♯.14 異能に慄き食欲を口にするジャパニーズ
「うわ! キモ! 自分の身体なのに自分の身体以上にヌルヌル動く! つかこんなバカでっかい刀をなんで片手で振り回せるんだよ!」
身体の何処からでも自分の意思次第で生えて来る柄ってのも十分にキモいが、それ以上に気持ち悪いのは持った事も無い大太刀と言うとんでもない得物が、普段振っている竹刀と同等かそれ以上にしっくり来る事だろう。
長さも重さもぜんぜん違う筈の大太刀を八相に構えて振り下ろしても、勢い余って足を切ったり地面に打ち付ける様な事も無く、ピタリと思った位置に止める事が出来るのだ。
この世に生を受けて22年と少し、自分の身体をこれ程気持ち悪いと感じた事は今までに一度も無い。
小学2年生の時に近所に有った剣道道場に通う様になってから、頭に思い描いた自分をトレースする様に稽古をし続けて来たが、想像の自分と実際の肉体が完全に同期したと感じた事は一度たりとも無かった。
何処かを意識すれば必ず別の場所が疎かに成る為に、そうした部分を少しでも減らす為のすり合わせこそが稽古なのだ。
そして何処かが改善すれば、また別の課題が見つかる……延々とそうした事の繰り返しだからこそ剣の『道』で、俺は小中高大と結果を出し続けて来たが道を極めたかと言われたら、口が裂けてもそんな事を言う事は出来ない、それ程に道の先は奥が深いのである。
……そうした『自分の身体を使う難しさ』を良く知っているからこそ、思った通りに身体が動く事の異常さが理解出来てしまうのだ。
「くらえサンマ野郎! メテオアッパー!」
その点、元々がインドア派で身体の動かす事の難しさを理解していなかったラスカルの弟は、絶好調で能力が宿った右腕を振り回して、突っ込んで来る巨大なサンマを迎撃していた。
サンマ……そうサンマだ、漢字で書けば秋刀魚とも表記するアレである。
その名に相応しい鋭い嘴で空中を泳いで突っ込んでくる奴らは、まともに食らえば下手な防具なんか貫通して土手っ腹に風穴を開けられるだろう威力を秘めている様だが、単体で突っ込んで来る分には多分ど素人でも身を躱す事は簡単だろう。
チューニングを受け超常の能力を身に着けた者ならば、突撃に合わせてカウンターを取るのもさほど難しい話では無い。
実際、ラスカルの弟も体捌きもろくに整って居ない不格好なアッパーカットでサンマを天井のシミに変えているし、俺の一太刀で2枚に降ろされたサンマはもう数えるのも面倒に成る程の数になっている。
「いやー、二人とも凄いねぇ……幾ら第一層入り口近辺のサンマしか湧かないエリアとは言え、コレだけ戦えるなら支部長がわざわざ即戦力だって言って案内する筈だよねぇ。おねぇさんちょっとだけ自身失くしちゃったゾ」
と、そんな感想を口にしたのは、万が一俺達が酷い怪我を負った場合に備えてフォローの為に付いて来てくれた『回復天使魔法使いらぶリン』こと天童 愛さんだ。
元は自衛隊病院で働く看護師だったそうで、有事に備えてそれ相応の訓練を受けて居たと言う彼女は、ニチアサに暴れる魔法少女の様なミニドレスを纏い、手には銃剣の付いた小銃を持っている。
ぶっちゃけ装備の落差がトンデモなさすぎて風邪を引きそうな気分に成るが、彼女が調整で得た異能が治癒に特化した物で、戦闘能力はほぼ自前だと言うのであれば今まで訓練して来た兵器を使うと言うのは決して間違った判断では無いのだろう。
まぁ対モンスター用の銃弾は量産が効かない物らしいので、銃を持っているのは飽く迄も自衛用、彼女の役目は回復役なのだとすれば、無駄弾を使わせた時点で前衛の仕事は失敗と言えるかも知れない。
……女性に年齢を尋ねるのは流石にマナー違反だと知っているので直接聞いては居ないが、正直あの格好をするには少々キツイ歳なのは間違いないだろう。
コスプレイベントとかそー言った場所ならば、回りもぶっ飛んだ格好をして居るのが普通なのでまだ開き直れるだろうが、仮にも戦いの場で彼女のその格好は空気が読めて無いにも程が有る。
にも拘らず彼女があんな格好をして居るのは、ラスカルの弟が戦闘モードに入るとあの(厨二病的に)痛々しい金色に光る入れ墨が浮かび上がるのと同様に、その衣装自体がチューニングによって得てしまった物だからだ。
要するに俺の手にして居る大太刀同様に、調整魂の具現化した物だから格好を変えようが無いと言う事で有る。
彼女の実年齢が幾つなのかは知らないが、自衛官の旦那さんが居る2児の母でも有ると言う話なので、おそらくはアラサーかそれ以上なのだろう。
なお旦那さんの方は適性率が5%を切って居た為にチューナーと成る事は無く、護国の為に今も近くの駐屯地に勤務して居るらしい。
お姉さんを自称して居るが子供が二人も居るんじゃぁ、もうそんな歳じゃ無いだろう……と言いたくなったが、返事の代わりにとんで来るのは回復魔法では無く銃弾か銃剣突撃の何方かに成りそうな確信が有ったので口には出さなかった。
「にしてもYou Tunerで予習してきてたんで多少はマシでしたが、マジでサンマが飛んでくるんですねココ……どうやって飛んでるんだ? 航空力学に喧嘩売ってるなんて物じゃねぇぞ?」
大学の剣道部は俺達の様な特待生だけが居たと言う訳では無く、全うに受験して大学に入り勉学に励みながら剣道もやりたいと言う者も居た。
そうした者の中には工学部で航空宇宙学を専攻して居る者もおり、彼等の言っている事は微塵も理解出来なかったが、ソレでも翼を持たないサンマが宙を泳ぐ異常さは理解出来る。
「あははー、ソレは確かにそーだよねー。うん、でもこのダンジョンって場所がどんだけ狂ってるかが一目瞭然でしょ? ソレに生き物を殺す事に慣れてない日本人でも魚が相手なら忌避感少ないだろうし良く考えられているよねぇ」
と、そんな言葉から始まった愛さんの言葉に拠れば、ダンジョンに出現するモンスターは出現場所がある程度コントロールされており、まずはサンマで殺す事に慣れて奥へと進むごとにテバサキと呼称されるダチョウの様なモンスターで更に慣れさせるのだと言う。
更に進むとトンソクと言う豚の様なモンスターが現れ、その次はギュウキと言う8本足の牛が居て、そこを突破する事で第二層へと至るのだそうだ。
……そしてその第二層からはコボルトやゴブリンと呼ばれる人型のモンスターが現れるらしい。
それ相応の訓練を受けた者でも人を殺すストレスは尋常では無く、精神を病んで戦場から日常へと帰れなくなった兵士なんて話は創作の世界だけの話では無いと聞く。
いくらダンジョンに出現するモンスターは、血を流さず死体も揮発してしまうとは言え、人型の存在を斬ると成ると今のままではたしかに躊躇してしまうだろう。
俺もガキの頃に田舎の婆ちゃん家で、〆たての鶏を食わせて貰った事が有るが、分かっていても目の前で生き物が捌かれると言うのは中々に来る物が有った。
対して魚は何の呵責も無く捌ける人が比較的多いのは、日本人が魚を生き物と言う括りよりは食材として見る感覚が強いからかもしれない。
……俺の数少ないデート経験の中でも水族館に行った時には、綺麗とか可愛いとか思う前に美味しそうと思ったもんなぁ。
「お? この能力も便利そうだな……いけ! パラライズ・アイ!」
戦いの場で俺がこうして呑気に愛さんと話をして、思考を巡らせる余裕が有るのは、ラスカルの弟が張り切ってサンマを駆逐して居るからである。
大太刀を出し斬った張ったしか出来ない俺とは違い、ラスカルの弟は能力に幅が有るらしく、強化された右腕でぶん殴るだけじゃぁ無く一睨みでサンマが生きたままで墜落した。
言葉の通り、サンマを麻痺させる能力が発現したのだろう。
「……このサンマって食えるのかな?」
痺れて床の上で震えているサンマの姿を見て、俺は思わずそんな事を呟くのだった。




