第三十三話 アサシン、援軍到着。
大砲で撃ちだされたにもかかわらず、ヨシュアとリサークは実にきれいに着地した。
ウェティアだけは別の場所に飛んでいったらしいのだが、というのも彼らの着地地点から離れた場所で大きな爆発があり黒煙がもくもくと赤く濁った汚染空に湧き上がっているのが見えたのだ。
「ここにミツルくんが?」
「そのはずだ。とりあえずウェティアと合流しよう」
彼らが到着したのは〈錆の星〉の帝都だった。
赤く錆びた通りに出ると、串焼き屋があり、串刺しにされた養殖虫の焦げた腹から脂がしたたり落ちる音が拷問もどきにきこえてくる。魚屋の水槽にはあと数年もすれば、進化によって陸上に進出できそうな古代魚が、から揚げにされてどろっとしたタレをかけられるのを待ちながら、せつなげに鰓ぶたを動かしていた。
泥のような粥を贖うひん曲がった貨幣、帽子につける金具を売る子どもたち、道の中央に立つ石碑、軋みながら錆の粉を生み出している工作機械、机の上の小石をぶつけ合う遊びに熱中する男たち。
そして、それら全ての上に高架線を走る魔導列車の音がやかましく降り注いできた。
奇妙な話だが、ヨシュアとリサークには彼らが何を言っているのかが分かった。
大砲に入り、発射されたとき、その爆発音とともにこの星界で使われる言葉が頭のなかにねじ込まれたのだ。大砲の作者の気遣いだろうが、これのせいでふたりは頭痛が止まらなかった。
薬屋のようなものがあったが、ふたりとも無一文だ。
変な騒ぎを起こさず頭痛薬を手に入れる算段はつかないし、この錆びだらけの街を見ていると、まともな頭痛に効く薬をつくることができるのかも怪しい。
「ミツルだ。ミツルにあって、あの三白眼で見つめてもらえば、頭痛も治る」
「同感です。とりあえず犯罪組織を探しましょう。彼がいるとしたら、そこです」
鎖をバラバラにして売っていた露天商にこのあたりを束ねる犯罪組織はどこにあるか教えてもらい、三階建ての錆びた建物に突撃した。
露天商はとんでもない悪党だからやめておけと言ったが、むしろとんでもない悪党だからこそふたりは会いにいかねばならないのだ。
だから、敵の本拠地のドアを蹴破り、ぶよぶよに太った男がこのあたり一帯を仕切るボスだと教えられると、頭痛も手伝って、ひどく暴れたくなり、その場にいた全員を半殺しにして、ついでにボスは三階の窓から外に放り出した。
そんな調子で犯罪組織を三つ潰したが、どれもボスは極悪と教えられていたのに、実際はチンケなチンピラでその悪のほどは来栖ミツルの三億分の一。小さな店からとったみかじめで小さな賭場を運営するのが精いっぱいのくだらない連中だった。
頭痛はますますひどくなる一方で、帝都を揺るがす大爆発が三度きこえてきた。
ウェティアも爆発しているらしい。
帝都の道事情ははっきり言って劣悪でウェティアが、どんがらがっしゃん、ちゅっどーん!しそうな出っ張りやへこみはいくらでもあった。
それでもこの星に落ちてきたときの爆発もいれて四回だけとはウェティアもずいぶん用心して歩いているということだ。
「どいつもこいつも小物ばかりだ。ミツルに遠く及ばない」
「ひょっとすると、ミツルくんはこの街にはいないのかも」
「ふん。あきらめるなら勝手にしろ。おれはまだ探る」
「あきらめるといったつもりはありませんよ。ですが、時間がありません。アサシン娘たちがフェリス嬢を使って、こちらへ飛んでくるとミツルくんへのアプローチそのものが難しくなる」
「見ろ。あいつら、徒党を組んできた」
見れば、最初に窓から放り出したぶよぶよのボスがやってきた帝国兵にふたりのことをご注進しているところだった。
「兵隊のみなさん! あいつらです! 反逆者ってのは!」
ヨシュアは、どうしてさっきあのデブを殺さなかったのだろうと思い、ナイフを一本抜くと、刃のほうを三本の指でつまみ、振りかぶって投げた。
デブの背中にナイフが刺さって、ギャッ!と声が上がる。
しかも、そのナイフの柄には導火線がしゅうしゅう煙を上げていた。
デブが帝国兵数人を巻き添えに吹き飛ぶと、帝国軍は魔導装甲車を二台繰り出してきた。
回転する弩砲から放たれる槍をかわしつつ、土地勘のない街を走って逃げるというのはアサシンとしての力を試す極上のテストともいえた。
この非常事態をどうさばくか、逆にうまくさばけば、それだけ来栖ミツルの心覚えもよいだろう、きっと「わあ、素敵! めちゃくちゃにして!」と言ってくるかもしれない、と、かなり自分たちの願望に合わせた来栖ミツル像をつくり、それを励みに帝国兵から逃れ、横道に隠れ、装甲車が通り過ぎると飛び出して、装甲車によじ登り、ハッチをこじ開けて、なかになだれ込んで、乗員を皆殺しにした。
血なまぐさい装甲車から出ようと思って、うっかりレバーのひとつに触ると、装甲車は急に全速力で走り始めた。
操縦席の上にある装甲箱のなかで砂時計がくるりと回転し錆の粉を落とし始めた。
ふたりは別に装甲車に造詣が深いわけではないが、この砂時計の中身が全部落ち終わるまで、このなかにいてもいいことがないくらいは予想がついた。
装甲車から飛び降りると、装甲車は大きな広場の真ん中にあるメッキの皇帝像にぶつかって、爆発した。
不吉な地響きとともに地面が陥没し、メッキの皇帝はまるで地獄の亡者に引きずられるよう底知れぬ穴のなかへと消えていった。
気のせいかもしれないが頭痛が少し収まった。
だが、頭痛の種、というわけではないが、皇帝のメッキ像をこの世から消滅させた罪はなかなかの重罪であり、その罰則は何という偶然の一致か、頭を万力で締めつけるものだった。
広場に通じるあらゆる通りから竜の頭を象った魔導戦車があらわれ、包囲の輪を狭めたときだった。
敷石のひとつがわずかに持ち上がったのだ。
その隙間から、
「こっちだ! はやく!」
と、声がしたので、ふたりはとりあえずその声に従ってみることにした。
魔導戦車が広場の真ん中までやってきて、反逆者が消えてしまったと嘆いているころ、ヨシュアとリサークは古代につくられた地下水路の歩道でカンテラを持った謎の人物の青いマントについていっていた。
「あんたたちは自殺志願者か何かか?」
青いマントの男がたずねた。
カンテラの投げかける赤い光を剣の柄が鈍く滑らせていた。
「違う。なぜそんなことをきく?」
「この星であんなふうに皇帝の像を破壊するのは自殺志願者か、レジスタンスのどちらかだ」
「我々はどちらでもありません。ただ、人を探している旅人に過ぎないのです」
「つまり、異邦人か」
「そうとっていただいても結構です」
「別に異邦人に悪い印象があるわけじゃない。〈樹の星〉で暴れたのはあんたたちか?」
「そんなところには行ったことはありませんよ。たったいま、ここに着いたばかりなのですから」
「たったいまついたばかりなのに、皇帝が絶対に許さないだろう破壊活動に従事するわけか」
「狙ってやったわけではありません。ただ、我々が探している人物が出てこず、それを邪魔するようなことをされたので、こうなっただけです」
「それより、あんた、さっきおれたち以外にもこんなふうに暴れまわっているよそ者がいるみたいな話し方をしていたな」
「ここ最近、急にあらわれた異邦人だ。それが〈樹の星〉の帝国軍を壊滅させた」
「きっとミツルだ」
「知っているのか?」
「おれのフィアンセだ」
「どさくさにまぎれて何勝手なことを言ってるんですか。殺しますよ」
「上等だ。ここで決めよう。ミツルが誰のものか」
それから両側で水が奈落へと流れ落ちる橋のような通路の上で剣がぶつかり合うこと三十八回、お互いの首に絞首用ワイヤーを引っかけること八回、投げ放たれた手裏剣百十二本という壮絶な殺し合いをし、結局、決着がつかないころになって、ようやく青いマントの同行者の言葉に耳を傾ける気になってきた。
「あんたたちの実力は分かった。それを見込んで頼みがある。おれたちレジスタンスに力を貸してくれないか? 例の異邦人が帝国と敵対しているのなら、いずれレジスタンスは彼らと会う場所をつくるつもりだし、彼らがあんたたちが探している人物なら、それで一石二鳥だろう?」
「じゃあ、あの装甲車の兵隊どもを相手に戦えというわけか?」
「ああ。だが、もっと隠密裏にやれる」
「わたしはいいですよ」リサークが言った。「今のところ、土地勘はないし、他にすべきことはありませんからね」
「こいつの真似をするわけではないが、……おれも賛成だ。他に辿れる筋がないし、その〈樹の星〉の異邦人たちはおそらくミツルたちだ。ここで暴れれば、向こうもこちらが来たことを知る」
ヨシュアは手を差し出した。
「ヨシュアだ。暗殺者で来栖ミツルの婚約者だ」
「ヴィクターだ。これでも一応レジスタンスの副リーダーってことになっている。よろしく頼む」
「わたしはフェルディナン・リサーク。先ほどこちらのヨシュアが言ったことは忘れてください。彼がなんと言おうが、ミツルくんの悪の心を射止めるのはわたしです」
「リサーク。やはり貴様とは雌雄を決しなければならないようだな」
「同感です。まあ、死んで、ネズミにかじられるのはあなたのほうですが」
「待ってくれ。いま、レジスタンスとして協力すると言ったばかりだろう」
「負けられない戦いがある」
「譲れない思いがあるのです」
と、そのとき天地を霞より創造せし神が、ずっこけエルフの効果音――どんがらがっしゃん。ちゅっどーん!―ーをもってして、レジスタンスの内ゲバを防いだ。
爆発は近いのか地下水路の水面が激しくゆれて、通り道がざぶりざぶりと水をかぶるほどになっている。
ヨシュアとリサークは自分たちがレジスタンスの一員になるとすれば、ウェティアの状態を宙吊りにしたまま話を進めることはできないと思い、ヴィクターにたずねた。
「これはたとえ話なのだがな、ひどく不安定だが爆発力の強い物質があったら、それを革命のために使いたいと思うか?」
「もちろんだ。敵には頭数でも火力でも負けている」
「そうか。まあ、それならばいい」
「?」




