第四十六話 ラケッティア、日本でアイスと呼ぶものをアメリカではサメと呼ぶ。
高利貸し。こうりかし。こおりかし。氷菓子。
そんなわけで〈アイス〉は高利貸しの隠語である。
一方、英語圏の国では高利貸しはローンシャークと呼ばれる。
金貸し鮫である。
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なぜ、闇金というヤクザみたいでヤクザじゃない高利貸しが存在するのか?
なぜ、ウシジマくんはヤクザにならず、ヤクザに上納金払って、高利貸しをしているのか?
こたえは簡単で闇金というのは労力の割りにあまり儲からない。
カウカウ・ファイナンスはパチンカス相手に一日に三割で貸しているが、パチンカス相手の貸し出しではどう頑張っても三万以上は貸せないし、債務者はあの手この手で支払いを逃れようとする。
そのたびにあちこち走りまわって、一日に三割の金利を取り立てるが、六桁以上の取り立てがされることはない。
闇金からサラ金まで、あの手の金貸し商売は元手を返さず、毎月金利だけを返してくる連中をしゃぶっているので、ライバルの闇金に借り換えなんかされたりしたら、損なのだ。
つまり、闇金というのは考えているほど儲からない。
真に儲かるのは闇金からみかじめを取ったり、あるいは元手のカネを貸したりしているヤクザたちなのだ。
そして、ヤクザたちはバット片手に債務者を追いまわすくらいなら、市の工事に不正入札して手持ちのコンクリート会社に仕事をふったほうがずっと儲かる。こっちはウン千万ウン億円の儲けになるのだ。
そもそも闇金で借りる連中とは他で断られた連中であり、他で断られた連中は逃げたりするから断られる。
そういう相手に貸すのが、そもそもリスクなのだ。
それに闇金というのは逮捕されるとまずいことになる。
金融機関に口座をつくれなくなるのだ。
そうしたら、自分のところでカネを金庫に入れるしかないが、そんなの半グレに襲ってくださいと言っているようなものだ。
実際、ウシジマくんはしょっちゅうヤバい連中に狙われている。
ヤンキー、ヤクザ、肉蝮。
どれもこれもろくな連中ではない。
これが日本の闇金事情だが、マフィアはどうかというと、かなりの正式組員が高利貸しをシノギにしている。
彼らは自分の子分を回収係にしている。汚職警官が回収係をしているケースだってある。
日本の闇金に比べて、すぐ手足を折ったり殺したりするところがあるので、貸したカネの一部はあらかじめ損金勘定に入れているのかもしれない。
ただ、マフィア絡みの闇金業者になると、マフィアの正式組員ではないもののボスから幹部クラスの待遇を受けるものたちがいる。
シカゴのマッド・サム・デステファノやフィラデルフィアのフランク・〈フランキー・フラワーズ〉・ダルフォンソなどで、彼らはボスに直接莫大な上納金を払うことで商売のフリーハンドを得ていた。
悪魔崇拝者のマッド・サムの金利は週に二十パーセントから二十五パーセントで、ウシジマくんよりも優しい感じだが、カネを払わない相手をめちゃくちゃな拷問にかけて殺すことで知られていた、というより、拷問が三度のメシより好きで、誰かを拷問にかけて殺すために、明らかにカネを返せない多重債務者にカネを貸していたらしい。
隠れ蓑に花屋を経営していたフランキー・フラワーズは正式組員に課せられる様々な制限を嫌がってメイドされなかったのだが、マッド・サムは本当に頭がおかしかったから、メイドされなかった。
ただ、どちらも物凄く稼ぐのでボスが直接子飼いにしたというのもある。
人差し指をピンで突いて、手のなかで聖母マリアのカードを燃やしながら、マフィアの入会儀式を済ませると、最初は兵隊として、誰か幹部の下につけられる。
兵隊にとって、自分の幹部は絶対である。
兵隊は自分の幹部を通してのみ、他の幹部と連絡を取ったり、ボスに会うことができる。
他の幹部の下にいる兵隊と商売をするときも、兵隊同士が直接話してはならず、まずは幹部同士が話をつけないといけない。
例外は相談役で、自分の幹部とトラブった兵隊が直接話せる相手であり、そこからボスが仲裁に入る。
フランキー・フラワーズはこうした上下関係を嫌ったのだろう。
それにボスのアンジェロ・ブルーノは幹部を通して上納金をもらうよりも、フランキー・フラワーズを自分の直参にして上納金を受けたがったから、やはり正式組員化はうまくなかった。
マフィア絡みの闇金は賄賂代わりに警官や判事にカネを貸すこともあり、1950年代、マッド・サムは強盗を800ドル、暴行障害を1500ドル、第一級殺人を20000ドルの借金をチャラにすることでもみ消していた。
それに比べるとフランキー・フラワーズは高利貸しであったが、地元のイタリア系アメリカ人コミュニティの保護者のような立場で、クリスチャン・ストリートにあるセント・ポール教会主催のビンゴ大会の大口寄付者でもあった。まあ、その教会に置かれていた違法なスロットマシンの持ち主でもあったのだが。
マッド・サムとフランキー・フラワーズは対照的な高利貸しだ。
かたや頭のおかしなシカゴの悪魔崇拝者で、かたやフィラデルフィアの裕福な花屋。
だが、たどった道はどちらも同じでショットガンで吹っ飛ばされ、その生涯に幕を閉じた。
ちなみにマッド・サムを殺したのは人間の頭を万力で目玉が飛び出るまで締めあげたトニー・スピロトロである。
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高利貸し。こうりかし。こおりかし。氷菓子。
そんなわけで〈アイス〉は高利貸しの隠語である。
一方、英語圏の国では高利貸しはローンシャークと呼ばれる。
金貸し鮫である。
ふっふっふ。そうなのだ。
この赤線地帯にもローンシャークがいたのだ。
文字通りサメなやつが。
別に相手の商売を乗っ取ろうってわけじゃない。
利益を得ようというのでもない。
ただ、地元密着型風俗散財素寒貧向けのラケッティアリングを微笑みながら見守っていきたいだけだ。
さて、その高利貸しの鮫人は娼館の並ぶ目抜き通りから横に入った道に事務所を持っている。
道というよりは狭い谷間。でっぷりした魚竜がベンチの上でヒレを立て腹を上に向けていびきをかき、二匹のタコがチェスをしている路地裏の下町風情のある水流をそのまま流れていくと、砂岩でつくられた小さな平屋が見つかった。紫と黄色の柔らかい珊瑚と銀色の竹に似た海草を生やした路地に赤く光るクラゲが一匹だけ浮かんでいる。
その奥に小さな門があり、頭トンカチ型のシュモクザメとノコギリ型のノコギリザメの、まさに海のギャングどもが門番をしている。
カメ、魚、AI、幽霊含めて全員情報収集に駆り出したので、実質、こちらのお供は魚人王国の近衛士官候補生とそれに〈いまだ正体明かされぬお姫さま〉だ。
「分からないんだけど、……その高利貸しと〈海竜の墓場〉とのあいだにはどんな関係があるんだ?」
「ない。全くない」
すると、アクロと秘匿状態のお姫さまの頭のなかでクエスチョン・マークがシュワシュワと湧きだす音がきこえてきた。
「宇宙に飛んで以来、ビタミンRが不足してたからな。ビタミンRは健やかな気分に欠かせない。そういうわけで行こう。社会勉強だと思えばいい」
おれが足ヒレを平泳ぎ風に動かして、砂を巻き上げないよう、控えめに近づいていく。
すると、二匹の海のギャングはヒレで手にしていたカートゥーン雑誌らしいものを放り出し、おれに頭のトンカチとノコギリを突きつけた。
「なあ、ハンマーヘッド。この野郎、何しに来たのかな?」
「分かんねえよ、ノコギリ。おい、変なもんかぶった人間、お前、何しに来た?」
「社会科見学」
「社会科見学だぁ?」
「ついでにカネも借りに来た」
客と分かると、サメたちの態度は夜食に対するものから、やれやれしょうがねえな、と言ったものに変わった。
「じゃあ、ちょっと確かめるぞ」
二匹のサメがヒレを精いっぱい伸ばして、おれとアクロの体をボディチェックし、アクロから短剣と槍を取り上げたが、お姫さまの体を調べることはしなかった。
そのあたり、イタリア系のギャングスターらしい礼儀があっていい。
ノコギリザメが尾びれで屋敷の扉を叩いて、おれとアクロと秘匿状態のお姫さまは窓のない暗い部屋へと通された。
赤いクラゲが数匹、大きなテーブルのまわりを泳いでいて、一匹は大きな年老いた鮫人の手元を照らしていたが、ぼんやり脈動しながら投げかけられる光のなかで肉厚で鮫肌な手がサメの歯の削り筆を握り、石板に細かい数字を綴っていた。
海藻と魚の骨からつくった混合繊維の織物が鮫人の後ろで揺れていて、棚のなかの積み上がった石板が水流のいたずらでちらりと見える。それは多くの海産物を利子の鎖につないだ記録の堆積だ。
鮫人はほっそりとした顔の細く鋭い歯を持っていて、その長い鼻には丸いガラスをはめ込んだ眼鏡がちょこんと乗せていた。それどころか白い顎ヒゲさえ生えている。
「それで、いくらご入用で?」
非常に紳士的な物腰のサメだった。
これからの残りの人生六十年か七十年か、あるいは三日くらいしかないかもしれないが、ともかくこれほど紳士的なサメに出会うことは二度とないだろう。
いきなり要件をきく売れっ子高利貸しの無粋が筆を止めて、ペンを脇に置く仕草のひとつだけでチャラになるほど洗練されている。
サメは基本的に胎生だから、よっぽど胎教にいいものを母親サメは選んで接し続けたのだろう。
ただそういう礼儀正しさから逆張りすると、これはカネを返さない不良債務者を絞るよりは喰っちまう手強いタイプだなと思いながら、おれはこたえた。
「借りられるだけ借りたい」
ローンシャークは苦笑した。
「参考までに何に使うつもりか、いいかね?」
「それは企業秘密だ。ただ、確かな筋があるとだけ言っておく」
もちろんそんなもんない。
ここのおれにはコネもカネもない。
でも、ここはそう言っておくシチュエーションだ
シチュエーションじゃしょうがないよね!
鮫人は椅子に深く腰掛けて、腹の前で手の指を組んだ。
「今日、初めて会った、それも滅亡した国の士官候補生と少女――まあ、正体不明ということにしておこう――を連れた陸上文明の人間に、わたしがいくら貸せるとお思いで?」
おれは指を三本立てた。
ローンシャークはさらに深々と椅子に座って、
「三万。三日後に六万で返すのはどうかね?」
――と言った。
てっきり三百くらいしか借りられないと思っていたが、三万とは。
ただ、その三万は三万円に近いのか、三万ドルに近いのか分からない。ひょっとすると三万ジンバブエドルかもしれない。
しかし、利息が200%とはべらぼうだ。
「四万五千」
「この取引はわたしの取り分なしでの話をしているんだがね。五万五千」
「五万。これでだめなら、お互い時間を無駄にしたな」
「よろしい。それで工面しよう。今日、三万貸して、三日後に五万にして返す。ジュセッペ。三万を金庫から出せ」
ホオジロザメ風のがっしりとした鮫人があらわれ、アタッシュケース並みに薄い宝箱がテーブルに置かれた。その留め金を外すと、きらきら輝く宝貝が三万分――結局、単位は分からなかった――向きをそろえて敷き詰められていた。
「数えるかね?」
「信用する」
「ひとつ気に留めておいてほしいことだが、その貝はわたしの貝ではない。きみがわたしを出し抜いたとしても、その貝の本当の持ち主たちを出し抜いたことにはならないし、借金も消えるわけではない。借金は三日ごとに一万ずつ増えていく」
「もっと大物がこの取引を見守ってるってことか?」
「まあ、そういうことだ」
そう言って、ローンシャークはクラゲを一匹つまむと、天井へ放り投げた。
くるくるまわる光のなかにあらわれたのは、ローンシャークよりもはるかに大きなサメの顎や海棲トカゲの顎だった。
「これはほんの一部で、ここに飾り切れなかった分は〈海竜の墓場〉に埋めてある。それをわざわざ確かめることはしないほどの分別があると信じているよ。〈樹の星〉や〈風の星〉の帝国軍は倒して、星から離れればそれきりだが、ここでの取引からは倒すことはできても、一時的なもので逃げることはできない。では、いい一日を」
――†――†――†――
「いやあ、外見はフランキー・〈フラワーズ〉・ダルフォンソで中身は若干のマッド・サム・デステファノ。いいものが見れたよ。こんな海の底でもラケッティアリングに励む極道がいるとは、なんて素敵なことだろう」
すると、帰り道、横を歩いていたアクロが、さすがだな、とおれのことを誉めた。
「え? おれ、誉められるようなことしたっけ?」
「〈海竜の墓場〉だ。どうやって行くのかがもうすぐ分かりそうだ。これがあるから高利貸しに会いにいったのか」
「いや、違うけど」
「え?」
「いや、あの雰囲気は借りるしかない感じだから借りただけ」
「わざと返済しないで、〈海竜の墓場〉へ行く方法を知ろうとしたのではないのか?」
「いやいやいや。おれも、あのローンシャークが〈海竜の墓場〉をスタテンアイランドみたいに使ってることはあのとき初めて知ったもん。それよりもあいつの言葉、きいた?」
「なにを?」
「貝はあいつのものじゃないって! つまり、あいつはマフィアで言うところの準構成員なんだよ。やつの上にはもっとしっかりした、まさにマフィアと言っていい堅固な組織が存在する。もう、それを考えただけでワクワクしてきた。借金返さなければ、そいつらと会えるってんだから、こりゃ借金返すのは馬鹿のすることだ。よし、いまからそのときのためのイメトレをするから、おれ、これから精神集中して妄想をたぎらせるね。バーイ」




