第三十八話 ラケッティア、三つのうちふたつ。
人生観が変わる出来事の御三家は宇宙旅行、スキューバダイビング、そして離婚裁判だ。
三つのうちふたつを経験したわけだが、まあ、宇宙のほうには地球が丸じゃなくてお盆だったという、まあある意味人生観の変わる出来事だったが、スキューバダイビングのほうは間違いなくきれいに人生を変えてくれた。
体験ダイビングで感動してるんじゃねえ、ラケッティアしろ、という向きもあるだろう。
いや、昔、考えたんだよ 海を使ったラケッティアリング。漁船を密輸に使う以外で。
まあ、死体を透明にするサービスだ。
始末に困った死体をおれらが海に捨てる。
沿岸警備隊には賄賂たんまり渡して、酒の密輸をやってるから、来栖ミツルが漁船に乗っているのが、見つかっても、『ああ、またラムを密輸してるんだな』くらいにしか思われない。
カラヴァルヴァの各商会ともそれぞれ死体を透明にするノウハウは持っていたが、だいたい北の街外れに埋めるか、あるいはもっと簡単にエスプレ川に捨てるかがせいぜいだ。
来栖死体透明会社は大成功すると思ったのだが、まあ、結局、失敗した。
ケレルマンやカサンドラ・バインテミリャみたいなやつらは死体をメッセージに使う。
町のど真ん中に転がしたり、スカリーゼ橋の脚に引っかかるって分かってて川に捨てるのは、おれたちに逆らったらみんなこうだ!という見せしめなのだ。
それにあいつらは養豚場を持ってるから、やんごとなき理由のため死体を透明にするなら、そっちを使う。毛を全部剃って、歯を抜けば、豚どもが骨まで食ってくれる。
それに冷静に考えたら、他の〈商会〉がやった殺しをあれこれ知ってしまうのはあまりいいものではない。
おれはもちろん絶対誰にも言わないけど、もし、その殺しが何かの拍子に官憲にバレたら、おれも密告屋じゃないかと疑われるのだ。
ノヴァ・オルディアーレスにぶち込まれたときにきいた話なんだが、ある男が自分のやった殺しを仲間たちに話したら、そいつの刑が懲役から斬首に変わった。
誰かがチクったのだ。
ちなみに密告屋は他の監房から隔離されて、絶対に安全だと高をくくっていたらしい。
ところが、密告が何よりも許せない囚人のひとりで放火魔だった男がその隔離官房の出入り口の上に閉じ込められていたのだが、他のやはり密告が何より許せない囚人たちの協力で何とか壺とロープと灯油と松脂と硝石をまぜたものを手に入れ、そのナパームもどきを壺に詰めると、ロープで吊るし、密告屋が隔離官房から運動のために中庭に出たところで密告屋の頭に原始的なナパーム弾を落とした。イドを吸うのに使うガラス管二本に片方は強酸、もう片方に砂糖を入れて、壺の底に入れておいたから、ガラス管が割れて酸と砂糖がまざって、それが火種になった。
密告屋は水や毛布では絶対に消えない炎で骨まで焼かれた。
このように密告屋には無残な末路が待っている。
自分勝手な犯罪者たちも密告屋に対する制裁では見事なチームプレイを見せてくれるわけだ。
だから、自分が密告屋に見えるような行動は控えるのが吉なのだ。
長年商売している男だが、名前はファーストネームのトニーしか知らないなんてことはよくあるのだ。
そこで、お前の名字なんだっけ? なんてきいたら、こいつサツとつながってんのか? って思うやつもいるのだ。
――†――†――†――
スキューバダイビングがきれいでメロメロという話をしてたんだった。
いや、きれいなのはいいんです。
ただ、気になることがあって。
「よーし、どんどん食べるぞ」
魚となったギル・ローが物凄い勢いで海産物を召し上がっている。
「カメリエドも食べるんよ~」
カルリエドは珊瑚をバキバキ食べている。
気になるのは〈水の星〉の住人がどんな格好をしているのか分からないということだ。
ひょっとしたら、ギル・ローがさっきから食いまくってる小魚みたいなチビトカゲがそれにあたるかもしれない、カルリエドがバリバリ食べているのが珊瑚人なのかもしれないのだ。
そもそもなんでギル・ローはそんなにメチャクチャに食いまくっているかというと、なんと進化の秘術はギル・ローを魚にするだけでは飽き足らず、どんどん進化させていくのだ。
まだ、胸ビレが少し大きくなったりとか、そのくらいだけど、これからもっといろいろすごい進化をするかもしれない。
発電するとか、鱗がダイヤモンド並みに固くなるとか。
「まだ刻印にハマってもらってたほうがよかったよ」
「あんたも魚になればよかったのに」
「嫌だよ。そんな弱肉強食の世界」
「人間ってのがいかに生ぬるい存在だったか思い知ったぜ。それに生の魚がこんなにうまいだなんて」
現在、ギル・ローは全長五十センチの普通の魚だ。
みんなが魚と言われて思い浮かべるような魚らしい形の魚だ。色は青っぽい銀。
でかいニシンのようなもんだ。
生魚の味を覚えたようだから、きっとグラマンザ橋のリトル・アズマのお世話になることだろう。
「牙が欲しいな」
「カメリエドはこのままでいいんよ。かめかめだや」
ジャックとイスラントは海産物にならなくてよかった、まじサタンって顔してる。
おれたちがいま泳いでるのはほっそりとした海草が絨毯みたいに広がる浅瀬だ。
ときどき出てくるエビやヒトデに、恐怖の捕食動物と化したギル・ローが盛んに食いついている。
カルリエドは海草をムシャムシャやっていて、悪くないんよ~とまたムシャムシャしている。
こう考えると、人間はいかに食欲以外の欲を発達させることによって自分たちを動物と区切ったかが思い知らされる。
性欲、睡眠欲、ゴッドファーザー欲、グッドフェローズ欲、ボードウォーク・エンパイア欲、などなど。
多様な欲があるからこそ、それを叶えようと様々な手法を思いつく。
この海産物二匹みたいに食の一辺倒ではいかんなと思うわけですよ。
「おい、やったぞ!」
ギル・ローが叫ぶ。
本人が言うには紫色に光るウミウシを食べたら、特殊能力がついたとのこと。
それというのが、両目のあいだに現在むくむく出来上がっている組織からある種の電波のようなものを飛ばす。それで獲物をレロレロにして、簡単にパクリ。
「イルカみたいだな」
「イルカなんかよりもずっといい。見てろ」
今回、ギル・ローの電波食いの犠牲となったのは〈ぴえん〉だった。
ぴえん、というのはおれが名づけた。
ちっこい魚で頭は殻みたいなものに覆われているが、ヒレがなく、尾びれの形をした薄い肉が後ろにあるだけで恐ろしく泳ぎが下手だ。
ゆえに他の生き物に襲われて食われやすい。
ギル・ローはちゃんと背びれも尾びれもあるんだから、ぴえんくらい普通に食えそうだが、早速手に入れた新器官を使いたくってしょうがないので、ぴえんに電波を浴びせた。
ただでさえ下手な泳ぎがレロレロになることで見ていてかわいそうになるほどの酔っ払いダンスみたいになった。
だが、レロレロになったのはぴえんだけではない。
重装備潜水兵もくるくるまわりながら、海草の茂みからあらわれたのだ。
ジャックがすかさず動いた。
イルカみたいに水を蹴り、潜水兵の背後から汲みつくと、その喉を素早く搔き切った。
「あっ、それ、ヤバい――」
ぶくぶくぶく!
見れば、イスラントのマスクのなかが泡だらけになっている。
「あちゃあ」
「すげえ! 大成功だぜ! 次は電撃だな。よし、全員、ウミウシを探せ!」
「カメリエドも進化したいんよ~」
……なんか、苦労しそうだな。今回。




