回復薬が必要とされて居る為にチューナーにだけ、特別に販売されて居ると言う事なのだろう。
言い方は悪いが交通事故で人が死んでもその加害者は一般の警察がどうにかするだろうし、二次被害と呼ぶような物は早々起こらない。
対してチューナーが命を落とす様なモンスターがダンジョンを突破する様な事が有れば、下手をするとその地域が壊滅する可能性すら有る。
人の命に重さの差が有るとは思わないが、回復を優先するべき順番と言う物は存在するのだろう。
そう考えると戦力と成る者を一定数確保する為にチューナーが回復薬を持つ事自体に意味が有ると言えるかも知れない。
でもまぁ……そうだとするなら、回復薬は防衛隊側から支給する様な仕組みが有っても良い様に思える。
「そっちの商売も大事だけれども……こっちの商売にもお金を落として貰えないかな? 猫と遊ぶ為に来てる訳じゃぁ無いから時間料金は取らないけど、カレーなんかどうだい? 後はコーヒーもそれなりに自信が有るよ? 普段なら他の料理も美味しいけどね」
不意に横からそう言ったのは、飲食スペースに有るカウンターの中でコーヒーカップを磨いていたこの店のマスターらしい中年位の男性だ。
「あれ? あんた……いやあなたは確か猯谷先輩だったっけか? ガキの頃に道場で何度か稽古を付けて貰った事が有りましたよね?」
え? 先輩から見て同門の先輩って事は兄貴にとっても同門の先輩に当る人って事だよな? 確か狸寺の若住職さんも同門だって聞いた覚えが有るし、なんか世間が狭すぎないか?
いやこんな地方の町に剣道道場なんて二つも三つも有る物じゃぁ無いし、地元で子供の頃から剣道やってたなら同門で当然なのかも知れない。
「ん? 隠神先生の所で剣道やってた子? いやああ『千薔薇木の雷』とか呼ばれてた子か! うん、お盆休みでこっちに戻ってきた時に手合わせした事有ったな。君が東京に進学した後、俺の教え子達はみーんな君に負け続けたけどな」
聞けば彼は東京の中学校で教師をしていた事が有り、その当時は剣道部の顧問をしていたそうで、その頃の教え子が先輩と何度か戦った事が有るらしい。
「俺は大学卒業まで公式戦無敗で行った、自分で言うのもアレだが学生剣道界の生ける伝説だからなぁ……関東で剣道やってりゃ俺の事を知らねぇ方がレアだよな。そんな俺でも同門の先輩にゃぁ敬意を払うのが当然なんで、オススメ通り二つともお願いしますわ」
ウチは兄貴の仕事の関係上、防衛隊に出向するまで飯の時間が不安定だったが、此処最近は大体午後7時頃に晩飯を食う様にしていた。
「あ、なら俺もカレーとコーヒーお願いします」
今の時間は未だ6時にも成っていないので、飯には少し早いけれども帰ってから作る手間を考えればここで食っていくのは有りだろう、そう考え俺は先輩に乗っかって注文する事を決めたのだった。




