♯.19 日常に隠れ住む非日常
精算が無事に終わり、取り敢えずこの仕事を続ければ食うに困らないだけの金は稼げると言う確信を得る事が出来たのが、今日一番の収穫と言える事だった。
「んじゃまぁ、今日はコレで解散って事で良いのかねぇ?」
回復要員として未だ勤務時間が残っていると言うラブりんさんは、未だ暫くこの千戸玉北ダンジョンの待機室に残るそうだが、俺とラスカルの弟は今は未だ正式な戦力としてカウントされておらず、シフトに組み込まれるのは早くても来週からだと言う。
「今日これからまだ時間が有るなら装備を整えに行くのも手だと思うの。二人とも微香部町に住んでるんでしょ? なら狸寺の住職さんか猫庵って言う猫喫茶のマスターに相談してみると良いよ。私達と違って外部の人は装備買う伝手が無いからねぇ」
と、俺の言葉に対してラブりんさんがそんな言葉を返して来る。
聞けば、彼女が年甲斐も無く着ている魔法少女の衣装は、俺の持つ大太刀同様にチューニングに依って具現化した物だが、その下インナーとして着ている物は自衛隊経由で手に入れた防刃防弾防火を兼ね備えた特殊繊維製の品だと言う。
ラスカルが動画で身に着けていたアライグマを思わせる色合いの甲冑も、警視庁機動隊の中に居る極一部の達人と呼べる者達は大改編以前よりモンスター達と陰ながら戦ってきた歴史が有るそうで、そうした者達に防具を納入する伝統的な能力者の手に依る品らしい。
対して俺達はたしかにそんな特殊な装備を手に入れる様な伝手は無い、けれども俺達が住む微香部町に有る狸寺と通称される寺の坊さんは先祖代々モンスターと陰ながら戦ってきた一族で、一般出身のチューナーの相談に乗ってくれているのだと言う。
そしてどう言うルートなのかは全く分かっては居ないが、猫庵と言う猫喫茶は狸寺とはまた別の方向でダンジョンで生き残る為に必要と成る回復薬や呪物と呼ばれる道具なんかを、大改編以前から密かに商って居たらしい。
「それ……法的に大丈夫な奴なんですか?」
日本は世界的に見て治安が良い方に分類される国だが、徹底した武器類や薬物の取り締まりがソレを支えていると言っても過言では無い。
回復薬なんて物を無許可で売る様な商売をすれば、ソレは当然『薬事法』なんかの法律に抵触する事に成る筈だ……とラスカルの弟は言っているのだ。
「あそこで売っている回復薬は科学的に見るとタダの薬草茶だから、法的にはセーフらしいんだよねぇ……。一応大改編の際にある程度法改正もされたみたいだけれどもこの世界の基盤はやっぱり科学だから、オカルトの産物は取り締まれないのん」
実際に効果の無いオカルト産物を売る様な真似は当然『詐欺』に区分される訳だが、科学的には検出出来ない『謎成分』を用いた霊薬と呼ばれる様な物はちゃんと効果が出るならばソレを販売するのは違法では無いらしい。
しかもソレが何処をどうやって仕入れているのか、異世界産の品で間違いないと言うので有れば、取り締まるよりも有効利用する方が国の為に成る……と言う事で、防衛隊員に対してのみ販売するので有れば取り締まらないと言う事に成ったのだそうだ。
「他にもあそこのビルには私達が使う特殊銃弾の材料や、間違い無く効果の有るお守りを売ってる店も有るし、チューナーとして活動するなら顔つなぎしておいて損は無い場所だから行って置くと良いわ」
俺は使える物ならなんでも使えば良いと思うが、法律を気にする辺りは流石警察官の弟だと言う事だろうか?
「ラブりんさんがそこまで言うなら行って置くべきなんだろうな。んじゃまぁ俺は特に用事は無ぇしこの後行ってみるが、お前はどーする?」
手元のスマホで猫喫茶猫庵を検索してみると、駅からちょっと離れた場所に有る雑居ビルに有る事が分かったので、立地的にそっちに行ってから寺へと向かうのが良さそうに思える。
「俺も別段用事とかは無いです、前のバイトは揉める事も無くサクッと辞めれたし、兄貴が戻らない以上は飯の支度も適当で良いですしね」
そう応じたラスカルの弟を連れて、俺は取り敢えずは駅を目指しバス停へと足を向けるのだった。
業務用食品を安く販売する緑色の看板が特徴的なスーパーが1階に入った雑居ビル、そんな店内をすり抜けて上へと向かうエスカレーターへと乗る。
2階に上がった所の柱に書かれてたフロアガイドに拠れば、この階には消費者金融と探偵事務所に占いの館と、胡散臭い事この上無いテナントが軒を連ねて居た。
そのまま更に上へと向かい3階には、健康食品販売の店に古物商それからイベント運営会社のオフィスが有るが、立地的に一見さんの客がフラッと入ってくる事なんか無い様な場所で有り最後の会社は兎も角、他の二つは商売が成り立つのか怪しい所だ。
そして目的の店が有る4階へと向かうエスカレーターに乗れば、目の前に肌色いっぱいのラスカルの弟には未だ少し早いだろうゲームの販促ポスターが馬鹿みたいに貼られた一角が姿を表した。
俺も大学を卒業したばかりの男だし、こうした物に全く興味が無いと言えば嘘に成るが、二次元よりもリアルの方が良いタチだし、二次元以外じゃぁ犯罪に成る様な性的嗜好も無いのでサクッと視線を外して目的の店を探す。
……ラスカルの弟を伺い見れば顔を耳まで真っ赤にして居る癖に目を逸らす事が出来て居ないあたり、この手の物に耐性が無い純情ボーイらしいのが分かり吹き出しそうに成ったが、そこは彼の名誉を守る為にも堪えておく。
「お? あのドアが例の店っぽいが、看板も無しで良く猫喫茶なんて客商売をやってられるなぁ。いや、もしかしたら業界人向けの商売を偽装する為に猫喫茶を装ってんのか?」
商売にゃぁ明るく無いが猫喫茶の客層は一般的に男性よりも女性に偏る物だろう、と成るとエスカレーターを上がった所に有るエロを全面に出したテナントが入ってりゃぁ、まっとうな客はそうそう来る物じゃぁ無い事くらいは容易に想像が付く。
取り敢えずエロポスターがコレでもかと貼られた一角を避け、エスカレーターを回り込む様にして黒猫にOPENと書かれたプレートがぶら下がったガラス扉を開ける。
すると漂って来る濃厚なカレーの香り、猫喫茶なのにカレー? と疑問に思いつつも中へと踏み込めば、
「いらっしゃいませー? 初めてのお客様ですね、当店の料金システムに付いて説明させて頂きますねー」
猫の様な愛嬌の有る笑顔で、ちょっと古い表現だがトランジスタグラマーと言う言葉が似付かわしい小柄で有りながら出る所はしっかりと出た、俺と同年代位の若い店員が声を掛けて来た。
お? ここマジで普通の猫喫茶なのか? 戦う者の気配を微塵も感じさせない店員の姿を見て、俺は自分の想像と違う事に一瞬めまいに似た何かを感じる。
しかし……
「沢ちゃんや、コイツ等普通の客じゃぁにゃーよ。お師匠様が買ってきた物を必要としてる連中……つまりはチューナーって奴さね」
そんな彼女を止めたのは、人語を話す一匹の猫だった。
「猫が……しゃべってる?」
幾ら超常の能力が一般に認知されたとは言え、ソレが行使されるのはあくまでもダンジョンの中の話で、世間様から見ればそれらは未だテレビの向こう側に有る物に過ぎない物でしか無い。
けれどもこの店には人語を解する妖怪としか思えない者が普通に居て、戦う力を持たない一般女性がソレを普通に受け入れていると言う奇妙な空間だった。
「お前さん達が憑けてる物よりもアタシ等猫又の方が未だ一般的な存在だろーさ。チューナーって奴はどいつもこいつも自分の事を棚に上げてアタシ等を見てビビリ散らかすんだから面白いったらありゃしない」
……チューナーは飽く迄も『科学技術に依って超常を人の身に宿した者』に過ぎず、古来より自力でその域に辿り着く者は多々居たと言うのが正式な発表だった筈だ。
と成れば、人間以外にもそうした存在が居ても不思議は無いのだろう、彼等もまた大改編に依って世界の裏側から光の当たる場所に出てくる事が出来る様に成ったのだろう。
「猫は鴉と同じく三千世界の彼方まで好きに旅が出来る化け物さね。彼方の世界からこの世界に持ち込んだ戦いの役に立つ無数の品々を金さえ払えば分けてやるよ。まぁ見た所お前さん達はド初心者だろ? 基本的な品物から説明してやるよ」
白と黒のハチワレ猫がキセルを燻らせながらそう言う姿は、改めて自分が非日常の世界へと踏み込んだ事を嫌でも再認識させるのだった。




