♯.10 機密の保持と簒奪者の可能性
適性試験を終え各種書類にサインをした時点で、生殺与奪の権はここの支部長で有る大先生に握られた訳だが……俺とてソレを覚悟した上で名前を記したのだ。
「はい、たしかに全ての書類を確認しました。では早速チューニングルームに移動します。私について来て下さい。機密保持と技術や機材保護の観点から、ちょっとした忍者屋敷の様な構造に成っているので逸れると面倒な事に成りますよ」
いや確かに俺が来る前に調べた情報でも、調整の為に使われる機材やソレを作る為に必要な技術の根幹部分は日本が独占して居ると言う話だったが、世界的に協調して居る今奪おうという者が居るとでも言うのだろうか?
「そこまで厳重にしなければ成らない理由が有んのか? 日本に対して比較的敵対的とも言える国にだってチューニング機材は行き渡ってるんだろ?」
思わず口をついて出た疑問の言葉に、俺を担当してくれているお姉ちゃんは軽く肩を竦めてから、
「狙ってくる相手は真っ当な国の組織とは限らないんですよ。分かりやすい例を上げるなら暴力団や半グレなんて呼ばれる様な連中や、危険なカルト宗教なんかも狙ってくる可能性は有ります、日本に限らないならマフィアや黒社会なんて言われる連中もでしょうね」
溜め息混じりにそんなセリフを口にした。
「はぁ!? さっきの説明じゃぁ調整魂ってのはこの世界を護る為に協力してくれる善良な魂って話だったじゃねぇか! んで、悪用しようとしても向こうが拒むから戦争なんかにゃ使えないって……」
その言葉を聞いて、適性検査やその後の書類記入に際して行われた説明と食い違う様に思えて思わず声を上げてしまう。
「基本的には先程の説明通り、軍事利用なんかは出来ないのは間違いないんです。けれども一部の宗教なんかではチューニング機材を使わずに、ソレと同じ様な効果を発揮する秘儀を持っている場合があるんですよ」
古来より異世界からの侵略者を水際で跳ね除けてきた無調整者と今呼ばれている者達は、多くの場合は氣と呼ばれる超常に目覚めた『武道家』、超常を学問として読み解いた『魔法使い』、そして信仰に依って自力で調整魂に類する物を宿した『信仰者』に分類される。
ここで施されるチューニングに依って宿す調整魂は、確かに同じ世界に住む者同士の争いに使われない様にする為ある程度制限を付けた者が召喚されるのだが、そうした秘儀を持つ様な所に機材が奪われればその制限を外される可能性はゼロでは無いらしい。
事実として海外では以前秘密裏に潰されたとあるカルト宗教が、偶然にもそうした秘儀を手に入れ自分達に都合の良いソウルを召喚しようとした結果、生贄として捧げられた『入れ物』の復讐心に感化されて暴走した……なんて事が有ったと言う。
危険なカルト宗教が問題ならば、暴力団や半グレは無関係じゃないのか? とも思ったのだが、入れ墨のモチーフには昔から神仏が彫られる事も多い事からも分かる様に、彼等と宗教は全く無関係と断言出来る物では無い。
今でも実際に蜜月と言って良い関係に有るカルト宗教と反社会組織が有るのかと言われれば微妙な所だろうが、反社会的カルト宗教と呼べる物が存在して居る以上は、そうした勢力が自分達に都合の良い調整を欲する可能性は高いだろう。
「調整魂の中には天使を自称する存在も居ますし、チューニングと宗教って割と相性が良い様で悪いんですよ……。いや無調整者で信仰者として異能を得た人の大半は真面目に活動して来たので、一部の悪で全てを否定するのも違うんですけどね」
……成程な、俺の頭じゃぁ理解出来ない程に色々と厄介な問題が埋まっているって事だけは理解出来たぞ。
「そんな訳でここの支部にチューニング設備が有ると言う事自体が機密事項ですので、口外する様な事の無い様にお願いしますね……って、さっきサインを頂いた書類に有る守秘義務の中には当然この事も含まれていますのでご注意を」
守秘義務に付いては『調整者として知り得た機密事項を外部に漏らすのを禁じる』って感じの事しか書いて無くて、何が機密で何が公開情報なのかは詳しく書かれて無かったんだよな。
一応前職で有る忠國警備保証で受けた新人研修の中で『基本的に公式ホームページに記載されて居る事以外は全部機密だと思え』と習ったが、多分ここでもその認識で間違って居ないのだろう。
もしも誰かに仕事上で知った様な事を聞かれても『守秘義務有るので詳しい事は公式HP見て下さい』と返すのが基本だったが、恐らく防衛隊では『You Tunerを見て下さい』と返すのが最善なんだろうな。
「畑中さんは今の若い人だからお酒は余り飲まないとは思いますが『赤提灯で機密漏洩』はどこの省庁でも良く有る話らしいので本当に気を付けて下さいね。調整者の対人戦闘は想定してませんが状況次第では絶対に無いと断言出来なく成る事も有りえますので……」
うん、さっき聞いた宗教系の儀式で異能を得た者や、極まった格闘家が氣に目覚めたなんてパターンの場合、ソイツが反社会的組織と一切関わりが無いと断言は出来ないだろう。
そしてそうした連中が戦力増強の為に施設を奪おうと考える可能性を、『絶対に無い』とは言い切れない筈だ。
「この世の中で絶対と言う言葉ほど信じては成らない物は無い……ってのは前職の研修でも散々言われたし、赤提灯云々もコンプラ研修でも耳にタコが出来る程言われたなぁ。まぁ部署に依っては個人情報を扱う仕事も有るし当然なんだろうけどな」
……個人情報漏洩も十分問題だがそれ以上に洒落にならない物が有るとすれば、現金輸送車の移動ルートの漏洩なんて物が有る。
居酒屋でポロリと漏らしたその情報が原因で強盗が発生し、同僚が命を落とすなんて事が有れば後悔する程度では済まない罪悪感の海に沈む事に成るだろう。
実際、現金輸送車に対する窃盗や強盗は余程額面が大きかったり死人が出なければ、全国ニュースとして取り上げられる事は無いが、年に数件程度は起こっている話だと前の職場で習った覚えが有る。
「さて……そろそろ質問タイムは終わりです、どうやら荒居君の方も適性検査が終わった見たいですし二人まとめて案内しましょうか。支部長! 荒居君の案内も私がしますので支部長はカウンターの方をお願い致します」
と、俺がそんな事を考えていると、隣の個室のドアが開き中からラスカルの弟と大先生が姿を表した。
すると彼女は即座にそう言って、俺達を先導して地下へと降る階段へと案内するのだった。
たっぷりと階段を降る事おおよそ地下二階分、その先にはコンクリートの床では無く通常の砂利よりも足音が出やすい防犯砂利を敷き詰めた迷路の様な通路が有り、ソコを進んで更に幾つかの隠し扉を通って辿り着いた先にその部屋は有った。
メカメカしい機材が幾つも並ぶ様なSFやサイバーパンクな部屋をイメージして居たのだが、残念ながらその期待は外れ部屋に有るのは大の大人がそのまま入れそうな程に大きな『ドラム式洗濯機』が4台並んでいる部屋だった。
「あはは……うん、でっかい洗濯機にしか見えないけれどもコレがチューニング装置なんだよ。今日は男の子だけだから間仕切りも必要無いしそのまま全部脱いで中に入ってくれるかな?」
……調整者候補が女性で大先生が言ったならば100%混じりっ気の無いパワハラ&セクハラ発言だが、笑いながら言っているにせよソレはこの部屋の絵面から受ける印象に関しての事で脱いで入れと言う言葉自体は冗談でも何でも無いのだろう。
女性から男に対してでもセクハラは成立するんだぞ、と前の職場で受けたコンプラ研修で習ったが、恐らくそうした意図は全く無い話だろう事は容易に想像が付く。
彼女では無く大先生が来て調整を行えば、そうした事を心配する必要も無いとも思うのだが、ここまで来る道のりを考えると彼の年齢では体力的にキツイとも思うしな。
俺もラスカルの弟も言われるがままにパンツまで脱いで脱衣かごへと入れると、洗濯機の中へと足を踏み入れたのだった。




