第二十八話 ラケッティア、百万年の出待ち。
テレビ局の名前はニクマル・テレビ……。
どうやらニクマルは地方のマイナー・スーパーではなく、もっと規模の大きなものらしい。
ニクマル財閥。ニクマル・コンツェルン。ニクマル・ホールディングス。ニクマル選帝侯国。神聖ニクマル帝国。などなど。
テレビ局はおそらく上から見ると、視力検査のあの丸いやつみたいな形になっている。
丸に一か所穴があり、そこから中庭へ入り、中庭から局に入るわけだが、まあ、これは普通の人用の出入り口であって、普通じゃない人の出入り口は地下の駐車場直結であるのだろう。
百万年前のテレビ業界でもジャニーズ事務所のような覇権芸能事務所がある。
そして、百万年前にもアイドル・グループがある。
ひとりの少女が警備員の監視の目をかいくぐって、地下駐車場にまんまと入り込み、大物アイドルKの出待ちをする。
だが、その子のバッグのなかには百均で買った果物ナイフが――。
まあ、百万年前に百均の包丁でアイドル百回刺せるかなをしたかもしれない少女のことは置いておこう。
所詮、おれたちは一般ピーポーであり、テレビ局に入るには小学生に戻って社会科見学に便乗するしかないのだ。
とはいえ、七時のニュースのトップを飾ることはできないでもない――『クルス・ファミリーの代理ボス、来栖ミツルがたったいまRICO法違反の容疑で逮捕されました。ルドルフ・ジュリアーニ地方検事は今回の逮捕に自信を持っていて、もし起訴されて有罪が確定すれば、十五年の禁固刑と二百万ドルの罰金は免れないものとみられます。以上、現場からエイプニル・オニールでした』
廃墟ウォーカーは中庭の真ん中に立ち止まって、グーグルマップの回転カメラみたいにぐるりとまわる。
五階建てのモダン建築はガラスが全て吹き飛んで、枠が歪み、怠け者の蜂がつくった蜂の巣みたいになっている。
「ふむ、見事に吹き飛んでいるな。なかに入ろう」
最初にがらんどうのグッズ・ショップが目に入った。受付よりも先にだ。
略奪を食らったみたいに棚は空だが、ときどき小さな石ころが転がり落ちる音が用心深く鳴っている。
たぶんニクマル・テレビでやっている幼稚園向けのアニメキャラのグッズを売っていたのだろう。子をかばうように抱きかかえた骸骨とか見たらへこむだろうなと思ったが、死体はなし。
ほんとに何にもない。
なのに、ときどき、カラカラ、と瓦礫が崩れる直前みたいな音がする。
昔、ツイスターという竜巻パニック映画を見たことがあるのだが、あのとき出演者はずっと「やばい」「逃げろ」のふたつのセリフしか言っていなかった。
もうちょっと何かあるだろとは思ったが、グッズ・ショップの上の階の、バルコニーがおれたちの真上から降ってきたときは「やばい」と「逃げろ」が合わさった「やばげろ」という言葉を放つのがせいぜいだった。
確かツイスターの主人公たちは一年中竜巻を追いかける竜巻専門の気候学者だった。
「やばい」と「逃げろ」をきちんとふたつの単語に分けて、叫ぶことはそれなりの訓練と経験が必要なのだ。
「ふむ、素晴らしい。廃墟の著しい変化に立ち会えた。きみたちは運がいいな」
廃墟ウォーカーはそんなことを暢気に言っているが、おれたちはみな地面に倒れて、コンクリートでぺちゃんこにならず、こうして汚い雪の上に大の字に倒れていながら、手足のどこも欠けずに済んだことを神に感謝しているところだった。
「で、どうするんだ? もうこれじゃ、なかには入れない」
「はっはっは、安心しろ。テレビ局には今の正面の入り口の他に地下の入り口がある。なんでも役者を入れるための秘密の入り口だ。むかし、少女たちは憧れの俳優や女優をひと目でも見たくて、その地下の出入り口に待ち伏せた。これを出待ちと言うらしい」
「なんか、ヤな予感がするんだよな」
――†――†――†――
地下駐車場はグッズ・ショップの三十倍、小石がカラカラと落ちる音がした。
だが、そんなことはどうでもいい。
まず、目の前の難敵と対峙しないといけない。
(しくしくしく……)
泣いている少女の亡霊。ブレザー風の制服を着ていて、女子高生らしい。
アイドルの出待ちをしていたのは間違いないが、出待ちをしながら、世界滅亡に巻き込まれて、その無念だろうか?
「ちゃうねん」
幽霊少女が言った。
「ヨシカズくんが、ヨシカズくんが――」
「あー、アイドル?」
「うん」
「そのアイドルが死んじゃったの?」
「ちゃうねん!」
少女はぶんぶん首をふった。
「え? じゃあ、生きてるの?」
「なわけないやん、アホ! とっくに死んどるよ。ウチが悲しいのはヨシカズくんが――八マタもかけてたことやねん!」
「おお、芸能界の深い闇。まあ、そんなもんでしょ。アイドルなんて。女の子には不自由しないわけだし、そりゃあ、もう片っ端から食いたい放題……ああ、分かった。分かったから、そんな怨念がこもった目で見ないで」
「ウチは悲しいねん。なんで、憧れのヨシカズくんに会えたと思ったら、ヨシカズくんが八マタするような男だって知って、その瞬間、ミサイルで死ななあかんの?」
「えー。百万年もそのことでメソメソ幽霊やってたの?」
「うちだって成仏できたら、とっくにしとるわ。でも、くやしゅうて」
「じゃあ、ちょっと待って。――はい、このなかで霊媒師の人、いたら手を上げなさい。先生、そういうのに偏見ないから」
「うちに必要なのは儀式ちゃう。優しくてかっこいい、八マタかけたりしない男の人や。だから、そっちの五人をウチに貸してほしいんよ」
「五人って――」
おれはジャック、カルリエド、ギル・ロー、イスラント、シップから離れて、
「あの五人?」
「そうそう。みんな、めっちゃきれいやわあ。異人さん? モデルさん?」
「いやあ、貸し出して、きみの成仏に協力したいのは山々だけど、こいつらがいなくなったら、どうやってテレビ局のなかにいる魔物と対決したらいいんだ?」
「それなら心配いらへん。これを見せえな」
そういって取り出したのが、茶色に錆び切った果物ナイフだった。
「これ、見せれば一発や。少なくともこのテレビ局でウチに歯向かう魔物はおらんから、これ見ただけでビビッて逃げてくで。それと、これ」
「なにこれ? カードキー?」
「これで局のなか、どこでも行けるで」
シャチョウセンヨウ とある。
「百万年も経ってたら、キーが生きてるか怪しいけど――つーか、なんで、そんなもん持ってるんだ?」
「あんた、追っかけなめたらあかんよ。それ、これでどうだ?」
「それでも不安だなあ。誰かひとり、返してくれないか?」
「えー」
そこでコンペをすることになった。
つまり、自分を連れていくとこんないいことがあるよ、だから、幽霊女子高生から解放して、というコンペだ。
そして、コンペの結果、一緒に連れていくのは――。




