第三十九話 ラケッティア、海洋生物学。
海を探索しながら新しい生き物に出会うたび、おれは分類学者みたいなことをしている。
要するに名前をつけているわけだ。
ヒラメみたいな両生類には〈ザ・チャンプ〉、ペンギンみたいな海トカゲには〈ゴトーの嫁〉、固い殻に守られた化石的巨大魚には〈ジュリア・ロバーツ〉、鋭い歯を持つ銀色のシーラカンスには〈安心商店街〉といった具合で、まあ、特徴とかそういうのなし、完全なフィーリングで命名している。
ただ、フィーリングというのはそのときそのときで感じ方が違うから〈ザ・チャンプ〉を〈子役上がり〉と呼んだり、〈ジュリア・ロバーツ〉を〈ブリジット・フォンダ〉と呼んだり、あるいは命名の感覚がマヒして、〈あの平べったいやつ〉とか〈ドヤ顔っぽくてむかつくやつ〉といった外見的印象に囚われた呼称をしてしまうこともある。
まあ、結局、おれは分類学者には向いていないということだ。
どこまでもピンクの珊瑚が続くエメラルドグリーンの海を泳いでいると、カルリエドはためしにクラゲを食べ、ギル・ローはアンモナイトを狙ったが、文字通り歯が立たず、リベンジを誓って、その場を離れた。
ヘルメットのなかの泡をきれいに取り除いたイスラントがジャックと一緒に戻ってきていたので、また前進を再開し、何やらタンパク質めいた緑の凸凹がへばりついている大きく切り込んだ谷で珊瑚が尽きると、例の水中装備の帝国兵が三人、機械でできたイルカみたいなのに乗って、誰かを追いかけている。
追いかけられているのは槍をもった少年と青くライトな感じのドレスの少女で人間みたいな姿かたちをしている。ということはあれが〈水の星〉の住人ということだろうか?
ギル・ローには人は喰わないという約束をさせたから――この約束をするまで、やつは当然のごとく帝国兵を喰うつもりでいた――、あの追いかけられているふたりを助けたい人、手をあげて、と言っているそばから、イスラントがかかっていった。
すでに氷の剣を抜き放っている。
帝国兵は網を発射して、少年を絡めとり、トドメを刺そうと剣を抜いていた。
その少年をかばうように覆いかぶさる少女。
「そんな小僧ひとりにかかるより、おれが相手をしてやる」
そう声をかけると、帝国兵が、
「貴様もカピアさまに逆らうか。処分する」
と、イルカ型自動ビート板に捕まって、高速で突っ込んでくる。
イルカ型自動ビート板の先端には銃剣みたいな刃がついていて、これでイスラントの胴をぶすりとやるつもりだったらしいが、イスラントは剣を持つ手をだらりと下げたまま、相手の攻撃をかわし続ける。
「どうした? 避けてばかりでは我らに勝てぬぞ」
すると、幽霊少女曰く向けられたら妊娠するかもしれない、たまらん冷酷な流し目をして、剣を鞘に納めながら、
「勝負ならもうついた」
そう言い捨てた。
三人の帝国兵はまたコンビネーション攻撃みたいなものを仕掛けようとしたが、急に動きが鈍くなり、ガタガタと震え始めた。
「な、なんだ、寒い」
「ふ、震えが止まらない」
すると、帝国兵の身を包む潜水服がボコボコと膨れ始めた。
潜水ヘルメットのガラスは真っ白な霜に覆われたかと思うとヒビが入り、青く尖った氷がガラスを突き破り、一滴の流血もなく三人は絶命した。
「ふん。自分が死んでいるくらい気づけ」
――†――†――†――
少年の名前はアクロ。
〈水の星〉の住人である魚人だ。
「でも、実際はウミヘビが先祖と言われている。でも、ウミヘビ人じゃ格好がつかないので、とりあえず名前の上だけは魚人と名乗ります」
魚人は指のあいだに水かきがあり、肌は青白く、顔と手のひら以外は青い鱗で覆われていた。
アクロがおれたちを連れてきたのは小さな洞窟だが、そのなかには槍がかかった棚があり、盾や交差した斧がタイル張りの壁を飾っていた。
「ここはわれわれ魚人の国の軍の詰め所です。この星にはこのような詰め所や基地がたくさんあります」
魚人の国はちょっとした軍事国家であり、勇猛な軍人が中心となって、女王に忠誠を誓っていた。
だが、新生フレイア帝国の女将軍カピアさま率いる軍隊がやってくると、魚人軍は破れ、捕らえられた魚人たちはカピアが海底に築こうとしている〈メガリス〉建造に駆り出されてしまったらしい。
アクロの立場は近衛士官候補生。
近衛、という文字がついているということは王室の警護に関係してるんだろうな。アクロは言葉を濁すが、まあ、いくら助けられたとはいえ、おれたちみたいなぽっと出の異星人簡単に信じるほうがどうかしてるよな。
少女の姿は飲料会社が海洋深層水を擬人化したらこんな感じになるだろうなというところ。
深い海の底に秘められた秘密の純水というコンセプトのもと、清楚系に仕上がりました。簡素なドレスだが、曰くのありげなブレスレットは不思議な青い象形文字が彫られていて、青い宝石がはまっている。
それにさっきこの子がアクロをかばった瞬間、アクロが言ったこともきこえてる――姫、お逃げください。
こっちはもう知ってることを知らないフリするのは馬鹿らしいかもしれないが、信頼関係を築くなら相手から言ってくるのを待つほうが近道だ。
「失礼ですが、あなたたちはなぜこの星に?」
「おれらの仲間の女の子がひとり、フレイアに囚われてる。帝国がカッターナイフもどきを集めてるのが分かったから、そいつを邪魔して、フレイアに殴り込むときにできるだけいい条件を作っておきたい。一筋縄にはいかそうにない、星みたいだからな。フレイアってのは」
「カッターナイフ? よくわかりませんが、それは帝国が探している古代兵器か何かですか?」
「そんなとこ。ところで、おれたちは共闘ができる。こっちはこの星に来たばかりで右も左も分からないが、そっちは見た感じ頭数が足りてない。それにこの星にも守護神がいるだろう? そいつも味方につけたい。どうだい?」
手を差し出す。
この星に握手の風習があるかは半々だが、アクロは大きな水かきのある手でおれの手を包み込むように握手した。




