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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
星々の世界 ラケッティア宇宙へゆく編
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第四十四話 クール系ライバル、見初められる。

 イスラントはアクロと王女が横町へと曲がるのを見ていた。


 弱い存在。だが、互いに寄り添い合って、何とか世界を生きていこうとしている。


 その姿は――、


「昔のおれたちに似ている」


 振り返るとジャックがいた。


「なんのようだ?」


「情報収集だ。組んでいくぞ」


「ひとつ言っておくが、おれはエステスの抹殺命令には賛成だった。組織の指令は絶対だった。お前が余計なことをしなくても、おれがひとりで遂行できた」


「そうか。イースは強いな。おれはいまでも、あれこれ思い出す。おれとエステスとお前。心の壊れた人殺しが三人で寄り合って、ようやくひとりの人間として通用した。死ねば償いになるか?」


 イスラントは、ぷいっ、とそっぽを向いた。


「知るか」


「おい、どこに行く?」


「ひとりで探す。そっちのほうが効率がいい。下らないことを話しかけられずに済むしな」


「そうか……」


 イスラントの脚が優雅に水を蹴り、最初に行き当たった横町へと曲がる。


 クラゲに照らされた赤く暗い街並みは、谷のさらに深い底へと下っていて、赤と黒の影のなかで海棲人種の遊客たちが海藻のようにぞろりぞろりと動き、大きな巻貝の殻の宿屋からは人魚たちの弾く竪琴の弦が怪しく響き、物売りの声に共鳴する。


「ホヤはいらんかね。串刺し一本、宝貝三枚」

「ウナギ飴、ウナギ飴。精が出るよ」


 大きなタコの立ち食い屋台では夜光虫を閉じ込めた箱の明かりを頼りにタコがヒトデの切り身を切って小皿に乗せているのだが、あきらかに彼自身の一部と思われるタコの切り身がヒトデの五倍の値段で売られている。


 黄金の鱗をもつ人魚の遊女を左右のヒレに侍らせた大きな海棲トカゲの尾ビレが水を大きく揺らすと、クラゲが揺れて、赤い街全体がぐらぐら揺れる。御大尽トカゲはその後、丘を下りながらカーブする道の暗闇へと消えていったが、ポツポツ浮かんだクラゲの赤い点がぐらぐら揺れるので、どこにいるのかは遠くからでも分かった。


 もし、海のなかに海棲生物による暗殺組織があるのなら、ああしたのが大物の標的になるのだろうなと思いつつ、海の底の色街を進む。


 いや、あれは苦労しそうだ。

 魔物専門に狙う暗殺組織の話をきいたことがあるが、構成員はしょっちゅう死んで、万年人手不足だった。


 実はイスラントのもとにも、引き抜きの話があった。

 イスラントは組織を裏切ることはできない、と断ったのだが、本当に断った理由は……


「くそっ」


 思い出したくもないことを思い出しそうになり、首をふる。


 すると、ダイビング用ヘルメットの明かりがつき、目の前に広がる暗闇を白く照らし出し、いちゃいちゃしていたエビと三葉虫が慌てて逃げ出す。


 まわりにいる海産物が光に迷惑そうな顔をするので、また首をふると、明かりが消えた。


 ここではこの暗く赤い光にも商品価値があるようだ。

 暗殺者の不意打ち向きの暗闇があちこちにある街にかすかな海流を感じ、イスラントは何も考えず、その流れに乗った。


 どうやら酒の代わりになるらしい酩酊作用のあるウミウシを売る店が赤と青と黄色の丸い看板を掲げていて、その下をくぐって通りに出ると、売れっ子遊女に贈られるらしい珊瑚と海藻の美しい花束が店の前にかけられ、丸っこいイカが青く光る路地では酔っ払って眠るジュゴンが口の端で海藻を噛んでいる……。


 一度、横切った通りを、また横切り、別の横町に入ると、サメ専門の遊女屋があった。

 大きな岩を切り削ってつくった岩屋には珊瑚と柔らかい網状のタンパク質を散らした飾りにいくつかの窓があり、そのうちのひとつから化粧をしたサメがイスラントを見下ろしていた。


 横町を今度は昇っていく。

 切った石を敷いた道にはクラゲ灯籠が並び、丈の高い柳に似た海草に囲まれた園亭があった。

 羽衣をまとい、珊瑚を髪に差した夢魔めいた人魚たちがイスラントのまわりをぐるぐる泳ぎまわり、


「あら、お兄さん。おかからきたの?」


「きれいな顔ねえ」


「ねえ、遊びに来てよぉ」


「遊びましょうよぉ」


 と、やたら袖を引く。


「悪いが文無しでね。放っておいてくれないかな?」


「なら、一回目はあたしがもってあげる。お兄さん、いい男だから」


 人魚たちがイスラントの左右の腕を取り、洞穴の店に引きずり込もうとしたとき、体の半分が化石化した老魚があらわれて、ぺこりとお辞儀をした。


「なによ、化石のじいさんじゃない」


「申し訳ございませんが、こちらの方をお連れするのは待っていただけませんでしょうか?」


 程よく抑制された物腰の老魚は大きさにしてみると、全長四十センチ、頭に殻があり、顎はあったが、歯はなかった。しゃべるたびに、ところどころ石化した舌がざらっと音をさせる。


「実はお嬢がこちらの異邦の方に非常に興味をお持ちでして」


 そうきくと、人魚たちはイスラントの腕を放した。


「ちぇっ、しょうがないわね」


「またね、色男くん」


 人魚たちは庭園や石屋へ戻り、楽器を鳴らしたり、クラゲを捕まえて光を歪ませたりして、客引きの退屈な結末をまぎらわせようとした。


「それでは、イスラントさま。こちらへ」


「なぜ、おれの名前を?」


「ここはそういう町でございますよ。噂はすぐに知れ渡る。特に帝国に歯向かい、〈樹の星〉と〈風の星〉から帝国軍を一掃した異邦人の噂はひろまるのがはやいのでございます。さあ、あちらです」


 そう言って、化石魚が短い胸びれで指したのは大通りの行き止まりにある、最も明るく最も大きな遊女屋だった。

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