第三十六話 ラケッティア、途方もなく大きな蛇口を開けっ放しにしたような。
大きさでいうなら〈水の星〉はこれまでの星など比べ物にならないほど大きい。
シップの舳先に立って眺めると、視界の端から端までナイアガラの滝みたいになっていて、たぶん東京都民が一か月で使う分の水がほんの数秒で流れていくくらいの非常にダイナミックな眺めになっている。
滝つぼがないので、巨大な質量のお水くんは宇宙に途方もない霧をつくって、虹になる。
紙飛行機以来、なんだか詩情たっぷりに眺めばかり見ている。
カネを返さない債権者とか、役人とズブズブのゼネコンとか、こうラケッティアなものがない。
しかし、広い海である。そして深くもあろう。
正直、どうやってここの帝国と戦い、カッターナイフもどきを分捕ってやればいいのか、方針が定まらない。
ともあれ、敵が水中にいるのであれば、こちらも水中へ行けるようにならなければならない。
〈風の星〉の長老が言っていた、潜水器具について研究しているという樹人を見つけなければならない。
しかし、行くところずっと海が続いている。
アニメだったら水着回のサービス三昧だろうが、残念、野郎しかいません。
なんで、女子をひとりも連れてこなかったのか、というか、そもそもこんなに簡単に宇宙にすっ飛ぶのは予定外だった。
現実日本には宇宙飛行士になりたい子どもたちが大勢いるのに、予定外に宇宙に飛んでったなんて、いやはやまったくな話ですが、この宇宙、たぶん彼らが想像する宇宙とは違う。
「なにが野郎だけやねん。ここに紅一点がおるねんで?」
「ホントについてきたんだ」
「言ったやん。ウチは守護霊になるって」
例の出待ち幽霊のなれの果てがいま元気に陽光を浴びています。
「紅一点ねえ……。幽霊なのに水着着替えられるの?」
「知らんわ。海見るのも百万年ぶりやもん」
「あのさ、百万年も生きて――はいないけど、意識があったら、もうちっと、こう、考え方が高尚なものにならないか?」
「なにがやねん。高尚って」
「百万年だよ、百万年。こう、命とは何なのか、人はどこから生まれ、どこへ向かおうとしているのか、とか、そういうこと考えるでしょ?」
「知らんがな。ウチはずっとあそこで出待ちしとったんだもん。だいたい、あんた、百万年に夢見すぎ。年取ったらみんな賢くなるかいな。ウチのじいさんは年取るほどわがままでききわけなくなって、スケベになってったで? 時間が経験として積み重なるなんて、そんなんテレビのなかのお話やわ。まあ、最初の五百年くらいはちっと考えたけど、すぐ馬鹿らしくなってやめたわ、んなもん。それより今や。ウチは推しを見つけて、第二の幽霊人生を歩むんや」
「……除霊できるやつ、いないかな」
「ん? なんか言うた?」
「いえ。なにも」




