第二十六話 ラケッティア、この社会で最も崇拝される職業。
もさっとした髪で両眼は完全に隠れている彼女は廃墟ウォーカーと名乗った。
「いやあ、きみたち、助かったよ。この星、いい廃墟に恵まれているけど、まさか飛び立とうとすると、まったく、ミサイルやらロケット弾やらレーザーやらの大盤振る舞いでわたしの気球が木っ端みじんになってしまった。まあ、この身が無事だっただけでも神に感謝しなければならないのだろうが、そもそもわたしを撃墜したのはその神さまなのだから、ちょっとした神学上の問題がここに発生する。きみはどう思うね?」
「おれはなんちゃってカトリックだから。とりあえず十字を切る仕草だけ」
「ふむ。どうだろう? 我々は協力しあえると思わないかね?」
「というと?」
すると、おっさんくさいしゃべり方をする少女が言うのだった。
「実はわたしはこの掟の守護神を、まあ多少機嫌をよくする手を知っている。もちろん、いまこの場では言わない。わたしの切り札だからな。そこでだ、きみたちはわたしの廃墟探索を護衛し、わたしはきみたちのシップがまた空を飛べるようにする。少なくとも防空システムを解除してくれるくらいに機嫌を良くさせる自信はあるのだ。安心したまえ。これはハニートラップではない。わたしがハニーに見えるかね?」
損はない条件だ。
隠していることは気になるが、どうせパンツを見せるとかその程度のことだろう。
お互いペッと手に唾を吐いて、がっちり握手した。
――†――†――†――
廃墟ウォーカーとは廃墟を求めてさすらう旅人であり、もちろん廃墟マニアでもある。
じゃあ〈樹の星〉に行けばいいだろうがと言うと、廃墟ウォーカーはあれは廃墟ではなく遺跡だと反論した。
廃墟ウォーカーのなかには遺跡と廃墟のあいだに線引きがある。
「普通の人がお金を払ってでも見に行くのが遺跡。お金をもらっても見に行きたくないのが廃墟だ」
「廃墟に付随するスクラップの車とかも範囲内?」
「ばっちり射程範囲内だ。錆びついた自動車をお金を払ってみようとするものなどいないだろう。それに廃車や戦車にはヒルガオの蔓と同様に廃墟を引き立てる魅力がある。廃墟ウォーカーなら廃車もおさえておくべきだが、まあ、人それぞれだろう」
「いい趣味だよな。廃墟探索って。破ってる罪は建造物不法侵入罪だけだし」
廃墟ウォーカーは防寒用のコートをしっかり着こみ、廃墟探索に必要なものをいろいろリュックサックに入れていた。
扉をこじ開け、武器にもなる〈バールのようなもの〉。
万が一、廃墟に誰かが住んでいたときのための買収用の酒壜。
それに合成皮革の手帳だが、これは自分が万が一廃墟探索で命を落とし、百年くらいして廃墟ウォーカーが白骨化した自分のそばに落ちているこの手帳を拾い、読むことを念頭に記録をしている。
さて、取引では廃墟ウォーカーの行くところにおれたちがついていって、もし化け物や狂人が襲いかかってきたら守るということになっている。そして、次の目的地は――、
「ニクマル・スーパー?」
「いや、あそこはいい。テレビ局に行きたい。そこには動く絵を保管する装置があるときく。きっと〈掟の星〉がまだ廃墟でなかったころの記録などがあるに違いない。実に興味深い」
「興味深いねえ。これ、人種差別目的じゃないんだけど、あんたって何人なの?」
「掟の民だ」
「じゃあ、この星の?」
「それは大昔の先祖の話。いまは〈錆の星〉に住んでいる。税金もそこに払っているから、そういう意味ではわたしは〈錆の星〉の民ということになる」
「新生フレイア人とは言わないわけだ」
「バカげている。〈錆の星〉は錆びついた廃墟のような建物に満ちているのに、なぜフレイアになりたがるのか。あそこは廃墟ウォーカーのパラダイスだ。現在進行形で生まれ続ける廃墟たち。生まれた時点で立派な廃墟だが、人間がきちんと住んで商売もしている都合上、あまり廃墟廃墟と言っていると、あたってはいけない部分に固い石をぶつけられ、廃人にされる可能性もある。やはり廃墟は無人がいい」
「新生フレイア帝国について、それなりに話せる最初の帝国人ってわけだ」
「きみたちは帝国と敵対しているのかね?」
「あんまり大きな声じゃ言えないけど、まあ、そうだ。あいつらの嫌がることをチマチマやって、神経戦を挑んでいる。まるで禁酒法時代、アル・カポネのビール醸造所をガサ入れして、没収した配達用トラックでカポネが住むレキシントン・ホテルの前をパレードしてやったエリオット・ネスのように」
「よくわからないが、嫌味なことをしたわけだ。しかし、きみにはわたしの廃墟に対する愛情と同様のものを感じるな。それはまさに『執着』や『偏執』と言ってもいい」
「あ? わかります?」
「そんなことより刻印だ」
「ん? 刻印?」
「そうだよ。掟の守護神も星付きの守護神なら、おれに刻印を入れられるだろ? あんた、神さまを刻印入れたくなるくらいまで上機嫌にできるか?」
「フフ、どうだろうなあ」
道はでこぼこで草一本生えていない。
左右は瓦礫の山で、灰色の氷に閉ざされたショッピングモールや半壊した警察署、それに平らな屋根と給湯室を備えた資本主義の尖兵たちの休憩所。
そこには様々な看板があった。正確に言うと様々な風俗店の看板が。
出撃を待つ艦載機みたいにずらっと並んでいた。
「ブラッダ、これ、なんだや?」
「これはサンドイッチ・ボードと言って、この星で最も尊敬を集めるもの、すなわちサンドイッチ・マンのみが装着を許される高貴な衣類だ」
「わあ、サタンなんよ。ハイ・ソなんよ。でも、カルリエド、石切り屋だや。サンドイッチ・メンじゃないだや。ウェアできないんよ。しょぼんだや」
「……つけてもいいんじゃない? 誰も見てないし」
「……いいん?」
「いいって。いいって」
「じゃあ、お言葉に甘えてなんだや」
超絶美形魔族のカルリエドさまがお召しになったのは一回2000イェンぽっきりの優良店のボードだった。バッテリーが生きていれば花びら型のランプが点灯し回転する、なかなか手の込んだ代物だった。
クルス・ファミリーは風俗に関するシノギは基本的にシチリア・マフィアのそれであり、売春はやらない。まあ、マダム・リディネットからみかじめを一応取っているが。
ただファミリーとして自分たちでやっている一番エッチな商売はディアナの書くエロカードどまりだ。
「これでカルリエドもサンドイッチ・メンだや。ハイ・ソだや」
と、黙っていれば上級魔族の君主に見えるカルリエドさまがおっしゃっております。
「ごめん! カルリエド! ほんとはサンドイッチ・マンって、資格も体力もなくて、他に仕事がなくて、ギリギリの人がやる職業なの! しかも、それ、エッチなお店の宣伝してるの!」
「そんなことないだや。サンドイッチ・メン、サタンだや。サンドイッチ・ボード、サタンだや。パニーニなんよ。ジョブに貴賤はサタンだや。カルリエド、もうちょっとこれ、着ていたいだや」
「うーん」




