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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
星々の世界 ラケッティア宇宙へゆく編
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第二十七話 クール系ライバル、ありえないもの。

 気にいらない。


 何が? すべてがだ。


 おれは何をしているのだろう?

 ヨハネを殺す。その目的だけを抱いて、組織を脱走した。


 いずれおれは組織の追っ手に殺されるだろうが、ヨハネをこの手で殺せれば、それでいい。


 そのヨハネが、おれの剣の間合いのなかにいて、こちらに背を向けている。


 なぜ、おれはこいつを殺さない?


 プライドの問題だ。

 甲板での戦いで借りができた。

 殺すのはその借りを返してからだ。


 ……。


 くそっ、バカバカしい。

 殺せるチャンスがあるときに殺せ。


 ほかでもないヨハネの言葉だ。


 借りなぞ構わず、いま斬ればいい。

 ヨハネがおれに言い捨てた、()()()()のように。


 剣の鍔は冷たくて皮膚がくっつきそうだ。

 それを親指で軽く押す。


 氷を切るような音がして、青い刀身がほんのわずか、指一本分の幅だけあらわれる。


 右手で柄を取り、抜きざまに斬り捨てる。


 だが、できない。


 ヨハネがこっちを向き、笑うのだ。


 どうして、ヨハネはそんなふうに笑えるのだ。


 組織にいたとき、ヨハネは……。


 くそっ、くそっ、くそっ!


「イース」


「……なんだ?」


 声は震えない。まだ、おれは自制ができている。


「七時の方向。百メートル」


「ああ」


 魔物どもがこちらに風下から近づいていた。

 瓦礫に隠れて動いているが、それしきのことで熟練した暗殺者の目をごまかせると思うのは死をもってしか償えない愚行のひとつだ。


「――それでな、おれたちはヒーヒー言わされてたわけ」


 来栖ミツルは前方十メートルのところで、ギル・ローとカルリエド、自分にそっくりな姿で浮かんでいるシップ、それに名を名乗らない廃墟ウォーカーを相手に話している。


「おれらの行っていた学校には赤点って制度があってさ。平均点の半分以下のやつは生きたまま焼かれるっていう、まあ拷問刑法の一種だな。そういえば、思い出した話がある。むかしむかし、ある王国に賢者がいた。ある日賢者が散歩をしていると、突如目の前の地面が割れて炎が噴き出し、そのなかから炎の精霊の声がしたんだ。『この王国を焼き尽くすことにした。だが、この国で最も価値のあるものを投げ込めば、炎は退くだろう』。すると、賢者は炎の中に飛び込み、炎は退いた。王国は救われた。この話の言いたいこと分かるか?」


「ありえない話ってことだろ。ナルシストの自己犠牲? んなもん、ないない」


「そうじゃない」と、来栖ミツルが言う。「この話の要点は無駄な話ってことだ。ありもしないもののこと例えたいんなら、ただ複素数とか青いバラってひと言いえば、それで済む」


「カルリエド、青いバラ見たことあるんよ」


「ああ、そっか。この世界、真っ平らなお盆だったんだ。じゃあ、別のたとえが必要だな。――善良なギデオン」


「ギャンブルしないフスト」


「幼女をペロペロしないミミちゃん」


「ブラコンじゃないディアナ」


「異性が好きなヨシュア」


「キュートじゃないもふもふ。もふもふはエブリもふキュートだや」


「働き者のトキマル」


「あいつ、起こさないと十八時間くらいずっと寝たままだよな」


「あんなに寝てて、体どうかしちまうんじゃないかなあ。ちなみに実はあいつが働き者になる瞬間がある。ほら、妹がいると……」


「あいつが寝て、この廃墟のど真ん中で目が覚めたら、ビビるだろうな」


「自分が寝てるあいだに何百年も経っちまったと思うわな」


「きみたち、そんな邪な目的のために廃墟を使うなんて! なんて、――なんて、面白そうなんだ!」


 ……こいつら、わざとなのかと疑いたくなるくらい無防備だ。


 特に来栖ミツル。

 これがその名をきくだけで組織の最高幹部たちの顔を蒼白にさせる恐るべき犯罪王なのか?

 本人は武術の心得はまったくない。スキだらけだ。


「イース、おれが突っ込むから援護を頼む」


 ヨハネがほとんど口を動かさずつぶやく。


「援護、か。……おれの氷に巻き込まれずに戦う自信はあるのか?」


 すると、ヨハネは、フ、と笑い、おれの肩を軽く拳で突いた。


「頼りにしている」


 そういって、ヨハネは歩く速度を落として、敵へと近づいていく。


 ヨハネに突かれた肩がゆっくりと絞られるように熱を持つ。


 気にいらない。


 このぬくもりが。

 ぬくもりを感じる自分が。


 どうして、殺す相手と共闘なんて――。


 シップの警報が鳴る――「敵性反応、数は五体、六時の方向です!」


 そのころにはもうヨハネの最初の斬撃が魔物の命を絶っている。

 おれは魔物の群れにヘル・ブリザードを打ち込む。

 青い刀身から触れるもの全てを千年の氷のなかに閉じ込める冷気が見るものを不快にさせるダニたちを永遠の白のなかに閉じ込める。


 ヨハネは予想した通り、近くの壁を蹴った三角飛びから、高々と宙で体をひねってスローイング・ダガーを放ち、おれが凍らせた仕事を粉砕にして終結させる。


 気にいらない。おれは見とれてなどいない。


 おれの氷はあんな醜悪な魔物どもにはもったいない。


 それに、ヨハネの技も……くそっ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エブリもふはキュートだし、冷徹な暗殺者はちょろいんですね。 ジャックが楽しそうでなによりです。 廃墟好きさんが欲望に忠実でたいへん好ましいです。
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